第30話

 500メートル先には民家のような建物が見えた。向かっている途中、振り返ると、ロボはグロウジュエリーが原因で出来たクレーターに収まっていて、見えなくなっていた。


「うぅぅ。足がズボズボ雪に埋まって、進み難いのでアリマス」


「文句は言うなぴょん。ほら、目的地はすぐそこだぴょん」


「視界に入っているのに、遠いですワ。そして寒くもありますワっ! たかが500メートル、されど500メートルですワ」


「氷点下だから寒いに決まっているぴょん。さっきまで雪も降っていたから足場も悪いぴょん。だからいいアイデアを考えたぴょん。これから面白い大喜利を言い合って、笑うんだぴょん。そして、お互いの体を暖かくするぴょん」


「おお、笑いの力で暖かくなるというアイデアですね。面白そうですワ」


「それでは、私がお題を担当させてもらいたいのでアリマス」


「いいぴょんよ」


 私は歩きながら、お題を考えた。


 ピコーン。整いました!


「お題は『たこ焼きを買いに行った子供が驚いた。どうして?』……さあ、まずは、キャロットからでアリマス!」


「期待しているぴょん」


「えええ~。いきなり私ですか。えーとえーと……たこ焼きを販売している店主が、お灸なんかで自分のペンたこを焼いていたので、ビックリしたっ!」


 あははは、と私と姉は笑い合う。


 たこ焼きを買い来た子供が、店の店主がお灸で、自身のペンだこをお灸で焼いていたら、そりゃあ驚くだろう。


「一発目にしては、良かったでアリマスよ」


「それじゃあ、次は私の番だぴょん。姉の威厳を見せつけてやるぴょん」


「次は、うさぴょんお姉さまでアリマスね。では、いくでアリマス。『たこ焼きを買いに行った子供が驚いた。どうして?』」


「たこ焼きを焼いている店主が、まさにタコにブシャーーって、スミをかけられていて、修羅場だったから!」


 ………………。


「さ、寒いですワ。なんだか余計、寒くなってきましたワ。ぶるぶるぶる」


「活タコを使っているたこ焼き店だったのでアリマスかー。でも……『ナイ』でアリマスねー。ばっちりすべったでアリマスよっ! おサブいでアリマス」


 0点!

 家を目指して、雪と格闘しながら向かっている。体を動かしてもいるので幾分かは暖かくなるはずなのだが、姉の大喜利のすべった回答で、余計に冷えた。凍え死んでしまいそうだっ!


「なんだぴょん、なんだぴょん。そんな白けた顔をしないでもらいたいぴょん! じゃあ、今度はばにーの番だぴょん。『たこ焼きを買いに行った子供が驚いた。どうして?』」


「それは……。たこやきを食べたら、たこ焼きの中に親指が入っていたからでアリマース!」


「どこの中華料理チェーンだぴょーん」


「しかも、そのたこ焼き屋さん、きっと保険所に親指じゃなくて、親指の爪と偽って報告していたのですワ。くわばらくわばら……別の意味で寒くなってきましたワ」


「てへへ、でアリマース」


「うぐぐぐ。大喜利で暖かくなろう作戦は結局のところ大失敗だったようだぴょん。余計、寒くなったぴょーん」


「しかしながら、そんなこんなで話している間にも、目的地に到着しましたでアリマスよ」


 人間の反応がでていた、その民家の玄関前に到着した。


 この時、私たちは誰もが南極にポツンと家が建っていることに、不思議だと思いつつも、そうした疑問を口に出さなかった。ロボが動かなくなったという非常事態からくる焦りで、心底に助けてもらいたかった。


 姉はドアの呼び出しボタンを押した。しばらくすると、老婆が現われた。姉は単刀直入に『オイルがあれば売って欲しい』と申し出た。すると老婆はしばらく考え込んだ後、快く返事してくれた。そして、外は寒いから、中に入って体を暖めるように言ってくれた。美味しい食べ物もあると聞いて、私たちは喜びながら中に入った。


「あれれ……おばあさん一人でアリマスか?」


「ひょっひょっひょ。そうじゃよ?」


「……そうで……アリマスか……」


 おかしいなぁ。先程、30人程の人間がこの家に向かっていたようだが、家の中はガラーンとしていて、静かだった。とはいえ、30人程の人間がこの家に向かっていただけで、家を通過し、他の場所を目的地として離れていった可能性もある。


 私たちはリビングに案内されて、料理をご馳走になった。私たちは基本的に『餅』を主食にしているが、雑食性なので何でも食べる。私たちは老婆が振る舞ってくれた料理を、バクバクと食べた。美味であった。そして変な飲み物まで飲んだ。体が温まる成分が入っているので、ぜひ飲んでみなさいと勧められたからだ。オイルを売ってもらうため、友好的な関係でいたく、マズそうだからと断れなかった。


 しばらくして、眠気が襲ってきた。


「あれれれ? 私、疲れているかもしれないぴょん。無性に眠くなってきたぴょん」


「実は私もですワ」


「瞼が重くなってきたでアリマース」


 眠気は私だけでなく、姉も妹も感じているらしい。


「ひょっひょっひょ。そうかいそうかい。だったら客間に布団を敷くから、休んでいくといい。お腹にたくさん食べ物が入ったら、それらを消化しようと、本来頭で使われる分のエネルギーも、消化のためにお腹で使われようとしておるんじゃろうて。眠けりゃ、ぐっすりと休んでいきんさい」


「助かるぴょーん。ふわああー」


「では、ご好意に預からせてもらいますワ。ふわわわわ」


「ありがとうでアリマース。ふああ~あぁ」


 大きな欠伸をした。布団を敷いてくれるだなんて、とても親切な老婆だと思った。


「ひょっひょっひょ。では客間に案内するから、ついておいで」


「はーい」


 私たちは声を重ねて返事した。


 客間で、私たちは老婆と一緒に3つ布団を押し入れから出して、敷いた。そして、すぐに眠った。それはそれは気持ちよく眠れた。まるで、失神するかのように……。


 目を覚ますと、柔らかい布団の上ではなく、冷たいコンクリートの上にいた。室内の温度は体感で20度ほどだった。氷点下ではなく、それなりに暖かく保たれている。


 とはいえ、これは……。


 現在、私は無機質なコンクリートで囲まれた部屋にいる。鉄製の柵で閉じ込められてもいた。まさに、これは牢獄だ。気持ちよさそうに寝ている姉と妹の他に、人間たちもいた。


 およそ30人程……。


 私は状況把握に努めた。


 おそらく私たちは老婆に騙され、捕獲されたのだ。


 そして……恐怖の日々が始まった。


 あの老婆はキチガイなサイコパスだった。そして、マンイーターでもあった!

 老婆はお腹が減ると、牢屋の中にいる人間を一人一人殺していき、そして喰っていったのだ。


 私たちはロボ、もしくはウサギの豆があれば無敵の実力を発揮できる。しかし、逆にそれらがなくては、何もできない。ウサギ耳が生えているだけの、よわっちい3姉妹なのだ。


 この牢獄のことを『食糧保存庫』、と老婆は呼んでいた。


 また、牢獄では頻繁に天井が開かれた。


 ある時は老婆が、私たちの食べ物をばら撒くことを目的に天井を開けた。そして、またある時は、吹き矢のようなものを吹いて、誰か一人を麻痺状態にするために開いていた。人間を麻痺させた後、老婆は『クレーン』のような機械を操って、動かなくなった者を、クレーンゲームのように掴み上げ、部屋の隅にある土管のようなところに落とす。そして、別室に移動させているようだった。


 反撃しようと、吹き矢が刺さっていないのに、麻痺したフリをする者もいた。麻痺していると油断させて、あえて土管のようなところに落ちて、老婆に反撃することで、老婆を制圧するつもりだと言っていた。私たちは勇敢なる計画を考えた、勇気あるその男に期待した。しかし、勇気あるその男の末路を見て、私たちは意気消沈した。


 ガタンガタン……。


 老婆が台車に、先程まで『必ず脱出しようぜ』と私たちを励まし、勇気付けてくれていた『同志』だった男の成れの果てを乗せながら、鉄格子の前に現われる。


 ……肉塊。


「ひぃぃぃぃぃいいいぃぃぃぃぃ」


 私たち3姉妹は身を寄せ合って、震えあがった。


「ひょっひょっひょ」


 老婆は次の獲物を見定めるように、全員を見渡してから、鉄格子の前を通り過ぎていった。


「た、食べられたくないぴょん」


「私も右に同じですワ。あっ……今、うさぴょんお姉さまは私の左にいるので、左に同じです、と言うべきでしたワ。発言を訂正しますワ」


「アホーー。そんな言い回し今は、どっちでもいいぴょーん!」


「うぅぅ……麻痺しているフリをしても結局は、ああなっちゃうのでアリマスね。おっかないビフォーアフターでアリマス」


 毎回、老婆は土管に落ちた者の末路を、私たちに見せつけるように、牢屋の前を横切る。ニヤニヤしながら。


 私たち姉妹は助かるための『戦略』を幾つか立てていた。どの戦略もクリアすべき壁が立ち塞がっている。どの戦略であれ、まずは『生き残り続ける』という壁を乗り越えなくてはならない。


 老婆は毎日、自分の意志で『獲物』を狙って、麻痺薬が塗られた吹き矢を放つ。つまり、まずは老婆の性格を分析することで、本日のディナーに選ばれないようにする必要があった。この一つ目の壁を乗り越えると、道が開けてくる。


 しかし、二つ目の壁はさらに高く立ち塞がっていた。


 たった今、牢屋内に残っていた最後の人間がクレーンで吊るされて、土管のようなところに落ちた。これで、牢屋には私たち3匹しかいなくなった。いつもなら、次の『回収』までは、スパンがある。しかし、この日は違った。開いた天井から、老婆がひょっこりと顔を出して、ニッコリと微笑んだ。


「ひょっひょっひょ。おまえたちは面白い姉妹じゃから、もうちょっとばかし生かしておきたい気持ちもないわけでもないんじゃがな~」


「だったら食べないでもらいたいのでアリマス」


「そうですワ。私たちを食べても美味しくないのですワ」


「見逃すんだぴょーん」


「……しかしのぉ、姉妹のうちの誰かが欠けた時、どんな表情や反応をするかも見てみたいのじゃよ。なのでこれから、誰かを解体することにしよう。楽しみじゃ~」


 ………………っ!?

 老婆は人差し指を立たせて、私に向けた。





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