23

 ――約束は、約束です。


 朝になって目を覚ましたわたしは、メイナードがわたしの手を握りしめたまま、ベッドの淵に腰かけたままの体勢で舟をこいでいる姿を発見して息をのんだ。


 メイナードと話しているうちに眠くなって、途中から記憶がないんだけど、この人、あのままずっとここに座っていたの?


 せめて横になればいいのに、そんな大勢だと首とか腰とかが痛くなっちゃうじゃない!


 わたしはふと心配しかけたんだけど、握りしめられている手を見てハッとした。


 三歩!


 メイナード、昨日から約束破りまくりですよ!


 わたしはメイナードの手から自分の左手を取り戻すと、起き上がって枕をつかんだ。


 えーっと、攫われた小屋での三発分と、馬車での分で一発と、昨日の夜で一発で、合計五発よね!


 わたしは両手で枕を握りしめると、容赦なくメイナードの後頭部にたたきつける。


「え――うわぁ!」


 一発目で起きちゃったメイナードがびっくりして慌てているけど、知らん顔でバシバシと殴ってやる。


 グーじゃないだけ感謝してほしい。


 枕で妥協してあげたのは、昨日、きちんと聖女のことについて教えてくれたからです。


 きっちり五発、枕でばしばしとメイナードを叩いたわたしは、目を白黒させているメイナードににっこり微笑みかけた。


「三歩!」


「……アイリーン」


 メイナードが情けない声をあげるけど知りません。


 約束したからね。まだ有効なのよ。


 でもちょっぴり可哀そうだし、昨日助けてくれたから、あとから三歩の約束を取り下げてあげてもいいかなぁ――なんて思う。


 でも、まだだめ。三歩分離れて! というか、早く部屋から出て行った方がいいと思うの。さもないと――


「まあ! 殿下! お嬢様の部屋で何をされているんですか!」


 ほらね。


 メイナードが昨日部屋の扉を開けたままにしていたから、起こしに来たセルマに一発で見つかっちゃったよ。


 メイナードは「お嬢様に近寄るなこの野郎」と言わんばかりのセルマの形相にビビりまくって、部屋から転がるように退散していく。


 わたしはその様子にプッと吹き出してしまった。


 セルマ、メイナードには女性を無理やり襲うような勇気はないから、そんな顔をしなくても大丈夫よ。


 扉を開けたままにしていたのだって「何もしない」って意思表示だし、ね。


 わたしはセルマに着替えを手伝ってもらって、朝食をとりにメインダイニングに向かう。ロバート様は昨日のうちに帰られていたから、メインダイニングにはメイナードとバーランド様――それから、あら? ファーマンの姿がないみたいだけど、どうしたのかしら?


 わたしがファーマンの姿を探してきょろきょろしているのに気がついたのか、メイナードがちょっと面白くなさそうに言った。


「アードラーなら朝早くに出て行ったぞ」


「え? どうして⁉」


 ファーマンとは昨日帰って来てからまともに話せていない。狼狽えるわたしに、バーランド様が一通の手紙を差し出した。


「ファーマン・アードラーからだ」


 わたしは手紙を受け取って、そっと封を開く。


 丁寧な字で書かれた手紙に視線を這わせて、半分ほど読んだところで、きゅっと唇をかみしめた。


「……セルマ、ご飯、あとにするわ」


「お嬢様?」


 わたしがメインダイニングを飛び出したから、セルマが追いかけようとしたんだと思う。それをメイナードが止めている声がして――


 ああ、そっか、メイナード、知っていたのね。


 パタパタと階段を駆け上がる。


 浮かれて周りが見えていなかったわたしは、なんて間抜けだったのかしら。


 ファーマンは――、一度もわたしのことを、好きだと言わなかったのに。

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