第21話

 どうやらオニ族は、私たちよりも前に地球に訪れたウサギ族から、グロウジュエリーを見せてもらい、同じものを作りたいと思い、一人のマッドサイエンティストが中心となり、グロウジュエリーの開発に取り掛かったようだ。この手記を書いた男は、マッドサイエンティストをチーフとする研究チームに所属している科学者だ。なんと、このマッドサイエンティストこそが土の中を移動するという理論を構築した者だった。


 手記にはグロウジュエリーを開発する過程の記録――失敗談や成功談が詳細に綴られていた。手記の内容より、グロウジュエリーの研究は、和気あいあいと行われていたようである。しかし、途中から、内容ががらりと一変した。


 マッドサイエンティストは、とある禁忌に手を出した。


 これまで電気などのエネルギーを用いて研究を行ってきたが、生物の『魂』のエネルギーに着目して研究を行うようになった。


 最初は小動物だった。そして、植物からもエネルギーを得られることが分かった。様々な生き物から生命エネルギーを摂取して、グロウジュエリーを育たせるための糧としてみた。すると、電気などのエネルギーを注いだ時よりも、急速に育つことが判明した。しかし、いつも失敗していた。育つ鉱物なるグロウジュエリーが、途中で枯れてしまうのだ。


 グロウジュエリーを枯れさせないためには、どうすればいいのだろうか……。


 なお、実験を繰り返す過程で、高等な知能を持つ生き物ほど、より多くの生命エネルギーを採取することができることも判明した。


 そして、マッドサイエンティストは遂に手を出した。


 それは……。


「ごくり……次のページが気になるでアリマス」


「ですワ。一体、何に手を出したのでしょう?」


「……と、その前に」


 姉は手記の表示を切った。


 ええええー! いいところだったのに!


「な、なんで表示を消すのでアリマスかー。続きが気になるのでアリマース」


「いじわるですワ」


「違うぴょん。レーダーを見るぴょん。小僧と小娘がグロウジュエリーを順調に回収して、あと1つを残すのみとなったぴょん」


 レーダーを見たところ、彼らはオニ族産のグロウジュエリーを1つ以外、全てを集め切ったようである。


「およよよ。危ないところでアリマス。手記に夢中になって忘れていたのでアリマス」


「それでは『戦略』を始動させますワ。よろしいですか?」


「もっちだぴょん。みんな、ちゃんと手筈を覚えて、頭の中で何度もシュミレーションしておくぴょんよ。チャンスは一瞬のみだぴょん!」


「分かっておりますワ」


「がってんでアリマス」


 この後、私たちはロボを『ある地点』にまで移動させた。そして、配置につく。


 しばらくして私たちが隠れ潜んでいるこの施設に、小僧と小娘がやってきた。この施設に最後のオニ族産のグロウジュエリーが置かれている。オニ族産のグロウジュエリーはどれも、似たような形の施設の奥の大広間に配置されており、小僧と小娘はモニュメントに擬態していたロボを素通りして、大広間に向かった。小娘は変な鼻歌を歌っていた。


『うっきうっきうっき♪ やっと私もボインちゃーん♪ ラララノナーン♪』

『なんだよ、その即興で作ったような歌は?』

『だって嬉しいんだもん。もうすぐ、念願が叶うわ。グロウジュエリー6個が揃うわ。モモくんにはお礼として、何でも食べさせてあげるわ。飲食店も開きたいんだっけ? いいわいいわ。私にドーンと任せなさいっ。しばらくは、私の豪邸に住んでてもいいわよっ』

『本当か? いやったー。オメー。でぶっぱらだなー』

『……それをいうなら太っ腹よ。私の家の敷居は大きいから、空き部屋なんてケチな事は言わないわ! モモくんの家を建ててあげちゃう』

『えー。家を?』

『それが、お金持ちの中でも超一流のお金持ちの、お・も・て・な・しの心よ』


 ………………。


『なんだか知らねえけど、お前んち、すげーんだなー。客人をもてなすために、家を建てるって、どんだけだよー』

『あっ。あったわ! 最後の、6つ目の岩の入れ物が』


 小僧は大広間にある台のボタンを押した。そして岩ケースを開け、中に入っていたオニ族産のグロウジュエリーを取り出した。これで小僧と小娘は、古代遺跡内のオニ族産のグロウジュエリーの全てを集めた事になる。


『コンプリートよ! モモくん。お疲れさま』

『やったー。リンス、約束だぞ。僕に、たらふく美味しいものを食べさせてくれよ。腕を磨いて、店も出すぞー』

『もっちろ……ん?』


 突如、照明が消えた。


 私たちが消したのだ。


 そして、私たちは『仕事』を行った。しばらくして、通路側の光源のみを点ける。小僧と小娘は眩しさで目を瞑った。


 まず、小僧から気付いた。


『ああああああああああああぁぁぁぁー。な、ないっ!』

『え? え? モモくん、どうしたの? なにがないの? あっ』


 小娘も気付いたようだ。5つのオニ族産のグロウジュエリーの反応が示されていたポケットバッグと、小僧が手にしたオニ族産のグロウジュエリーを、私たちが奪ったのだ。そして大広間へ通じる通路の入り口で、ロボの姿を彼らに見せつけた。


「くらったか必殺、ピピン腕だぴょん」


「うっしっし。我らの存在を忘れていたのでアリマスか? ばーかばーかでアリマス」


「おほほほ。伊達に我々は【怪盗】を名乗ってはいないのですワ。演算処理によると我々の位置から小僧の位置まで手が到着する時間は0・3秒。予めこちらの建築物の照明設備システムを掌握しておき、唐突に暗転させる事で生まれる一瞬の隙をついたのですワ」


「ぷっぷっぷ。これも盗みのテクニックの一つだぴょん。ざまーだぴょん。おまえらがここにくるのは、簡単に予知できたんだぴょん」


「そうですワ。私たちもレーダー探知機を保持しているのですワ。おまえらがここにあるグロウジュエリーを探していると分かった時点で、我らはこの計画を思いついたのですワ」


「全部集めてしまう、その瞬間にこそ勝機があるのでアリマス! 喜びによって生まれるだろう油断。そこを更に光の暗明によっての隙の拡大」


「あとは気付かれないよう準備万全の状態で待ち構え、奪っちゃうだけだったんだぴょん」


 怪盗として美術館などからの逃走時、目くらましとしての『閃光弾』は頻繁に使用する必需品である。今回は、その逆の『暗闇』にすることで同等の効果を狙ったわけだ。これは明順応と暗順応を利用した、実用性の高い怪盗テクニックだ。


「ワルですワー。こいつらに宝石を集めさせ、最後の美味しいところだけを、ガブっと頂いちゃうってところが、私には到底思いつかないワルさ」


「鳴かぬなら鳴くまで待つぴょんほととぎす! 名づけて『部下の功績を横取りしちゃう上司大作戦』大成功だぴょん。サラリーマンの社会は厳しいんだぴょんよー」


 姉の立てた戦略はシンプルだった。一つ一つのオニ族産のグロウジュエリーを巡って、争い合うのは労力となる。さらに、正面でぶつかり合っても敗北の可能性が濃厚だった。ゆえに、『小僧と小娘がオニ族産のグロウジュエリーを全て集めた時、颯爽と奪って立ち去る』ことにしたのだ。


 そして、オニ族産のグロウジュエリーの奪取に、みごと成功した!

『おい。僕たちの宝石を返せっ!』


 小僧は叫びながら、光源のある通路へ駆けようとした。私は慌てて、それを制止する。


「おっととととと、ストッープでアリマス。なぜなら、超あくどい「罠」を仕掛けたからでアリマス」


『罠?』


 小僧は立ち止まると、身構えながら、睨んできた。


「少し会話をしてやる、という事でアリマス」


「何か質問などがあれば、訊いても構いませんワ。というか是非とも質問してもらいたいのですワ」


『あんたたち、質問してくれって、こないだはそれで時間稼ぎをしてたんでしょう。また、穴を掘るつもり? その手には乗らないわ』


 小娘が訝し気に訊いてくる。


 そういえば前回、会話で時間を稼いだ後、穴を掘って、パイプで2人を捕縛していた。床を警戒しているようだ。


「そんな事はないのでアリマス。土以外のものでは静かに掘る事は出来ないのでアリマス。この床は土ではない。我々は静かに掘れない穴は掘らない主義なのでアリマースっ!」


「それに、さっき、巨大生物から助けてやったぴょん。そのお礼に、質問をしてほしいんだぴょん。頼んますだぴょん」


『……まあ、いいわ。なんでそんなに質問をしてもらいたいのか、怪しさ満開だけど、助けられたのは事実だし、1、2個してあげる』


 質問してほしいと頼み込んだら、質問してもらえることになった。


 小娘がアホで良かった。


「では、勝手に質問すればいいのですワ」


『じゃあ……あなたたちの目的ね。一体、なに? こないだ、モモくんが訊いた時、世界征服みたいな事を言ってたけど』


「ぷっぷっぷ。あれは単なるジョークだぴょん」


「うさぴょんお姉さま、ブラックジョークが冴えわたっておりましたワ」


「私たちは、ただ帰りたいだけなのでアリマスよ」


「帰りたい? どこに?」


 その質問に対して、私たちの声が重なった。


「オツキサマに」


 私たちの目的は母星に帰ること、それのみである。故郷に帰りたいという気持ち、願い……単純ではあるものの、帰星本能の強いウサギ族である私たちにとっては、帰郷こそが唯一無二の願いなのだ。


『お月様? お月様って、えーと』


「夜になると空に見える、あれだぴょん」


「十五夜の満月がとても綺麗な、地球の周りを自転しながら回っている天体でアリマス。ススキを飾って餅を食べると、いつもより美味しく感じられるのでアリマスよ」


「直径3474・3キロメートル。表面積3800万平方キロメートル。なお、黄色く光っているのは、自らが発光しているわけではなく、太陽の光を反射しているだけなのですワ」


『……嘘おっしゃい! 本当の目的はなんなのよ。月に行っても何もないじゃないの。空気だってないし』


 私たちがグロウジュエリーを集めている動機について説明するも、小娘は信じなかった様子だ。まあ、信じてもらえなくても、何も問題はないけどね……。


「ぷっぷっぷ。だったら、世界征服とでも思っていればいいぴょん。おまえらごときに、嘘だと思われようと本当だと思われようと、我々にとっては、どーでもいい事だぴょん」


「我々はくされ人間のように『嘘』を頻繁に吐く種族ではないのですワ。我々は嘘を決してつかない誇り高き種族なのですもの」


「ちなみに、『嘘をこれまでについたことがない』っていうのも嘘ではないのでアリマス。そこを信じてもらいたいのでアリマス」


 ジョークは言うが相手に損害を与える、ガチな嘘はつかない。これがウサギ族の誇りであり、種族の特徴でもある。


 とはいえ、嘘をつかない前提で、戦略的にミスリードすることはアリだ。今回のように。


『よく分からないわね……』


「ぷっぷっぷ。小僧の方は我々に何か、質問はないかだぴょん」


『だったら、オメーら、何か好きな食べ物はあるか?』


「食べ物?」


 意外な質問がきた。


「どういう事でアリマスか?」


 質問の意図が不明である。私は身構えた。しかし……。


「おほほほ。まあ、お姉さま方、一応は質問なので答えて差し上げましょう」


「我らの主食は餅だぴょん」


「特にうさぴょんお姉さまは『きな粉もち』に目がないのですワよね」


「たくさんの種類の餅を作っても、きな粉もちだけを黙々と食べ続けるストイックさが際立つのでアリマス。ちなみに私は、『餡子もち』に目がないのでアリマス」


「私はシンプルに醤油をつけて、海苔で巻いて食べる餅が好きですワ。『おはぎ』だってイケル口です」


「おはぎは邪道だぴょん。あれは餅とは認められないぴょん」


「何をおっしゃっていますのやら。同じもち米だし、きな粉をつけたらうさぴょんお姉さまだって、喜んで食べておりますワ」


「確かにおはぎも美味しいけど、餅かどうかといえば、半分だけ餅って感じで、厳密には餅とは思えないぴょん」


 姉と妹の間で『おはぎ論争』が始まった。なお、今回が初めてではなく、何百回と繰り広げられている論争でもあり、まだ決着はついていない。


「まあまあ、お二匹とも、おはぎが餅であろうと、餅でなかろうと、どうでもいい事でアリマスよ。さあ、小僧、これを質問の答えとしても、いいでアリマスか?」


『お、おう。オメーら餅が好きなのか』


「好きというか、餅しか食べる気が起きないのでアリマス。最初に餅を発明した者には、今でも感謝感激でアリマス」


『じゃあ、次は私が質問するわ』


「いいぴょんよー」


「勝手に質問すればいいのですワ」


 再び小娘の質問ターン。


『だったら聞くけど、あなたたちもレーダー探知機を持っているわけなのよね。そのレーダー探知機はどこで手に入れたの?』


「……手に入れたというか、厳密には手に入れたわけではないのでアリマス」


「なぜなら、これは元々、我らの所有物なのですから」


「まあ……小娘の納得のいく回答をするのなら、『ある骨董屋で故障している状態で見つけ、買戻し、修理した』とでも言っておくでアリマス」


『へ?』


 小娘は首を傾げた。


 嘘は言っていない。とはいえ、小娘が疑問に思うのも無理はないだろう。私たちが不老不死の種族であることを知らない様子だからだ。私たちは何百年も前にレーダーをだまし取られ、そして今回、骨董品店にて数百円で買い戻した。


「そろそろ、質問タイムも終わりだぴょん」


「うさぴょんお姉さま、結局は最後に勝ったものこそが『勝者』なのでアリマスね」


「遂に我らの念願が叶うのですワ」


『ちょっと、何を言ってるの?』


 小娘は困惑する。


 時は満ちた。


 私たちの戦略は、この時をもって『大成功のうちに完遂』したのだ。



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