第32話

「こちらでの捜査中、グロウジュエリーを発見した直後に、マシーンが動かなくなってしまったのですワ。あまりの寒さでか、潤滑油代用のスキンクリームのせいなのかは、現在調査中ですワ」


「……それって、動かなくなって、当然じゃないのかしら。というか……よく、そんな状態で、南極まで来られたわね。私にはそこが驚きっ」


「だから、私は言ったんだぴょん。スキンクリームなんかで代用できるわけがないって」


「あらら? あらら? うさぴょんお姉さまだって、スキンクリームの爆安値段を見て、顔を縦に振ったでアリマスよ?」


 姉が癇癪を起したので、私はそれをたしなめた。


 真相は、潤滑油の代用にスキンクリームを提案したキャロットに、私は大反対するも、姉がキャロットの案に賛成した。そして、多数決にて決まったのだ。


 その時の姉の発言は、正しくはこうだ。『スキンクリームなんかで代用できるわけないけど、これにするぴょん! めっちゃくっちゃ安いぴょーん。ラッキーぴょーん』。


「あ、あれは、心に悪魔が舞い降りてきたんだぴょん! 立て続けにマシーンが壊れて、貯金が激減していたんだぴょん」


「私は思ったのですワ。あそこでは、やは……」


 こんな具合に、私たちは言い争った。内容的には、とても低レベルな言い争いに見えるだろう。小僧が呆れ顔をしている。


「オメーら、こんなところで、責任の擦り付けなんてするなよ。みっともねーぞ」


「うぐぐぐぐ。小僧に正論を言われたでアリマス。悔しいでアリマス」


「確かに、こんなところで揉めていても、意味がないぴょん」


「不毛な言い争いでしたワ。せめて、もう一か所で安売りをしていた、サラダ油にするべきでしたワ。選択ミスでしたワ」


「……サラダ油も、どうかと思うけど……」


 とはいえ、サラダ油の方がハンドクリームよりも、まだマシだっただろう。


 値段は数十円ほど高かったけど……。


「とにかく、ここは一体どこなんだよ」


「そうよ。どこ? ここは一旦、休戦といきましょうよ? そして、情報交換しましょうよ?」


 先程まで怒っていた小娘も、自分の身が危ないという、この状況を理解したようだ。休戦を申し出てきた。


 私はそれに対して、こう返した。


「休戦? 情報交換? そんなのしてもしなくても一緒でアリマス」


「我々はもはや諦めるしかないのですワ。悔しいのですワ。本当に本当に悔しいのですワ」


「どうせ死ぬのなら、もっときなこ餅を食べておきたかったぴょん。食いおさめをしておきたかったぴょん。餡子はどうでもいいぴょんけどー」


「なにをおっしゃってるのですか、うさぴょんお姉さま、餡子こそが至高でアリマス。食いおさめに最も相応しいものでアリマス」


「いえいえ、醤油に海苔ですワ。死ぬ前に食べるとしたら、醤油に海苔がもっともベストなチョイスなのですワ」


「どーでもいいけどさ、なんで諦めてるのよ? ここの情報を教えてよ。私たちも、あの老婆の正体を教えるわ」


 と小娘。


 老婆の正体? なんだろう。


「情報ごとき教えてやってもいいぴょんが、あの変態人間に、正体もなにもあるのかぴょん」


「あのね。あいつは、グロウジュエリーでかつて願いを叶えて、永遠の命を手に入れたって言ってたわ。でも老化は続いて、普通に寿命によっての老死を迎える為の研究をここでしているそうよ。そして……」


 小僧と小娘も、老婆に食事を振る舞われたそうだ。その時の会話で得た情報を話してくれた。最初は関心が無かったが、話を聞くうちにひきこまれていった。小娘は話上手だった。


 話が終わった頃には、私たちは泣いていた。悔しいが、あの老婆の半生に同情してしまったのだ。


「なるほど、そういう経緯があったぴょんね。うぅぅぅ。悲しい人生だぴょん。うぅぅぅ」


「死にたくても死ねない。そして、ただただ生き続ける。その辛さは、とても共感できるのでアリマス。というか、共感し過ぎるのでアリマス。うぅぅぅ」


 小娘の話を要約すると、あの老婆はかつてグロウジュエリーで『永遠の命』を願った。しかし、『不老』は願っていなかった。そのため、高齢になった時、ようやく不死となった。


 当時、不死は夢にまで見ていたものだったが、老婆の姿で不死となることは考えていなかった。若い姿のまま不死になりたかったのだ。


 その後、老婆はわけあって殺人を犯した。


 殺人の容疑をかけられた老婆は警察から逃げた。そして隠れた。何年もじっとしていた。それから100年後、外に出た。自分を探している捜査員たちがみんな、寿命で死んだと考えたからだ。


 不死ではあるが、飢えは感じるようで、老婆は隠れている間、ずっと飢餓に苦しんでいた。


 隠れていた所から外に出ると、ある『動物』が倒れているのを見つけた。100年間、飢餓に苦しんでいた老婆はその『動物』を食べることにした。


 老婆はその『動物』が『これまで食べたどんな料理も凌駕する動物の肉』の味だと思った。その後、老婆はその『動物』を食べつつ、点々と家を替えながら、南極のこの地にまでやってきた。


 現在はこの地で、研究者として暮らしている。


 自殺ではなく『老いによる死』を目指し『自分自身が死ぬための研究』をしているのだ。


 老婆は生きることに疲れていた。しかし、自殺は怖くてできなかった。


 生活費や資金は、研究の副産物として出来た研究成果を売却することで得ている。この研究成果は莫大な値が付けられているそうだ。また、10キロ先にある南極都市の権力者とも結託しており、人体実験と称して浮浪者を定期的に輸送してもらってもいた。


 老婆は人間を得て、権力者は『研究成果』という金の鶏を得て、WIN・WINな関係だった。


「オメーら、大丈夫か? というか、なに同情して泣いてるんだよ。これからそいつに、なにされるのか分からねーのに」


「なにをされるのかは、分かりますワ。食べられるのですワ。うぅぅぅぅ。変態変態と思っていたけど、実は可哀想な人だったのですワ。うぅぅぅぅ」


「ちょっとちょっと! どういうことなの? 食べられるって」


「小娘の話に出ていた『これまで食べたどんな料理も凌駕する動物の肉』。あれは多分……人間なんだぴょん。人間の肉なんだぴょん」


 100年経ち、隠れるのを止めた老婆は、人間の味を知った。そして、その後も人間を食べ続けた。それゆえに拠点を変える必要性があり、この南極までやってきたのだろう。


 人間を食べ続ければ、定住するのはリスクである。もしかすると本格的に追われた時もあったのかもしれない。食人鬼として……。きっと現在はうまく隠しているのだろう。もしくは、食人をしていると知られつつも、金になるからと、権力者に匿われている、とか。


「いいいいいぃ。本当か、オメーら。僕、人間が人間を食うだなんて、信じられねえぞ」


「あの変態は人間を食うのですワ。それこそが我々が変態と呼んでいるゆえんの1つ」


「近くにドーム型の都市があるのですが、元々、この牢屋の中にはそこから連れてこられた人間たちがいたでアリマス」


「私たち怪盗ウサギ団が捕まった11日前には、この牢屋はワイワイはしてなくとも、結構な人数がいて、暑苦しいくらいだったんだぴょん」


「それが一人、また一人とこの牢屋の隣にあると思われる精肉場なる部屋で解体されて、台車で運ばれるのですワ。私たちは何度も見たのですワ。あの気持ち悪さは格別でしたワ」


「ビフォアーアフターでアリマス。ものすごい違いに驚かされてばかりでアリマス」


 南極都市から連れられてきた人間たちはもういない。


 仲良くなって、互いに脱出しようと鼓舞し合っていた人達のことを思い出した。強く、胸が締め付けられる。


「……そりゃあ、全く違うんだから、驚くでしょうね。人間が肉の塊になってるんだから。ってか、モモくん。私たち、昨日、肉……食べたっけ? たしか……」


「まさか! まさかだぞ! げげげげげげっ!」


「忘れましょう! モモくん……忘れましょう! 忘れるのよっ!」


 小娘は顔を真っ青にした。


「連れてこられた人間らの話を聞くと、ドーム型の都市の浮浪者ばかりだったらしいぴょん。あの変態人間、裏の世界では結構名の知れた科学者らしくて、お金も持っているし、市長とズブズブな関係らしいぴょん。それで、数年毎に警察が浮浪者を捕まえ、それをあの変態に渡しているんだぴょん」


「んなばかなー。僕、警察はそんなワリー事しねーと思うぞ」


「それは国にもよるのですワ。あなた達は知らないでしょうけれど、何世紀も前にあった『南アメリカ』という大陸にあった国のとある市では、今回と似たような事件が起きたのですワ。マフィアとズブズブな市長がいて、その妻に対するデモを行おうとした青年たちを、市長の命令を受けた警察が逮捕したのですワ」


「そして、逮捕された青年たちは、なんとマフィアに受け渡されたのでアリマス。後に、青年たちの焼死体が発見され、市長夫婦と事件に関わった警察関係者らが、お縄になったのでアリマス」


「よく知ってるなー、オメーら」


「我々は歴史の生き証人でもアリマスからね」


 西暦の年号の2014年のメキシコという国で起きた事件である。


 私たちは不死ゆえに、こうした大昔の事件にも造詣がある。


「まあ、あの人間を変態と呼んでいるゆえんは、もう一つあるんだぴょん。おまえたち、あの人間、ダイヤモンドを身に着けてなかったかぴょんか?」


「つけていたわね。リビングにも、たくさん飾られていたわ」


 老婆は常にダイヤモンドを過剰に飾った服を着ている。


 あれは正真正銘のダイヤモンドではあるが、天然のダイヤモンドではなく、人工物だ。その材料は……。


「あれは……人間の骨から作られたダイヤモンドでアリマス」


「えええええええええー」


 小僧と小娘は、同時に驚き声をあげた。


「人間の遺骨の炭素を使ってダイヤモンドを作り、それを身に着けて、牢屋の中の我々に見せびらかして、よく自慢してましたワ。どうしようもなく役に立たないあなたたちも、輝くのよ、なーんて言って」


「あの廊下をもっと進んだところに、奴の研究部屋があるんだぴょん。毎日8時間はこもっているんだぴょん」


「これが本当のリアル変態でアリマスっ!」


 老婆が行っているのは食人だけではない。人骨処理のいっかんとして、骨からダイヤモンドを作ることも趣味としている。そして、作ったダイヤモンドを自らのコレクションにしていた。


「なるほど、自分が老いて醜くなっていると考えている分、美しい宝石を装飾をする事で、心の平静を保っている……てなところかしら。あひゃああああ。モ、モモくん、どうしよう。私、食べられたくないっ。ダイヤモンドにもされたくないわ」


「そりゃあ、僕だって同じだーー。食われるなんてごめんだぞー。宝石には、ちょっとなってみたい気もするけど」


「そっちには、興味があるのかーーーーい」


「えへへへ」


 小僧は頭をかきながら、頬を赤らめた。


「照れるなっ! あわわわわ。じゃあ、尚更、逃げ出さなくっちゃ」


「あーあ、せっかくグロウジュエリーを手に入れたというのにぴょん」


「え?」


 姉はボソリとそう呟いた後、浴衣の袖を振って、石ころを床に落とした。それを手にとり、壁に投げつけた。石ころはカコーンとはね返り、床を転がる。


「こんなのいらねーぴょん」


 私は目を大きく開いて、姉を非難する。


「う、うさぴょんお姉さま! 何て事を!」


「そうですワ。石を、そのように扱っては……」


「どうせ食べられるんだぴょんっ! すぐに、私たちは解体されるんだぴょん。こんな石ころを持っていても仕方がないぴょん」


 姉はグロウジュエリーをこの家まで持ってきていた。そして、ずっと隠し持っていたのだ。しかし、グロウジュエリーは私たちの脱走の助けにはならなかった。1つだけでは不十分なのだから当然である。6つ揃わないと何の奇跡も起こせない。


「こ、怖いでアリマス。食べられるの、ちょおおおおおおこええええええでアリマス」


 先程の、絶体絶命な危機を思い出して、震えた。


 あの時、『ピンポーン』と呼び鈴が鳴らなければ、私たちのうちの誰かは、既に殺されていただろう。


「こうなっては、あの作戦しかありませんワ。何度もピンチを乗り切った我ら怪盗ウサギ団に不可能はなし!」


「あの作戦でアリマスね」


「なになに? 何か策があるっていうの?」


 小娘が期待した目で、食いついてきた。


 策は……ある!


「あるのですワ。我らウサギ族は、腕力こそは同じくらいの体格の全動物界の動物において最低の部類」


「マシーン中にいれば無敵な我々も一旦外に出れば、まさに陸に打ち上げられた魚のごとくでアリマス。しょせんウサギは弱小でアリマス。脳のないウサギはただのウサギ」


「戦いとは戦いを行う前に、その勝敗の9割は決まってるんだぴょん。だからこそ、戦略こそが肝! 脱出大作戦。その作戦名こそ『必死の命乞い』作戦だぴょん」


 ウサギ族は力の弱い種族だ。その代わり、頭脳はいかなる種族よりも高いことを誇りにしている種族でもある。


「かっこえええーでアリマス」


「我々は天才ですワ。何手先をも読んでいる」


 私と妹は、ぱちぱちと姉に向かって拍手した。そんな中、小娘は呆れ顔を向けてきた。


「って、命乞いかーい。そんなの作戦でもなんでもないわよ」


「ふん。お黙りなさいですワ、小娘」


「ところで好奇心で聞くけど、お前らはグロウジュエリーを集めて、何を願うつもりだったのでアリマス?」


 ふと、以前からの疑問をぶつけてみた。彼らは一体、グロウジュエリーを集めて、何を願いたいのだろう?

 この質問には、小娘ではなく、小僧が答えた。


「ボインだってさ」


「は? なんだぴょん。そのボインって?」


「だから、おっぱいだよ。巨乳になりたいんだって」


「こら、モモくん、何を勝手に言ってる……のよ?」


 つまり、小娘は自身の胸を巨乳にするために、グロウジュエリーを集めている、ということだ。


 ………………。


 この瞬間、私たち3姉妹はみんな同じ気持ちになったに違いない。ありったけの憎悪を込めて小娘を睨んだ。


 『男の娘のくせに、何を考えているのだ、このバカは』……と思いながら。


 小娘と呼んではいるが、性別が『男』なのは、すでに姉も妹も知っている。


 男のくせに、グロウジュエリーの力を使って、巨乳になりたいだなんて、私には狂気の沙汰としか思えない!


「……こいつら、そんなくだらない願いの為に、今回も我々の邪魔をしていたのでアリマスか」


「私、堪忍袋の緒が切れそうですワ」


「落ち着けぴょん。人間というものは、くだらない事に、こだわりをもつ生き物なんだぴょん」


 私たちはグロウジュエリーを集めることに全てを捧げてきた。しかし、その度に『対抗者』が現われて、私たちの前に立ち塞がった。それらの対抗者たちは、グロウジュエリーを集めた後、いつも取るに足らない願いをしてきた。


 我々は能力でこそ、彼らを上回ってはいるが、バッドエンドになるという運命――すなわち『呪い』の影響により、ことごとく敗北してきた。


 今回についていえば、私たち側には『呪い』が、小僧と小娘側には『祝福』がある状態なので、かなり分の悪い争いとなることは、事前に分かっていた。実際、グロウジュエリーの獲得競争において、彼らとの戦歴は4戦4敗だ。


「な、なによ……そんなに睨んじゃって……私は胸を大きくしたいの」


「ほーら、リンス。くだらない願いって言われたじゃんか。僕はずっと、くだらないと思っていたけどなー」


「みんなして、なによー。そーよ、そういえば、あんたらだって、長年生きているって言い方をしてるけど、グロウジュエリーに『不老不死』を叶えてもらったんじゃないのー?」


「ふん。私たちウサギ族は、人間じゃないぴょん。元々が不死なんだぴょん。私たちの外見年齢が、ちょっと不自然と思わなかったぴょんか?」


「個体差こそ、ありますが、5歳から35歳程の外見年齢を、いったりきたりと往復するのですワ」


「信じる信じないは勝手でアリマス。地球上の生物とは、生態系が違うのでアリマス」


 私たちは不老不死だが、外見は変わる。例えば今の私は、日本の高校生ぐらいの外見で、大人を目指して成長している最中である。しかし35歳ほどになると若返り始め、5歳児ほどの外見にまで戻る。そして、歳を経る毎に、再び35歳程の外見に向かっていく、という生態だ。


 現在、姉は小学生、私は高校生、妹は三十路な外見年齢である。


「オメーら、宇宙人だったんか? すげー。確かに、お姉ちゃんが一番、ちっちぇーもんなー。僕、納得した」


「私は納得できないわね」


 小娘はそう言うと、姉の近くまでズルズルと、イモムシのようにはってきた。


 そして……。


「な、なんだぴょん?」


 小娘は、手錠のかけられた両手で、姉の耳を掴んで引っ張った!


「いてててて。私の耳に触るなぴょん。痛いぴょん。いじめるなぴょん。うぇえええん」


 耳を引っ張られた姉は、泣き出した。


「どーせ、偽物なのでしょう? って……あれ? ほ、ほほほほほ本物だあああああ」


「こらっ。やめるのでアリマス。暴力反対でアリマス」


「うさぴょんお姉さまへの乱暴は直ちに止めるのですワ。謝罪を要求するのですワ」


「ご、ごめんなさい」


 小娘は謝った。


 私たちの見た目は人間とそれほど変わらない。しかし、ウサギの耳が生えている。


 怒りがおさまらないので、さらに小娘を非難しようとした。


 その時だ。


 ギギギギギ、ガタンとドアの開く音がした。


 私たち姉妹はすぐに寄り沿って、ブルブルと体を震えさせた。


 老婆がやってくる!

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