第33話
「ひぃぃぃぃ。来ましたワ。変態人間が来ましたワ」
「『必死の命乞い』作戦、だぴょんよっ!」
姉は戦略名を改めて私たちに伝えた。
これは、私たちがこの家から無事に脱出するための戦略である。
――『必死の命乞い』作戦!
具体的には作戦名からも察せるように、《必死で命乞いすることで、脱出しちゃおう!》といった内容だ。他人任せな案だが、これでも本気で成功できると信じている。
さあ、命乞いをすることで、レッツ脱出!
コツンコツンと足音がして……そして、牢屋の前にジャラジャラと、いたるところに宝石を飾っている服を着た、あの老婆が現われた。
狂喜的な笑みを浮かべ、小娘と小僧を見つめてきた。
「ひょっひょっひょ。薬の効き目もそろそろ切れる頃だと思っておったわ」
「薬? やっぱり、あの変なお茶に睡眠薬が入っていたのね」
小娘は老婆を睨んだ。
「そうじゃよ。にしても、不思議な娘よのお。少しでも太らせようと、たくさん食事を与えたのじゃが全く、変わってないねえ」
「あいつは頭でカロリーをすぐに消化するらしいからなー。なあ。おばちゃん。なんで僕たちは手錠をされてるんだ?」
「ひょっひょっひょ。それはよい質問じゃ。それは、おまえたちを喰うためじゃ」
「昨日話してくれた、すっげー美味しい肉って、あれは人間の肉だったんだな?」
「ご名答様じゃ。ひょっひょっひょ。さーて、きょうは誰を食べよーかな。あ・く・ま・さ・ま・と・か・み・さ・ま・の・い・う……」
老婆は鼻歌を唄いながら、誰を食べるか、選択を始めた。
その最中、私たち姉妹はゴーンと思い切り、頭を床に打ちつける。
「お、お助けぴょん。食っても美味しくないぴょん。このハード変態クソ人間め」
「そうでアリマス。頭のおかしなぱっぱらぱーな変態人間様、どうか御慈悲を下さいでアリマス」
「おねがいでございますワ。もしも私たちを食べたら、幽霊になって1000年怨みますワ。ど鬼畜な変態人間さん」
正座をしながら額を、これでもかというくらいにコンクリートに押しつけた。
これぞ、ジャパニーズ土下座! 最大級の謝罪のポーズである。
「ひょっひょっひょ。あいかわらず面白い3姉妹じゃ。笑わせてくれるわ。余興でもうしばし、生かしておこうかい。では、今日は娘か弟さんで、ローストヒューマンにでもしようかの」
「だから、僕は弟じゃねーてっ。おばちゃん……オメーは、悪い奴だったんか?」
「悪い奴? 生き物は誰もが、他の命を奪って、食う事で生きておる。それについては当たり前という共通の認識があるはずじゃ。しかし、人間を食べたら悪い奴と? それはおかしい考えじゃないのかのお」
「おかしいわよっ! 人間が人間を食べるだなんて、タブーよっ!」
小娘はそう言って、老婆に噛みついた。そんな小娘を老婆は楽しそうに見つめた。この老婆の性格は、少々ねじくれている。罵倒すれば喜ぶという変態なのだ。逆に怖がったり従順な人間は、ツマラナイと判断され、すぐに『ディナー』の肉にされてきた。
私たちはそうした老婆の性質をいち早く見抜いて、挑発を交えた物言いで、今日まで生き延びることに成功した。つまり一つ目の壁は、『頭のおかしなぱっぱらぱーな変態人間』などと挑発をすることで、『面白い奴』と思わせて、乗り越えてきたのである。
小娘の非難も老婆を喜ばせた。とはいえ、牢屋内に人数が少ないので、そうした効果も薄れていた。老婆はペロリと舌で上唇を舐めた。
「ひょっひょっひょ。元気な娘じゃ。では今日は、おまえさんを食べるとしよう。そして、いい宝石にもなっておくれよ。わしは骨までをも有効活用するんじゃ。今から、おまえさんを麻痺させるからちょっと待っ……へっ?」
ふと老婆は小僧に目を向けた。
そして、そのままあんぐりと顎を落としながら停止した。なぜなら、たった今、小僧は腕の手錠を力づくで外したからだ。外された手錠はポイっと、投げ捨てられる。
「悪い奴か悪くない奴かの判断は僕には分からねえけど、リンスを食べるっていうのなら、オメーのことをやっつけねえーといけねえな。僕はリンスのボディーガードだからよ」
「ど、どうやって手錠を外したんじゃ?」
「こうやってだ」
今度は足の手錠をはずした。腕の手錠と同じく、プチンと力づくで引きちぎった。鉄の手錠なのに、まるで餅のようだ! 全然、美味しそうじゃないけど!
「ナイスっ! ナイスよ。モモくんっ! っていうか、手錠を外せるのなら、もっと早く外しておきなさいよー」
「ひょ……ひょっひょ。古くさびていた手錠じゃったんじゃろう。しかし、この鉄格子からは出られ……ひゃあああああ」
小僧は鉄格子を握ると、ぐにゃりと左右に引っ張った。
すると簡単に、人が通れるほどの空間ができた。老婆は目を剥きながら、後ずさった。顔は真っ青だ。手錠が古くさびれていたわけでも、鉄格子が不良品だったわけでもなく、ただただ小僧が馬鹿力の持ち主であることを理解したのだろう。
自分の形勢が不利だと悟った老婆は、檻の中にいた猛獣が、自ら檻を壊して出てこようとしているとでも考えたのだろうか、悲鳴をあげた。
「あひゃああああああああああ。そんな馬鹿なあああああ」
老婆はそのまま廊下を、高齢らしからぬ機敏な動きで走っていった。
「なにしてるぴょん、小僧! 追いかけてボコボコにしてやるんだぴょん」
すかさず姉は小僧に向かって叫んだ。私も姉に続く。
「あの殺人鬼な変態人間、研究室に逃げ込む気でアリマス。やっつけるのでアリマスっ!」
「その前に、私たちの手錠も外してほしいのですワ。小僧、外す事を許可しますワ。というか、外してください、お願いしますっ」
「うーん。とりあえず……」
小僧は、小娘の手足の手錠をポキンポキンと引き千切った。
「さすがはモモくん。頼れるわー」
それを見た私たちも、小僧の元にはっていく。そして、手錠をかけられている腕を小僧に差し出した。
「さすがは宿敵でアリマス。さあ、今度は我らの手錠を外してほしいのでアリマス」
「そうだぴょん。早く、外すんだぴょん」
「………………やだ」
小僧はかぶりを振った。
げげげげげ。
「ええええええ。なぜですか? そんな事、言わないで欲しいのですワ。人類みな兄弟ですワ」
私たちは人類ではなくウサギ族だ……とは、妹にツッコまない。それどころではない。小娘は腕を組みながら、私たちを見下ろしてきた。
「なに馬鹿なことを言ってるのよ。これまで散々私たちを殺そうとしてきた、あんたらが! さあ、モモくん。あの殺人キラーを、ボコボコにしちゃってきてっ!」
小娘は牢屋の外を指しながら指示を出す。しかし小僧は再びかぶりを振った。
「………………それも、やだ」
「えええええ、なんでなんで? 私たち、食べられるところだったのよ?」
「だって僕たち、一度あいつに命を助けられてるからな。それに人が人を食べるって、そんなに悪い事か? 確かに人間の物差しとしては道徳的に悪い事だろうけど、生物的に考えると、一理はある」
「うああ。モモくんが、おかしくなったー。頭がおかしくなったわ。駄目なものは駄目なのっ」
「うーん、そうなんかな。まあ、いっか。どっちにしても、一度助けられてるから今回、見逃す事でチャラって事にして」
「……まあ、モモくんがそういうのなら、私はそれでもいいけどさ」
どうやら小僧は老婆を見逃すつもりのようである。こんな目に遭わされたのに、遭難しかけていたところ助けてもらった、と恩義を感じているのだ。
くっっっ! なんて甘い奴なのだ!
「どうでもいいけど、私たちの手錠を早く外してほしいぴょん」
「だから嫌なんだって。だって、オメーら、僕達をいつも殺そうとしてきたじゃんか。それも、『どこかに閉じ込めたりして、孤立させる』って、ひでーやり方で」
「そうよ! 全て未遂に終わっているけど、モモくんが普通な存在だったら、私たちは、もうこの世にはいないわけ。あんたたち、反省しなさいっ!」
直後、私たちはゴーンという音を出した。正座をしながら思い切り、床に頭をぶつけたのだ。
再び、ジャパニーズ土下座!
土下座をしながら、私は懇願した。
「もう、そのような『ネチッタ復讐はしない』のでアリマス。なにとぞ、お許しくださいでアリマス」
「『次に』出会った時には、我々が受けた苦しみを、てめーらにも味合わせてやろーとか、そんな馬鹿げた考えは、二度と起こさないぴょん。お願いでございますだぴょん」
「なにとぞですワ。ウサギ族は嘘をつかない純真な種族。我々種族の最大の弱点は『嘘』なのですワ。この弱点を教えるのは、最大限の懇願の証。助けてくださいませですワ」
姉は先程、壁に投げつけた石に向かって、両腕を向けた。
「我々が見つけた、あの石も、小僧と小娘に譲るぴょん。だから頼むぴょん。お願いしますだぴょん。私たちの命を救ってほしいんだぴょん」
「死にたくないのでアリマス。まだ、死にたくないのでアリマス」
そして私たちはエーンエーンと泣き喚く。
小僧と小娘は、私たちを見て、困惑した顔になった。
「つまりは、グロウジュエリーをくれて、もう、命も狙ってこねーってことか? どーする、リンス?」
「私は、モモくんに任せるわ」
「うーん。……分かった。助けてやっか」
「わーいだ、ぴょん」
小僧は私たちの手足の手錠もポキンポキンと引き千切ってくれた。
これで、ようやくシャバの空気が吸える!
きゃほおおおおーい!
私たちは「ありがとう」と言って、トテトテと老婆が向った方向とは逆へ駆けた。
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