24
自室に飛び込んだわたしは、ベッドの上にうつぶせで倒れこんだ。
アイリーン様――、ファーマンの手紙は、こうはじまった。
アイリーン様。
聖騎士である私が、このようなことを直接口にするのは憚られますので、手紙にしたためさせていただきます。お読みになられたあとは、燃やして捨ててください。
私はあなたに謝らなければならないことがございます。
私は教皇様の命令であなたの護衛につきましたが、私が教皇様から受けていた命は、あなたを守ることだけではございませんでした。
教皇様は、あなたを教会側に引き込むおつもりでした。
そのため、私は護衛の一人としてあなたに近づいた。
教皇様の目的は、教会側の人間をあなたの伴侶にすることでした。
あなたが領地に行かれると聞き、あなたの伴侶候補の一番はロバート・リヒテンベルグ様でした。
私はあなたを誘導し、教会に出入りさせて、ロバート様との仲を取り持つようにと命じられました。
もちろん、ロバート様以外にあなたが気に入った男性がいたら、その男でもいい。とにかく、教会側の人間をあなたに近づけるように、と言うのが猊下のご命令でした。
ここまで言えば、敏いあなたのことです、もうおわかりになられたかもしれませんね。
そう――、私も、教会側の人間です。
あなたが私に懐いてくださっていると感じたのは、領地へ移動中のときでした。そのとき、私はふと思ってしまった。このまま、自分があなたの伴侶として選ばれてもいいのではないかと。
詳しくは申せませんが、私は教皇様に深く尊敬し、忠誠を誓っております。
私があなたの伴侶に選ばれれば、尊敬する教皇様はお喜びになるだろうと考えました。
あなたは人を疑わない方で、あなたの心の中に入り込むのは、正直簡単でした。
あとはもう、あなたの知る通りです。
許してほしいとは言いません。
この手紙を読んだあなたは、きっと傷つくでしょうから。
ただ、私はこれ以上あなたに嘘をつきたくありませんでした。この手紙は、私の自己満足です。
傷つけて、申し訳ございませんでした。
どうか、聖女ではなく、あなた自身を大切に思う方と幸せなってください。
ファーマン・アードラー
わたしはぐしゃりと手紙を握りつぶすと、枕に顔をうずめた。
こんな――、一か月にも満たない間に、二人の男性に振られるなんて、あんまりだ。
しかもどっちも、最初からわたしのことを好きじゃなかったなんて、ひどくない?
聖女ではなくわたし自身を大切に思ってくれる人って言うけどね、王都の邸に集まっている求婚は「聖女」に来ているものでしょ? ファーマンも聖女だからわたしに近づいたんでしょ? 聖女じゃないわたしを見てくれる人って、どこにいるの?
わたしも馬鹿だったから、ファーマンばっかりを責められないけど、でも、ひどいよ。
これから先、誰かに好きだって言われても、それは「本当にわたしだから?」って思っちゃうじゃない。
コンコンと扉が叩かれて、誰かがこちらに近づいてくる。
足音だけでわかっちゃうのは、付き合いが長いからかもね、メイナード。
メイナードはベッドの横で足を止めたけれど、わたしは枕から顔をあげられない。
泣いていないわよ。泣くものかって我慢しているんだもの。だから、今顔は上げられないの。必死に我慢しているから、きっとすごく不細工な顔をしていると思うもの。
「……今日は庭に花を植えるそうだぞ」
何よ唐突に。
「草はもうほとんど抜いてしまったからな」
そりゃそうでしょ、メイナードってば毎日来るんだから、わたしも毎日草むしりしたもの。
「庭が広いから、花を植えて回るのにも三日くらいかかりそうだ」
そうね。新しく植えるだけじゃなくて、植え替えるものもあるから、たぶんそのくらいかかるでしょうね。
「三日――、花を植え終わったら、王都へ帰ろう」
わたしの肩がぴくっと揺れる。
「私と一緒に王都へ帰ろう」
ぎしっとベッドが揺れる。メイナードがベッドの淵に腰かけたんだってわかった。
「アイリーンは私がずっと守るから」
変なの。
わたしを最初に傷つけた男はあんたなのに。
わたしの心をズタズタにした男なのに、今度はわたしの傷を癒そうとしている。
でも、わたし、まだ男の人を信じるのは怖いわ。
メイナードだって、「聖女」がほしい大勢のうちの一人だ。
笑顔でわたしを傷つけた男の優しさを信じるなんて、馬鹿としか言いようがない。
わたしはちょっとだけ顔をあげて、メイナードにむかってそっと手を伸ばす。
メイナードが優しく手を握ってくれたから、わたしはまた枕に顔をうずめた。
勘違いしないでよね。メイナードを選んだわけじゃない。だって、恋愛なんてしばらくこりごりだもの。どんなにイケメンで性格がいい男が現れても、しばらく恋愛はしたくない。
「お城へは、行かないわ」
「わかっているよ」
「王都のうちの家は、守りにくいんでしょ?」
「守れないわけじゃない。帰ろう?」
「……うん」
メイナードが王都に帰ろうと言ったのはわたしのため。
ここにいるとどうしても考えちゃうけど、王都で家族とか友達に囲まれていたら、気持ちも晴れるでしょ。
わたしもわかっていたから、最後は頷いた。
王都へ帰る。
――わたしを守ると言う、元婚約者様と一緒に。
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