糾弾
1
「アイリーンに会わせてくれ」
「お断りします」
サロンでお母様とのんびりとティータイムをすごしていたら、そんなやり取りが聞こえてきて、わたしは苦笑してしまった。
コンラード家にはサロン――談話室が二つほどあるんだけど、今お母様と使っている部屋は玄関から近いから、換気のために窓を開けていたら、外の声がよく聞こえるのよね。
今日は天気もいいし、本当は庭でお茶を飲みたかったんだけど、お父様ったら「絶対だめだ!」って……。理由は、今玄関先で繰り広げられていることよ。
わたしがメイナードと一緒に王都に戻って三週間。
王都はすっかり初夏の装いとなった。
領地でわたしが攫われたって聞いたお父様は、超がつくほどの過保護っぷりで、とにかくわたしを邸から出したがらない。
でも、庭にまで出したがらないのには、これ以外の理由よ。
「アイリーンは高熱のため寝込んでおります」
あーあ、お父様ってば堂々と嘘をついて……。
「顔を見るだけでいい、三週間も寝込んでいるんだぞ! 心配だ!」
「恐れながら、殿下にご心配いただく必要はございません。娘はもう、殿下の婚約者ではございませんから」
お父様、子供みたい。
そう、玄関先で言い争っているのは、わたしのお父様とメイナード王子よ。
メイナードってば王都に戻って来てから三週間、毎日わたしに会いに来るんだけど、お父様ったらそれを全部「娘は体調不良」で追い払っているの。
ちなみに、この三週間、わたしが体調不良だった日なんて一日もないけどね。
「さすがにあれでは、殿下がかわいそうになって来るわね、ふふふ」
ふふふってお母様、すっごく楽しそうですことよ?
お父様はいまだにメイナードがわたしとの婚約解消をしたことを恨んでいて、お母様はどちらかと言えば、むきになっているお父様とメイナードの応酬を楽しんでいる。
「もっと苦しめばいいんだ」
そう言いながら部屋に入ってきたのは、二番目のオルフェウスお兄様。お兄様ってばメイナードの親友なのに、わたしがメイナードと別れてから、一度も会っていないんですって。もう、うちの男どもってば本当に大人げないんだから。
オルフェウスお兄様がソファに腰を下ろしたから、わたしはお兄様用の紅茶を用意するために立ち上がる。ティータイムのお菓子は、わたしへ求婚してくる皆々様の貢物のおかげで山のようにあるわ。食べきれないから使用人のみんなにもあげていたら、みんな口をそろえて「お嬢様、しばらく誰のものにもならないでください」ですって。調子がいいんだから!
「このカヌレは美味しいわね。アイリーン、これは誰にもらったの?」
「誰だったかしら……? どこかの伯爵家だったと思うけど。多分マーカスが全部控えているはずよ」
マーカスは我が家の執事さん。前任の執事の息子で、年は三十半ばほどなんだけど、子供のころからうちにいたから年の離れたお兄ちゃんみたいな存在よ。
「そう。あなた、そのどこかの伯爵に、おいしかったわって手紙でも書いておきなさい。また届くかもしれないわ」
「……お母様」
「あらだって、この店って人気のお店で、毎朝行列で昼前には全部売り切れてしまうんですって。自分で買いに行くのは面倒じゃない」
お母様ってば本当にちゃっかりしている。
お兄様を見れば、そんなお母様に肩をすくめていた。
お母様って独身時代、すっごくモテていたんですって。そして、男の人を転がすのがすごく上手だったとか。お父様は山のような貢物をして、必死になって頭を下げて、それでお母様と結婚できたんだって聞いたことがあるわ。
お兄様もそれを知っているからか「母上みたいな女にはなるなよ」って子供のころから言われていたわね。
「それにしても、殿下は今日は粘るわね」
優雅にティーカップを口へ運びながらお母様が言う。
そうね、確かに今日は長いわ。いつもならお父様に追い払われて、いじめられた子犬みたいな顔をして帰っていくのに。
「もうすぐダンスパーティーがあるからな。アイリーンを誘いたくて仕方がないんだろ。体調不良が嘘って言うのはバレバレだし」
「ああ――、そう言えば、もうすぐサヴァリエ殿下のお誕生日ね」
サヴァリエ殿下はメイナードの弟で第二王子。ランバース王家はみんな仲良しで、昔っから王子や王女たちの誕生日にはダンスパーティーを開いているの。小さな国だからかしらね? 王家の王子の間で権力争いが勃発した例もないし、兄弟仲は極めて良好。サヴァリエ殿下の誕生日パーティーは毎年殿下と一緒に参加していたから、今年も――ってところかしら? でもメイナード、わたしとあなたは今、婚約関係ではないんだけど。
メイナードってば、リーナとの婚約を解消しちゃったから、今は完全にフリーなの。メイナードの婚約者の座を狙って、令嬢たちが水面下で熾烈な争いを開始しているわ――って楽しそうに教えてくれたのはキャロライン。「どんなに頑張ったって殿下のハートを射止めることなんてできやしないのにお馬鹿さんねぇ」って言っていたけど、どういうことかしら?
「せめてこの手紙をアイリーンに渡してくれ!」
「アイリーンは高熱のため目がかすんで手紙を読むこともできません」
……お父様、さすがに無理があるわよ?
お母様とお兄様、二人そろって吹き出しちゃったし。
玄関に様子を見に行っていたセルマが、「殿下、地団太踏まれていますわ」なんて言うからさらに大爆笑。
メイナード……、さすがに地団太はやめようよ。
ため息をついたわたしは、お母様絶賛のカヌレを口に運びながら、そっと窓の外に広がる青空を見上げた。
我が家は今日も平和ね――
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