第35話

 この姉の発言に反応して、小娘は私たちを非難した。


『どういうこと? 私たちにもう危害は加えないって言ったじゃない! 危害を加えるのなら、嘘つきって事になるわ』


「思い出すでアリマス。我々は『次に』に会った時に、『ねちった復讐はもうしない』とは言ったのでアリマス」


「『次に』ではなく『今この場この時』はカウントはされないのですワ。おほほほ」


「なので、嘘はついていないぴょん。ぷっぷっぷ」


 『必死の命乞い』作戦は、小娘をやっつけることで完遂する。この作戦は彼らが老婆の家にやって来る前から綿密に計画されており、あとは実行の機会を待つだけだった。牢屋の中、2人の前で交わしていた私たち姉妹の会話も、事前に打ち合わせられていたものだった。


 ここまで、かなり順調に進んだ。


 これぞ、ウサギ族クオリティー!


「そして『次に』はもう永遠に来ないのでアリマス。うっしっし。なぜならば、ここがお前らの墓場になるからでアリマス。おまえらが薬の効果で寝ていた時から、我々は大小の違いはあれ、現在のこの状況に至るまでの絵を描いていたのでアリマス」


『くっそー。よくも引っかけてくれたわね。スキンクリームのくだりも冗談だったのね! おかしいと思ったわっ!』


「いいや。それは本当の話でアリマス。潤滑油にスキンクリームを使ったがゆえに、動かなくなったのアリマス」


『あれは本当のことなのかーーーーい』


 小娘はドテーンとズッコケた。


「しかし、やはり私の考えは大成功でしたワ。あの家のキッチンで見つけたサラダ油! こんなにもマシーンの動きがよくなりましたワ」


『今度はサラダ油を使ってるか。オメーら、馬鹿なのか頭がいいのか、分からねーやつらだな』


 と、小僧。


 サラダ油は応急処置的に使っているオイルなので仕方がない……。


「ふん。結果が良ければ全てよしだぴょん。さあ、お喋りタイムももう終わりだぴょん。我らがマシーンの名前を冠した技だ、ぴょん」


「またまた準備を整える時間を、お喋りで稼がさせてくださいましたね。ありがとうございました、おマヌケさん達。そして、これより我らの『超必殺技』をお披露目しますワ」


『超、必殺技?』


「上をごらんなさい」


 小僧と小娘は上を向いた。そこには輝く青白い光の塊がある。オレンジ色のフレアが独特の模様を作っていた。遠近感では分からないが、直径100メートルは越えている莫大なオーラの塊である。小僧と小娘が、この巨大な球に気付かなかったのは、球自体が遥か上空にあり、発光していないからだろう。


 この巨大な球体は、ロボからのオーラによって創造されたものだ。


 これは完全なるオーバーキル。


 更に、私たちは球体に攻撃力を付与させた。


 それはこの場で、完全に決着をつけるため。


 ――パワーダウン。

【攻撃力÷637】

「我らは嘘はつきません。これまでのようにねちっこいやり方ではなく、今回、即死とさせてあげますワ。ちなみに今から我々を攻撃したとしても、そのまま制御を失った玉が落下するだけ。こちらは防御力も半端なく上げて参りました。つまりは無意味だという事をお告げします」


 ――パワーダウン。

【攻撃力÷637÷439】

「戦闘面に特化した我らの力は最凶だぴょん。防御も攻撃も超絶チート無双してるぴょんよ」


「逃げたければ逃げるのでアリマス。しかし、どこまで逃げても、おまえらにロックオンした玉はずーーーーと執拗に追いかけるのでアリマス」


 ――パワーダウン。

【攻撃力÷637÷439÷854】

「その間、我らは足元の氷を限定的に溶かしていき、奥底にドロンするぴょんよー。生身のおまえらには、そうするのは無理だぴょんねー。ぷっぷっぷー」


 ――パワーダウン。

【攻撃力÷637÷439÷854÷439】

 ロボのエネルギーが急速に減少し、上空にて青白く燃え盛る球体へ、移行されていく。


『モ、モモくん……空に浮かんでる……あれ、なんとかできない?』

『む、無理だ。僕の力じゃ、どうしようもなく防げねえー。やべーよ、あれ』


「ぷっぷっぷ。超必殺技で藻屑となるんだぴょん」


 ――パワーダウン。

【攻撃力÷637÷439÷854÷439÷643】

 まもなく、付与できる攻撃力の制限値に達しようとした。


 そんな時、キャロットが顔を青ざめさせながら叫んだ。


「あっああああっ! ワーニングっ! ワーニングですワっ」


 ………………っ!?


「きゅ、急に、どうしたんだぴょん! キャロットっ!」


「う、うさぴょんお姉さま、機体の動きが鈍くなってきましたワ」


 ま、まさか!

 考えられる要因がある。


「やはり、サラダ油では駄目だったでアリマスか? ど、どうするでアリマスか?」


「もう、ここにきてやめられないぴょん。動き難くなったくらい、今はどーでもいいぴょん」


 もはや私たちがすることは、限界までオーラを注いだ球体を、小僧と小娘に向かって振り落すのみ。少々ロボの動きが鈍くなっても、問題ない。


 ――パワーダウン。

【攻撃力÷637÷439÷854÷439÷643÷4444444】

 ――必殺技、発動・準備完了。


 ウサギの豆の消費数……『272粒』。


【【【くらえ超必殺、オメガラン・ど根性ぷろストーカー・ミセス・フォーリングゥゥさぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーん】】】」


 そう叫びつつ、ロボは後方に、ずてーんと倒れた。


 ………………っ!?


「な、何事だぴょんっ!」


「サラダ油でアリマス! サラダ油のせいで、一部の移動系備品に不具合が生じたのでアリマス。そして、再び行動不能になったのでアリマス」


「あわ、あわわわあわわあわわ。まずいですワ。めっちゃんこまずいですワ。追加ワーニングっ!」


「ど、どうしたぴょん、キャロット!」


「今の倒れた衝撃で、攻撃のターゲットが、我らに、切り替えられたのです……ワ」


「な、なんだってえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ」


 オーバーキル上等! として創り出した球体が、私たちをロックオンした。


 げげげげ。


 またしても『運命』が私たちの前に立ちはだかるというのかっ!

 ……だが、こちらには、まだ勝算がある。


 エネルギー量は、小僧と小娘も巻き込むのに十分にある。仮に、氷上バイクをMAXスピードで飛ばしても、被害対象となる領域からは、逃げられないだろう。つまり、広範囲攻撃の自傷技となったが、こちらが耐え切れば勝利するのだ。生身の人間にはとても耐え切れないものである。


 巨大な球体はずずずずずとゆっくりと、しかし確実に落下してきた。一方、ロボは再び動けなくなっている。


「ぼ、防御フィールドを展開だぴょん」


「え、エネルギー残量がギリギリでアリマス」


「なむさんですワ」


 運命それ自体と戦っている私たちの内情を知らず、小僧がポカーンと口を開けて、ロボを見つめてきた。小娘は、そんな小僧の手を引っ張った。


『よく分からないけど、モモくん! チャンスよ。逃げるわっ! 逃げましょう! バイクに乗って』

『分かったっ!』


 小僧たちは氷上バイクに乗ると、ガチャガチャと操作して、起動させることに成功した。一気に爆心地となるここから離脱しようと離れていく。


 しかし、速度的に、逃れられないことが予想される。


 しばらくして、球体がロボを巻き込んで、氷面に落下した。


 すさまじいエネルギーが氷面に拡散した。


 一瞬で周囲の氷面は溶けて海水に変わる。さらにはボコボコと沸騰も始めた。ロボは防御フィールドを展開したものの……。


 その数分後。


 私たちは海にプカプカと浮いていた。


 球体がロボに直撃し、結局は耐え切れずに、ロボはドカーーーンと爆発したのだ。


 私たちは緊急脱出ポットごと、爆発の勢いで外へ飛ばされた。その緊急脱出ポットも途中で分解され……。海には5号機ロボの残骸はなく、私たちがプカプカ浮いているだけだ。


 小僧と小娘はどうなったのだろう……。


 おそらく、やっつけたとは思うけど……。


「う、うさぴょんお姉さま……大丈夫でアリマスか?」


「……大丈夫じゃないぴょん」


「そうでアリマスか。良かったでアリマス。大丈夫みたいでアリマスね」


「またそれぴょんかー。だったら、逆をつくぴょん! 大丈夫だぴょん!」


「やはりそうだったのでアリマスね! では、次はキャロットの無事を確認しにいくでアリマス」


 バシャバシャと妹に向かって泳いでいる時、背後から姉の声がした。


「結局、どう答えても、心配されないんぴょーーーん。私は心配してもらいたいんだぴょーーーん。びぇえええーーん。びぇええーーーん」


 ………………。


 妹は仰向けになって、プカプカと海面に浮きながら眠ってた。鼻ちょうちんが出ている。


「寝てるでアリマスか? キャロットも大丈夫で、アリ……。って……お、おおお、起きるでアリマスよー。サメだぁぁぁぁぁ」


 サメを発見!

 緊急事態だ! サメは、ぐんぐんとこちらへ迫ってきた。


「むにゃむにゃ……、あれ? ばにーお姉さまでは?」


「うわああ。サメじゃないぴょん。シャチだぴょーーん」


 姉は悲鳴を上げながら、ばしゃばしゃと私たちの横を泳いでいった。


「え、ええええ~」


「逃げるぴょーん」


「ですワ」


「なむさんでアリマーーース」


 私たちは、サメならぬシャチに追いかけられて、死に物狂いで泳いだ。ばしゃばしゃばしゃ……。泳ぎも随分と上手くなったものである。






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