第31話
「ひょっひょっひょ。私は優しいぞ。おまえたちにも味見をさせてやろう。さ~て、だーれーにしよーかな♪ あくまさまーのいうとーおー」
老婆が口ずさみながら、リズムよく腕を振り始めた。
絶対絶命。
血の気が引いた。
そんな時だった。
『ピンポーン』と音がした。
老婆は腕の振りを止める。
「おやおや、来客かい。誰かのぉ~。全く、悪運の強いうさぎたちじゃわい。ひょっひょっひょ。やっぱり、楽しみはとっておくことにするかの~」
そう言って老婆は顔を引っ込めた。直後にガガガガ、と天井の壁が閉じていく。
私たち3匹はため息を吐いた。最悪な気分だ。
キャロットは涙をこぼし始めた。
「うぅぅぅ……。私たちは煮られるのでしょうか? それとも焼かれるのでしょうか? リクエストできるなら、ウサギ鍋になりたいですワっ」
「しっかりしろ、キャロット! まだ、諦めるんじゃないぴょん。でも、どうせ食べられるのなら、美味しく食べられたいぴょんっ!」
「違うでしょーーー。そこ、違うでアリマース」
私は姉と妹にツッコむ。
美味しく食べられたいだなんて、何を考えているのだ! 私のこの一言で、姉と妹は正気に戻ってくれたようだ。
「そ、そうでしたワ」
「あぶないあぶない……目が覚めたぴょん」
「そうでアリマスよ。美味しく食べられたいとか、何を言っているのでアリマスか! しっかりしろでアリマス! どうせ食べられるのなら、食中毒を発病させてやる、という意気込みでいるのでアリマスっ! 一矢むくいてやるのでアリマスっ!」
「ば、ばにー。あんたも目を覚ませだぴょん」
「そうですワ。ばにーお姉さま……先程の私たちと一緒で、食べられる前提でいますワ」
うむむ。たしかにその通りだ。
どうやら私も、おかしくなってきているようである。
「しかし……もう、タイムリミット、ギリギリでアリマス。幾つもの脱出シュミレーションを頭の中で描いてきましたが、一番安全かつ確実な案は、今日だ今日だと思いながらも、実現出来ていないのでアリマス。久しく、うさぴょんお姉さまの『戦略』の読みが外れてしまったのでアリマス」
「オカシイぴょーん。本来なら、2~3日程度で脱出できるはずだったぴょん。何か不測の事態が起きているんだぴょーん」
姉が決めた戦略では、すでに今頃、脱出しているはずだった。しかし、戦略を実行するための『トリガー』がまだ、訪れていないのだ。
「その戦略に期待し過ぎていたので第二第三の戦略……例えば『穴を掘って脱出する』というベタな脱出方法も見送ってきたのですワ」
「あのキチガイ人間の『食欲』も計算外だったのでアリマス。どちらにせよ、穴を掘っても、結局は十分な穴は掘り切れなかったのでアリマス」
「人間たち……34人もいたのに、もはや生き残っているは私たちだけだぴょーん。仲良くしてくれた人もいなくなって、すごく悲しいぴょーん。うぇーーん。あのキチガイ、食べるのが早過ぎだぴょーん。どんだけ大食漢なんだぴょーん」
姉は、びえーんびえーんと泣き始めた。キャロットもつられて、目に涙を溜め始めた。
「泣かないでください。私まで……か、悲しく……シクシク」
「シクシク、だぴょーん」
姉と妹がボロボロと大粒の涙を床に落とす。
「……まったく二匹とも女々しいでアリマスね! わ、私だって怖いのでアリマスよ! この部屋で仲良くしてくれた人がたくさん殺されて悲しいのでアリマス。泣くのをずっと我慢していたので……あ、ああ、アリマスからね。……う、うう、うええーん、ええーーん」
私も耐えられなくなり、姉と妹と共に盛大に泣いた。
怪盗ウサギ団として活動している私たちは、いつもなら2手3手と他の脱出案も用意している。しかし今回は体力的にも精神的にも追い詰められていて、1手しか用意しなかった。幾つかあった脱出戦略のうちで、最も成功率が高いと思われたこの1手に固執したのだ。そして他の戦略に目をそむけた。
後悔しても後の祭り。
もはやゲームオーバーを待つだけと思っていた。しかし、ウサギ神は私たちを見捨ててはいなかった。想定していない形だったが、待っていた『トリガー』が訪れた。
数時間後、天井が開いて、ゆっくりと2人の人間が牢中に降ろされた。それは、グロウジュエリーを求めて南極にやってきたと思われる小僧と小娘だった。2人とも鼻ちょうちんを出しながら寝ていた。
「き、気持ちよさそうに寝ているぴょん! きっとあのキチガイに、睡眠薬を盛られたんだぴょんねっ!」
「小僧と小娘までもが、私たちと同じ手にひっかかるとは……」
「数時間前の『ピンポーン』は、彼らの来訪を意味するものだったのでアリマスね。実は若干、期待していたのでアリマスよ。これぞ僥倖っ!」
「そうですワ。僥倖ですワ!」
「僥倖だぴょーん! ワナワナワナ。勝負師の血が騒ぐぴょん。所詮この世は運否天賦だぴょん。しかし、それを踏まえた上で、やるべきことは全てやるぴょん! 最大限の努力を行えるという、その機会は、決して放棄してはならないぴょーーーーん!」
「がってんでアリマス」
「了解ですワ」
「2人が寝ているうちに最終確認をするぴょんよ。耳を近づけるんだぴょん」
私と妹は指示通り、姉に耳を近づけた。
「ち、近づけ過ぎだぴょん。耳……私の口に当たってるぴょーん。話しにくいぴょーん」
どうやら、近づけ過ぎたようだ。
………………。
それから、数時間が経過した。
まず、小僧の方から目を覚ました。困惑しているようだ。おそらく、眠りについた場所と目が覚めた場所が違っていたからだろう。私たちもあの時は驚いた。床がコンクリートだし、部屋には鉄格子があるし、両腕と両足が手錠の様なもので拘束されてもいた。
「うわあああ、なんだこりゃ。お、おい、リンスっ!」
小僧は横で眠ている小娘の体を揺らした。しばらくして、小娘は眉間を寄せながら、口を動かした。
「モモくん……もうちょっと、寝かせてよ……」
「おい! リンス、起きろ! それどころじゃねえぞ!」
「……あと、5分だけ……」
「5分も待てられっかー、起きろ。おい、起きるんだっ」
「もうもう、5分ぐらいいいじゃないの……どケチね……って、あれれれ? なんじゃこりゃああああああ!」
小娘もようやく、この異常事態に気付いたようだ。自身の手足にかけられた手錠を見つめて、目を剥いた。
気付くのが遅いっ!
「モ、モモくんまで! なんで、私たち、手足を拘束されてるの? どーなってんのよ?」
「知らねえよ。僕も目を覚ましたら、こうなってたんだ」
ここで、ようやく私たちの存在に気付いたようだ。小僧と小娘は私たちを見つめてきた。なお、私たちも彼らと同じように、手足を拘束された状態で座っている。
小娘は会釈をしてきた。
「あの……あなたたちは、誰でしょうか? どうして、ここに捕まっているのですか?」
「………………」
私たちは小娘の質問に対して、何も言わない。
すると小娘に続き、小僧も私たちに話しかけた。
「おい。教えてくれよ。僕たち、わけもわからないうちに、ここにいるんだよ。これは一体、何なんだよ」
「……そんなの、知らないぴょん」
姉が、ぷいっと顔を背けながら応えた。
「あれ? どこかで聞いた事のある声ですね。もしかしてテレビか何かに出演なさって……って、その喋り方はっ!」
「まさか、オメーら……」
「き、気のせいでアリマス。ウサ……ひ、人違いでアリマスよー」
私はかぶりを振りながら言った。
「そうですワ。我々を怪盗ウサギ団と勘違いしないで頂きたいのですワ。ウサギ……ひ、人違いですワ」
「ああああああ。何をいってるぴょん! あいつら、一言も『怪盗ウサギ団』なんて、語彙は発してないぴょん」
姉はぷんすかしながら妹を叱る。
「す、すすすすすす、すみません、うさぴょんお姉さま」
「だああああ、こっちから身元を明かして、何してるでアリマスか!」
「オメーえら、あのロボの中の人だな。砂漠で爆発したと聞いてたけど、僕は死んでないと思ってたぞ」
「あの球型ロボの操縦者の人たちはあんたたちだったわけかー。このやろー。何度も私たちを殺そうとしやがって。許せないわ! 許せないわ! こんちきしょー」
小僧は笑顔だが、小娘の方は顔を真っ赤にしながら怒っている。
「落ち着くんだ小娘。あと、我々は人ではないのだぴょん! ウサギ族だぴょん」
「もうバレてしまっては、隠し通す必要もないでアリマスね。そうでアリマス。ここで、ミジメにも人間ごときに囚われてしまっている我々こそが、誇りあるウサギ族、怪盗ウサギ団でアリマス。しかし、今は誇りどころか、埃を被っているような状態。ミジメでアリマス」
「ふん……、存分に笑うといいですワ。ドアホウな我々を、思う存分に笑うといいのですワ」
私たちは自分達を卑下した。
「いや。僕たちも同じく捕まってるんだから。というか状況がわかんねー。一体、どうなってるんだよ。確か僕たち、遭難して一軒の家を見つけて、そして助けを求めたんだけど……」
どうやら小僧と小娘も遭難で、この家にやってきたようだ。私たちと同じである。
「ふーん。まさに、私たちと同じ状況だったぴょんね」
「そうなの?」
「我々が、ここにグロウジュエリーを探しにやってきたのが11日前なのでアリマス。最後の6個目の出現を目前とした中、ここは1つでも我々が所有しておきたく、5つ目の宝石の反応が検出されるなり、おまえらに先を越されないよう、急ぎで南極に駆け付けたのでアリマス」
私たちは、この家にやってきた経緯を説明した。
「しかし、その時にトラブルが発生したんだぴょん」
「出発時に潤滑油の容器を、あまりにも急いでましたので、蹴飛ばしてこぼしてしまったという不手際ですワ。それで、通販で新しいのを注文しようとするも、発送まで2日以上もかかるという事でしたワ」
「なので、近場のホームセンターに行って、そこで安売りしていた、スキンクリームで代用したのでアリマス。それが不幸の始まりでアリマス」
妹が蹴飛ばしてこぼしてした潤滑油の代用品は、『スキンクリーム』だった。
思い起こせば、それが間違いだった。
うぐぐぐぐ。
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