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領地でわたしを攫ったパリス――ベルドール子爵だけど、調べ上げたところ、彼の計画にはやっぱりほかの国が絡んでいたみたい。
わたしを攫おうとした国は、陸続きのジェムトロームって大国。船を使おうとしたのは、陸路よりも検問が通りやすいからみたいね。
パリスはジェムトロームのどこかの貴族と通じていたみたいなんだけど、さすがに間に何人も挟んでいて、直接の首謀者とは接点がなかったみたい。証拠不十分で、ランバース国でできたのは、せいぜいジェムトローム王家に苦情を言うくらい。一応ジェムトロームから謝罪が来て、結局詳細がわからないまま今回の件はうやむやにされた。
パリスが起こした騒動のせいで、ロバート様は忙しいみたいね。パリスは今回のことがうまくいけばジェムトロームで確固たる地位が得られると約束されていたみたいで――、まあ、それが本当かどうかはわからないんだけど、その話を餌に、教会の神官たちを何人か買収したらしくて、ロバート様は後始末に追われている。
パリスはもちろん身分剥奪の上に投獄されて、父親であるレラーフ公爵も謹慎処分を受けているわ。
逆に今回のことで聖女を害そうとすればどうなるか、いい見せしめになった――なぁんて国王陛下から手紙が来たときにはちょっとイラっとしたけどね!
わたし、こんな性格だけど、怖かったんですよ?
ムカついたからお父様に陛下の手紙を見せてやったら、親ばかなお父様はさっそく陛下に苦情を言いに行って、そのあと「ごめんなさい」という二通目の手紙が来た。
お父様ってばスカッとした顔で「娘は絶対に王家にやらんと言ったら、陛下ってば真っ青になったなー、あはははは」なんて言うんだもの、性格が悪いですよ?
ちなみにお父様と陛下は、年が近くて何かと仲がいい。仲が良すぎて宰相にはならなかったらしいんだけど、うん、陛下と仲がいいとか悪いとかを抜きにしても、お父様は身内に甘すぎるから向かないと思うの。
ファーマンとは、あれから会ってない。
手紙はファーマンが望む通りに燃やして捨てたわ。
聖騎士の立場で教皇の――教会の情報を漏らしたなんて知れたら、少なからず何らかの処分が下るもの。
わたしにあの手紙を書いたのも相当危険だったと思うのよ。だって、もしわたしがあの手紙を燃やさずに、証拠として教会に苦情を言ったとしたら?
その可能性ももちろんゼロじゃないって、ファーマンもわかっていたはず。
黙って去ることだってできたのに、あえて手紙を残したってことは、あれは彼ができる精いっぱいの誠意だったって思うのよ。
もちろん、仕方なかったわねなんて許してなんてあげないけどね!
「サヴァリエ殿下のダンスパーティーに行くなら、うちのお兄様を貸してあげるわよ」
お菓子と、それから令嬢の間でささやかれ
ている噂話を持って遊びに来ていたキャロラインが、自分が手土産で持って来たお菓子をそっちのけで、わたしの求婚者からの貢物のお菓子を物色しながらそんなことを言う。
お菓子の山からお目当てのものを見つけ出したキャロラインってば「ふふふ、この前リーデス男爵のとこのバカ息子にアイリーンがブローシュのマカロンが好きだって言っておいたから、贈ってきているはずだと思ったのよねぇ」なんて悪い顔をしているわよ。
ブローシュは王家も御用達にしている有名なお菓子屋さんで、確かにわたしも好きだけどね、キャロライン? この前は日持ちのしないシュークリームが山のように届いて大変な目に遭ったのよ?
「そうそう、今回のパーティーにはリーナも来るらしいわよ」
「そうなの?」
「リーナのお兄様の……名前なんだったかしら?」
「グロッツ様?」
「そうそう、そんなパッとしない名前よ。とにかく、そのグロッツがサヴァリエ殿下と仲がいいじゃない? だから招待状が届いていたんだけど、グロッツのパートナーとして参加するみたいねー」
「でもグロッツ様、婚約者がいたと思うわよ」
「フィリー男爵令嬢ね。それがねぇ、昨日から原因不明の吹き出物が顔中に出て、ダンスパーティーどころじゃないんですって」
「げ、原因不明の吹き出物……?」
「どうせリーナが何かしたのよ。ダンスパーティーにもぐりこむにはフィリー男爵令嬢をどうにかしないと無理だもの。グロッツは頭が弱いから気づいていないんでしょうけどねぇ」
あの女いつか刺されればいいのに――なんて物騒なことを言いながら、キャロラインがマカロンを口に運ぶ。
キャロラインは頭がよくて口も悪いから、世の中の男性は総じて「馬鹿」になるんだけど、でもさすがにグロッツ様が可哀そうよ。まさか妹が婚約者を害するなんて思いもしないじゃない。
「でも、どうしてリーナ、そこまでしてサヴァリエ殿下の誕生日パーティーに来たいのかしら?」
サヴァリエ殿下の誕生日パーティーはそれほど大きくないの。殿下や王家と仲のいい人だけが招待される、本当に内輪の誕生日会みたいなものなのよ。と言ってもまあ、王家が開くパーティーの割には大きくないってだけで、それなりに招待客はいるんだけどね。
「そんなの決まってるじゃない。条件のいい結婚相手を探すためよ」
「え?」
「リーナってば聖女聖女って自慢しておいて聖女に選ばれなくて、さらに殿下との婚約も破棄されてるでしょ? 普通に考えて、年の離れた隠居したどこかのおじさんの後妻か、ずっと身分の低いパッとしない相手に嫁がされて終わりよ。だから、その前に自分で相手を探す気なのよ」
「そ、そうなの……?」
「そうよ。気をつけなさいねー、アイリーン。あいつ絶対に逆恨みしてるから」
「行きたくなくなってきたわ……」
わたしもサヴァリエ殿下とは仲がいいから、当然招待状が届いている。毎年メイナードと一緒に行くけれど、今年はお父様が意地でもメイナードを遠ざけようとしているから、ほかにパートナーを探さなくちゃ。もちろん一人で行ってもいいんだけど、キャロラインの今の口ぶりではあまり一人で行動しないほうがよさそうだし。
「だから、うちのバーランドお兄様を貸してあげるわよ」
「バーランド様はキャロラインと一緒に行くんじゃないの?」
「いやよ。お兄様ったら『ふらふらするな、おとなしくしろ』ってお父様よりうるさいんだもの。だからアイリーンに貸してあげるわ。そのかわり、オルフェウス様をわたしに貸してちょうだい」
「お兄様、行かないって言ってたわよ?」
そう、オルフェウスお兄様ってば、まだメイナードに会いたくないって言って、サヴァリエ殿下のダンスパーティーを欠席するつもりなのよ。いい度胸よね、ホント。
するとキャロラインは楽しそうにパチッとウインクを一つして、
「ふふふ、わたしに任せなさい」
なんて言うから、ちょっとだけお兄様に同情してしまったわ。
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