7

「きゃああああ―――」


 叫び声は誰のものだっただろう。


「サヴァリエ殿下!」


 わたしは倒れこんだサヴァリエ殿下のそばに膝をついて、震える手で殿下の手を握りしめた。


 サヴァリエ殿下の手は熱くて、すごく汗をかいている。


「だ、誰か―――」


 急いで侍医を呼んでとわたしが叫ぼうとしたそのとき、


「どきなさいよ!」


 わたしは突然リーナに突き飛ばされて、椅子の角で頭を打った。


「アイリーン! サヴァリエ!」


 メイナードがこちらへ走ってきてわたしを抱き起こすと、わたしのかわりに、早く侍医を呼んで来いと周囲に向けて声を張り上げる。


 だけど、それよりも早く、リーナがサヴァリエ殿下の胸に手を当てて、大きく息を吸い込んだかと思うと――、彼女の手を淡い光が包み込んだ。


 徐々にサヴァリエ殿下の呼吸が落ち着いてきて、苦悶に満ちていた表情が穏やかなものになる。


 リーナが癒しの力を使ったのだとわかったのは、サヴァリエ殿下がゆっくりと目をあけてから。


「……聖女だ」


 誰かが小さくつぶやいた声がして――、わたしはメイナードの腕の中で、その様子を茫然と見つめるしかできなかった。






 誕生日パーティーどころではなくなって、わたしはメイナードとともに彼の部屋へと移動した。


 サヴァリエ殿下は念のため侍医の診断を受けている。


 まだ震えているわたしの手を握りしめて、「もう大丈夫だ」とメイナードが何度もささやいて――、ようやく落ち着いてきたわたしは、大きく息を吐きだした。


 リーナの癒しの力――、はじめて見たけど、本当にすごかった。


 わたしじゃ、毒を中和することなんてできない。もし、リーナがいなければ、サヴァリエ殿下は危なかったかもしれなくて――、狼狽えて何もできなかった自分が情けない。


 あのあと、リーナはまるで聖女のように称賛されて、何の力もないわたしは、メイナードの腕に抱きしめられたままそれを見つめることしかできなかった。


 わたし、本当に聖女に選ばれたのかしらって、自嘲したくなっちゃったわ。


 もちろん、メイナードに本当の聖女の役割を聞いてはいたけれども、結局、有事の時以外何の役にも立たないんじゃない。


 わたしにも、あんなふうに人を守れる力がほしかった。


 せいぜいかすり傷を直すとか、その程度のわたしの癒しの力。


 もし――、もしもよ? メイナードが今ここで倒れたとしても、わたしでは彼を救ってあげることはできないの。


 それなのに聖女だなんて、笑っちゃうわよね。


 わたしの手の震えがおさまると、メイナードがふわりと抱きしめてくれる。何してんのよなんて突っぱねる気力はない。このままメイナードの腕の中にいたい気分で、わたしは黙って身を預けた。


「アイリーンが気に病むことは何もないよ」


 メイナードはそう言うけど、もしもリーナがいなくて、サヴァリエ殿下に何かあったら、わたしは何もできなかった自分を許せないわ。


 亡くなられたサーニャ様も強い癒しの力をお持ちだったらしい。


 なのにどうして、わたしにはそれがないの? わたしも――わたしにも、強い癒しの力がほしい。


「殿下……、あの聖女を選ぶ宝珠って、本物ですか?」


「いきなりどうしたの?」


「だって……、わたし、何もできなかったもの」


「アイリーン、私は言ったはずだよ。聖女の力は、そういうものじゃないんだ」


 わかってる。わかっているけど、やっぱり考えちゃうのよ。


 欲張りって思われるかもしれないけど、思っちゃうの。


 聖女なんだから、もっと強い力がほしいって。


「わたしが聖女だなんて、きっとみんな、幻滅しますね」


 そんなことないってメイナードは言うけれど、メイナードもわかっているはずよ。


 リーナの癒しの力を目の当たりにした会場の人たちが、リーナに向けた視線。


 わたしはこれから起こるだろうことを予想して、メイナードの腕の中でそっと目を閉じた。

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