第29話

 南極はとても寒かった。さらに現在、ホワイトアウトという状態となっていて、前が見えない。そんな中でも、ロボはグロウジュエリーを目指して突き進んだ。ホワイトアウトで視界は悪いものの、レーダーの反応は極寒の地でも良好だ。


 オリジナルのレーダーは前回破損した。なので今、使っているのは予備で作ったレーダーの方だ。南極への移動中、防水・防寒の機能も付与させた。捜索はこれで完璧だ。


 しかし……。


「さ、寒いぴょん。キャロット、もっと暖房の設定温度をあげるぴょん」


「これがマックスですワ」


「うぴょーーーーん。そんな馬鹿なだぴょーん」


 姉はこの世の末といった顔で、ガクガクと震えた。


 私は暖房が効かない理由を説明する。理由はとてもシンプルなものだ。


「低予算で仕上げましたので、暖房機能は極寒の地でも生存できる最低限度な仕様なのでアリマス。なお、備品は夢の島にあったものから作ったでアリマスよ」


「と……とほほ、だぴょん。ウサギ族は寒さに弱い種族なんだぴょん」


「しかしながら、私たちはどんな場所へでも、グロウジュエリーを回収しにいくのですワ! そうですワよね、うさぴょんお姉さま?」


「キャロットのいう通りだぴょん。例え、グロウジュエリーが火の中お湯の中、どんなところから生成されたとしても、いくぴょん!」


「ちなみに、うさぴょんお姉さま、『お湯』ではなく『冷水』の中だったとしたら?」


「その場合は……少し考える時間が欲しいところだぴょん」


 ………………。


「同意です。うむむ。我々はやはり、寒さに弱い種族なのですね。ウサギだけにっ!」


「そう。ウサギだけに、でアリマス!」


 その後も、うねうねどすんどすんと歩き続けた。


 そして。


 グロウジュエリーまでの距離は残り10キロ……。


 5キロ……。


 2キロ……。


 1キロ……。


 30メートル……。


 おおっ! ! !

 5メートル!

 ………………。


 ………………。


 ………………。


 ……あった!


「あ、あ……あったでアリマス!」


「こ、これがグロウジュエリーだぴょんか?」


「まったくの……普通の石ころに見えますワ」


 レーダーを手に入れた後、初めて見つけたグロウジュエリーは『宝石』ではなく『石ころ』だった。


 このようなことは、これまでになかった。もしかすると、無人島となっていた古代遺跡で、妹が見つけたといった2つの石ころも、グロウジュエリーだったのかもしれない。


 『宝石』であったはずのグロウジュエリーが『石ころ』のような見た目になっていたのは、なぜ?

 真っ先に考えられるのは……寿命だろう。


 地球の寿命、もしくはグロウジュエリーそれ自体の寿命……そのどちらか。


「しかしながら、雪が降り積もっているのに、どういうわけか埋もれていないのでアリマス。不思議でアリマス。グロウジュエリーの周囲が雪のクレーターになっているのでアリマス」


「こういうのもグロウジュエリーの力だぴょん! おそらく、『寒さ』のエネルギーを吸いとっているんじゃないぴょんか?」


「な、なんですか寒さのエネルギーって! エネルギーとはですね、分子レベルでの運動の……」


「キャロット、みなまで言わずとも、分かっているぴょん。しかしグロウジュエリーやウサギの豆というものは、そういう物理の原則を無視した超常現象――奇跡を起こすものなんだぴょん」


「……とりあえず、回収しますワ」


 ロボの腕をグロウジュエリーに向けて伸ばした。そしてグロウジュエリーを掴もうとしたその瞬間、ギギギギギっと大きな音がした。ロボはそのまま動かなくなる。


「な、何事だぴょーん」


「動かなくなりましたワ。ばにーお姉さま、これは一体……」


「ずばり、潤滑油が……原因でアリマスね……」


「えええええええ~」


「うぴょーーーん」


 うぐぐぐ。


 心配が現実のものになったようだ。


 潤滑油はあなどれないものだ。私たちが行ったことは、自転車につけるオイルの代用として『水に溶かした石鹸』を使っていたようなものだったのだ。


 実際に南極まで移動できたので、もつかと若干は期待したが、やはりもたなかった。


 ………………。


「とりあえず、外にあるグロウジュエリーを回収してくるぴょん」


「行ってらっしゃいませー」


「ませませませーでアリマース」


 私と妹は、姉に手を振った。


「えぇぇ、私一人で取りに行く、ぴょん? みんなで取りにいかないぴょんか?」


 その提案に対して、私と妹は拒絶の意志を示した。姉は仕方がない、と入り口のドアを開けて、グロウジュエリーを取りに行った。そして再び、コックピットに戻ってきた。


「や、ややや、やったぴょん。へくしょーーい。ぶるぶるぶる……」


「わずか、数メートル走っただけで、凍え死にそうになっているのでアリマス! しかし、ついに手にしたでアリマス」


「念願が叶いましたワ! 数百年ぶりですワー」


 もしかすると、ここ数百年間、美術館を襲っても、グロウジュエリーを獲得できなかったのは、グロウジュエリーの見た目が宝石じゃなくなっていた……そんな可能性もある。何にせよ、めでたい!

 5個目のグロウジュエリーにして、ようやく私たちが先に回収することに成功した。本来なら、このままアジトに戻るだけなのだが……。


「どうでしょうか、ばにーお姉さま?」


「うむむむむ……でアリマス」


「アジトに帰れるぴょんね?」


「それについても、うむむむ……でアリマス。本音をいうなら、お手上げでアリマス……」


 ロボが動かなくなった原因を調査したところ、やはり潤滑油が問題となっていた。新たな潤滑油を注がない限り、ロボを動かせない。、

「そんな~。折角、グロウジュエリーをゲットできたのに……これじゃあ、あんまりですワ」


「砂漠の真ん中でも、大西洋の真ん中でも、私たちはアジトに戻れたけど……南極の真ん中ではさすがに厳しいぴょん。というか、絶体絶命だぴょん!」


「ぜ、絶体絶命の原因は……私が、潤滑油の缶を蹴飛ばして、こぼしてしまったことにあるのですワ……。お、おお、お姉さま方、申し訳ありません。お許しください。ぐすっ……」


 妹は涙を腕で拭った。


「キャロット、泣くんじゃないでアリマス。あんなところに潤滑油の入ったバケツを置いた、私のせいでアリマス」


「いいや。ホームセンターに潤滑油の代用品を買いに行こうだなんて、知識もないのに適当な提案をした私のせいであるぴょん」


「違いますワ。私のせいですワ」


「いいや、私のせいでアリマス」


「私のせいだって言ってるぴょん」


 バチバチバチ……。私たちは視線をぶつけ合って火花を散らした。


 しかしすぐに収まる。喧嘩しても無意味だと判断したからだ。


「こんなところで喧嘩をしても空しいだけだぴょん。どうやってアジトに戻るかをみんなで考えるぴょん」


「あ~あ。ここが南極じゃなければ、近くの町などに行きまして、潤滑油を購入できましたのに。万事解決でしたのに。あゝ南極♪ あゝ南極♪ な~んきょ~くぅぅ~~♪」


 ………………。


「そーいえば結構、昔に見たニュースを思い出したのでアリマス。南極に人が住むようになったとか、報じられていたのでアリマス。南極に都市が出来たとか!」


「本当かぴょん?」


「温暖化を食い止めようとする団体が抗議のいっかんとして、自ら南極に移り住んだのが、切っ掛けだったそうでアリマス」


「南極はかつて、どこの国の土地でもなかった場所ですワよね」


「その都市はどこにあるぴょん? 住所はどこだぴょん」


「えーっと。どこでアリマシたかねー。思い出してみるでアリマス。うーんうーん……って、現在の南極には住所はないのでアリマス!」


「それなら、いい案があるぴょん。レーダーで調べれば早いぴょん。餅を頭に思い浮かべながら、探してみるぴょん」


 姉は餅を頭に思い描きながら、レーダーのボタンを押した。


 ポチっ。


 すると、すぐに結果が出た。


「……分析結果が出ました。レーダーによると、南極大陸に餅は、ありません!」


「ガガガガーン。南極大陸に……餅は売ってないぴょんか! 終わった……。万策尽きた……ぴょん……」


「いやいや。まだ、万策尽きてはいないでアリマス。今度は人間を頭に思い浮かべながら探してみるのでアリマス!」


「おおお、その手があったぴょんね! 今度は『人間』を頭に浮かべながら、探してみるぴょん」


 姉は人間を頭に思い描きながら、レーダーのボタンを押した。


 ポチっ。


 再び、すぐに結果が出た。


「……分析結果が出ました。レーダーによると、南極大陸には『地下アイドル』は、おりません!」


「ガガガガーン。ガガガガーン。ガガガガ~~~~~ン。南極大陸に……地下アイドルはいないぴょんか! 終わった……。今度こそ、万策尽きた……ぴょん……」


「ショ……ショックですワ! キング・ショックですワ!」


「ちょっとちょっと! 人間は人間でアリマス。たしかに人間でアリマス。しかし、どうして『地下アイドル』に限定して探したのでアリマスか!」


「……それもそうだぴょんね」


「たしかにその通りですワ」


「勘弁してほしいのでアリマース! コントしてる場合じゃないのでアリマーース!」


「じゃあ、今度は地下アイドル以外の『人間』を頭に浮かべながら、探してみるぴょん」


「最初から、そうするでアリマスよー!」


 姉は人間を頭に思い描きながら、レーダーのボタンを押した。


 ポチっ。


 すぐに結果が出た。


「分かりましたワ。そして、分析結果が出ました。南極に人間は、住んでおります。そして……およよよよ」


「どうしたぴょん?」


「そこそこ距離はあるものの、たどり着けない距離ではありませんワ。人間たちが密集している場所が10キロほど先にありますワ。人口密度からおそらく、そこが南極都市かと思われますワ」


「おおお、ということは助かるでアリマスね。危機一髪だったのでアリマス」


「でも10キロもあるぴょんね? 正直ロボの外に出たくないぴょん。だって、たった数メートル走っただけでも死にそうになったぴょん」


「現在のようなホワイトアウトではなく、晴れてから移動すれば、なんとかなるでアリマス」


「うぴょーーーん。それでも氷点下だぴょーん」


 南極都市に行けば、潤滑油が売られているかもしれない。売っていなくても取り寄せることで対処ができる。潤滑油を購入して、再びロボまで戻って注げば、ロボに乗ってそのままアジトに帰還できる。


 おお! 思えば、ロボを全損させずにアジトに帰るのは久しぶりだ。最近、グロウジュエリーを回収しに向かう毎に、ロボが全損していた。


「おやおやおや。お姉さま方、人間の反応が他でも感知できましたワ。このホワイトアウトの中、30人ほどが移動してきておりますワ。よくやりますワー。そして、彼らが向かっている先には……1人の人間の反応が出ております。こちらからすごく近いですワ」


「その人間までの距離は、どれくらいだぴょん」


「こちらから……500メートル程です。おそらく、ホワイトアウトが収まれば、住んでいる家を目視で確認できることでしょう」


「僥倖だぴょんっ!」


「僥倖、僥倖でアリマスわ!」


「おほほほ。まさか、こんな近くに人が住んでいましたとワ」


 500メートルといえば、走ればすぐに着く。


 これで10キロもの距離を、氷点下の中、歩かずに済むようだ。人が住んでいるのなら、何かしらのオイルがあるだろう。それを頭を下げて売ってもらう。


「オイルを売ってもらい、オメガランに注ぐことで一時的に動かせるようにするのでアリマス。そして、南極都市で正規の潤滑油を取り寄せるなどして購入しましてから、そのままアジトに帰還するのでアリマス。どうでしょうか、この案は!」


「いいぴょん、いいぴょん! グッドだぴょん。ちょうど、ウサギ神さまも、そうしなさい、と言ってくれているのか、ホワイトアウトが弱まってきたぴょん。もうちょっとしてから500メートル先にある、人の住んでいる場所までBダッシュするぴょん。オイルをゲットしてくるぴょん」


「うさぴょんお姉さま、頑張って行ってきてくださいでアリマス」


「氷点下な外に一人で出られるその勇士を、再びご覧させてもらうでアリマス」


「こらああああ。おまえたちも、一緒に行くんだぴょん。自分達ばかりが暖かい場所でヌクヌクしていられると思ったら、大間違いだぴょーん」


「ひぇぇぇ~ですワ」


「うへぇぇぇでアリマス」


 こうしてホワイトアウトがおさまった後、私たちは人間の反応があった場所へと向かった。これから私たちが体験する『恐怖』の始まりであることも知らずに……。




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