第23話

 実験では、グロウジュエリーはいつも途中で枯れた。一方、実験を繰り返す過程で、高等な知能を持つ生き物ほど、より多くの生命エネルギーを採取できることが判明した。そして、マッドサイエンティストは遂に手を出した。


 それは、同胞であるオニ族の生命エネルギーを採取するというものだった。


 具体的には、処刑が確定したオニ族の受刑者を、裏で引き渡してもらい、受刑者の命と引き換えたエネルギーを、グロウジュエリーに注ぐというものだ。この時、マッドサイエンティストは、小動物などでは得ることの出来なかったエネルギーの獲得量に狂喜した。


 その後、幾度も受刑者を引き渡してもらい、オニ族の魂をグロウジュエリーに注ぎ続けた。いつもなら枯れてしまう段階を越え、グロウジュエリーは更なる成長を続けた。


 マッドサイエンティストは確信した。オニ族の生命エネルギーをこのまま与え続ければ、グロウジュエリーは完成する、と。


 しかし突然、生きたオニ族を入手できなくなった。刑務所が裏で死刑囚の横流しをしていたことが世間の明るみに出たからだ。引き渡しは合法なやり方ではなく、警察関係者にワイロを渡すことで、非合法に行われていた。


 問題はまだある。生きたオニ族の入手が困難になっただけではなく、マッドサイエンティストに逮捕状が出されそうになっていた。証拠を破棄していたので、即逮捕とまでは至らなかったが、数々の証言があった。


 マッドサイエンティストは葛藤した。もうすぐグロウジュエリーが完成するというのに、どうして邪魔をされるのか。手記の執筆者で研究員でもある『ワタシ』に日々、愚痴を漏らしてきた。


 ある日、ふと笑顔で訊かれた。グロウジュエリーの糧になってくれないか、と。冗談だと思ったが、マッドサイエンティストの目は笑っていなかった。


 その頃からオニ族の行方不明者が多発した。一方、グロウジュエリーはすくすくと育っていった。マッドサイエンティストは小動物や植物から得た生命エネルギーを注いでいるだけだと主張していたが、そんなはずがないことは一目瞭然だった。生きたオニ族の魂を生贄として生成される莫大なエネルギー量が、グロウジュエリーに注がれていたからだ。


 世間は、連続して多発するようになった失踪事件に、マッドサイエンティストが関わっているのではないかと疑った。しかし、マッドサイエンティストは一切関わってはいなかった。なぜなら、オニ族の誘拐犯は、ワタシなのだから。


 ワタシは、いち研究者として育ちきったグロウジュエリーをこの目で見てみたかったのだ。


 マッドサイエンティストは逮捕された。ワタシの容疑もかけられて……。その後しばらくして、グロウジュエリーが完成した。6つ全て。


 ワタシはグロウジュエリーに願った。

【強大な力を欲しい】

 と。


 ワタシの願いは子供の頃、誰でも思ったことがあるだろう欲求だ。ただただ強くなりたいという欲求。


 結果、ワタシは強くなった。オニ族は優れた兵器をいくつも持っている。特定施設の外部を守護する生物兵器。内部を守護する機械兵器。ワタシはローブなどで姿を隠し、そのどちらとでも単独で戦い、勝てるまでに強くなったことを確認した。しかし、一対一の場合に限った。一体多数の場合は勝てる気がしない。


 ワタシはオニ族の誘拐を再び始めた。グロウジュエリーをもう一度、成長させるためである。


 そして6つのグロウジュエリーを育てあげて、願った。

【更に強大な力が欲しい】

 と。


 ワタシは、この時からオニ族でない見た目のモノに変身できるようになった。


 これまで水面下でオニ族の誘拐を続けてきた。しかし、さすがに世間が警戒を始めた。そして、いつしかワタシが犯人であることまで突き止めた。だが、私は特に焦ったりはしなかった。なぜならば迎え撃つだけの力を保持していたからだ。遂にワタシは、表舞台に姿を現わした。


 私は、グロウジュエリーを再び育てようと、生きたオニ族を集め始めた。一方で、ワタシは生きたままのオニ族を食べる悦びも知ってしまった。血肉が湧き踊るのだ。どうして最初食べようと思ったのかは忘れた。しかし、本能が同族を食べるよう疼くのだ!

 しかし途中から、喰っても喰っても腹が満たされなくなった。


 渇きも消えなくなった。


 ワタシは食欲と渇きを癒すため、一匹の獣となった。そして、手当たり次第にオニ族を食い散らかすようになった。隠れることをやめて、オニ族を絶滅させる程に、とにかく喰った。どんな兵器も、ワタシには通じなかった。


 そんなある日、桃源郷という地から『桃源郷の化け物』が生まれた。


 その化け物は、最初は弱かった。しかし、『死んでもどこかで蘇る』という特殊な能力を持っていた。化け物は、執拗に何度も何度もワタシに挑んできた。ワタシはその都度、殺していた。


 勝ち目もないのに、なぜ何度も挑んでくるのか、と質問した時があった。桃源郷の化け物は『本能がおまえを殺したいと欲しているから。ただそれだけだ』と言った。つまり、ワタシがオニ族を喰いたいと思う欲求と同様、向こうもワタシを殺したいという強い欲求を持っていることが分かった。


 さらに、殺す毎に確実に強くなっている、という事実にも気付いた。殺せば殺すだけ強くなってワタシを狩りにくる……。ワタシは、桃源郷の化け物に対して、次第に恐怖を覚えるようになった。まだまだ、ワタシの方が力は上だ。しかし、いつかは追い抜かれるだろうことが、目に見えてきたのだ。


 だから早急に、もう一度グロウジュエリーを育て、更なる力を欲する必要性がでてきた。しかし、オニ族を喰い過ぎたせいか、生存数が激減していた。それでも私は諦めず、ありったけの努力で隠れ潜んでいたオニ族たちを探し出して、グロウジュエリーの糧にした。ワタシは首を長くして、グロウジュエリーの完成を待った。


 桃源郷の化け物を死闘の末に倒したのと、グロウジュエリーが完成したのはほぼ同時だった。桃源郷の化け物の強さは、遂にワタシと肩並びしたのだ。次に会う時は、確実に私よりも強くなっていることだろう。


 グロウジュエリーが完成しなければ……。


 絶望的だった……。


 私は狩られる側となった。


 これは、間違いない。


 更なる力を求めて、グロウジュエリーを育て始めたが、私は考えた。そして考えた末、今回育ったグロウジュエリーに対しては『更に強大な力を与えてほしい』とは願わなかった。


 代わりに、私は特定施設を土の中に潜らせた後、このようにグロウジュエリーに願った。

【グロウジュエリーが再び育たった時、今の力を保持したままのワタシの肉体を蘇らせてほしい】

 と。


 つまり、ワタシは逃げることにしたのである。


 グロウジュエリーの力でどれだけ強くなっても、あの『桃源郷の化け物』もどこまでも強くなり、ワタシを何度でも殺しにやってくる。イタチゴッコはしばらくは続けられるかもしれないが、どれだけ強くなっても、怖くてたまらない。いつ追いつかれないかと、不安が消えることはないのである。忌々しいが、ある意味、私は精神的に『敗北した』といえるだろう。


 ……今、サイレンが鳴った。


 侵入者が土の中へと潜らせた、この特定施設に現われた。そして、内部ガーディアンが呆気なく撃墜されたという報告を防犯システムから受けた。


 おそらくは『桃源郷の化け物』がやってきたのだろう。


 この土の中、どうやって侵入したのかは不明だが、きっと穴を掘って……ということかもしれない。


 いっかいの研究者であった時から続けてきたこの手記は、まだ続けたい。


 更新できることを祈っているが……正直、あの化け物を今回も迎撃できる自信はない。とはいえ、もし殺されたとしてもいつか再び、更新を始めるつもりだ。


 復活して……。


 グロウジュエリーを、スロー成長モードに設定した。生きたオニ族ほどの高エネルギーの獲得は出来ないが、何万何千年というスパンで、周囲の生命エネルギーを吸収させながら、枯らさないよう、徐々に成長させていく。それを行えるだけのノウハウは、研究を続けた結果、得ていた。


 さあ、『桃源郷の化け物』はまもなくやってくる。私は……K。


 手記(アプリ)はそこで終わっていた。


「……意外に面白い『小説』でしたワ。セキュリティーがMAXレベルでかけられていた情報だったので、どんな情報かと思っていましたが、『小説』だったとワ!」


「そ、そうだぴょんね。面白い『小説』だったぴょん。よくこんな『小説』なんかにセキュリティーをかけたものだぴょんね」


「オニ族の考えていることは私たちには分らないでアリマス……って、およよよ。う、うさぴょんお姉さまッ!」


「グ……グロウジュエリーが……光っているぴょん」


「何も願ってないのにどうしてでアリマスか?」


「地中から、エネルギー反応が近づいてきますワ」


 ロボの目の前に、内部ガーディアンの思念体と名乗っていた男の子……思念体くんが現われた。


 ………………。


『6つすでに、集めてくれたんだね。ありがとう。感謝するよ』


「あ、あなたは思念体くん! 自殺に協力してあげましたので、このグロウジュエリーは私たちのものでよろしいのですワよね? 『ご褒美』として?」


「まさか、実際の自爆を3年後に設定したのを怒っているのでアリマスか?」


「でも私たちは約束は破ってないぴょん! だから、このグロウジュエリーは私たちのものだぴょん!」


『はははははは。構わん。そのグロウジュエリーはあなたたちのものだ。ただし……既に、願い事は祈ってある。前回のグロウジュエリーにね』


 オニ族産のグロウジュエリーの輝きが大きくなっていく。そして禍々しい光を放った後に砕け、ボロボロと崩れていった。これは、ウサギ族オリジナルのグロウジュエリーにはない現象だ。


「まさか、おまえが『K』……ぴょんか?」


『おやおや。どうして、その通名を知っているんだい?』


「手記(アプリ)を読んだのですワ」


『ほう……趣味の一貫として続けていたアレを読んだのかい? それはそれは嬉しいねえ。初めての読者さんだ。お礼に、新たなグロウジュエリーの糧にしてやろう。しかし、研究施設は地下に移動したんだっけな~。なら、そうだ! 喰ってあげよう。数万年も眠っておったから、お腹がペコペコなんじゃよ』


 光輝く男の子だった思念体くんは、徐々に発光しなくなり、姿を変形させていった。そして、現われたのは、白衣を着て腰を折っている、ツノを生やした老人だった。


『ほっほっほ。さてさて、ウサギ族……どんな味じゃろうか。楽しみじゃて』


 オニ族の老人は、のそのそとロボに向かって、歩いてきた。


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