第5話

 小僧は我々に向かって叫んだ。


『やめろー僕の家を壊すのは止めてくれー』


 相手側からはこちらの顔は見えないが、私は頬をぐにゃりと掴んで、変顔をキメながら返した。


「やーいやーいでアリマス! うっしっし。我らウサギ族が、てめーら人間のせいで被った被害は、こんなボロっちい家を破壊しただけでは済まないものなのでアリマスよーだ」


「さあ、どこでしょうか。『グロウジュエリー』を隠したって無駄ですワ。こちらには、レーダー探知機があるのですワ」


『えっ? レーダー探知機? どういうこと?』


 小娘が不思議そうに呟いた。


「ばにーお姉さま、うさぴょんお姉さま。どうやら、この小僧から反応が検出されましたワ」


 妹は探知の結果を報告した。なるほど、小僧がグロウジュエリーを保持しているということか。なるほど~なるほど~。仮にグロウジュエリーが高額で取引されていることを知らなかった場合、永遠にこの家から外部に出なかった可能性もある。となるとレーダーがないと探せない代物だったわけだ。さっそく、レーダーを発見した恩恵にあやかったわけである。運命に、感謝。


「おい、小僧。『グロウジュエリー』を渡すんだぴょん。痛い目をみたくなかったら、大人しく渡すんだぴょん」


『だから、僕は持っていないんだって。オメーらもリンスの同類か? 持ってもいないグロウジュエリーってのを渡せって……どっちもいきなりやってきてさー。僕、意味が分かんねーぞー』


 ………………っ!?

 小娘と小僧は共に一軒家で暮らしている住人かと思っていた。しかし、小僧の口ぶりから、小娘も私たちと同様、グロウジュエリーを求めてきた来訪者ということになる。しかし、この一軒家にグロウジュエリーが存在していることはレーダーを保持していないと分からないはずだ……。


「はっ? どういう事でアリマスか? まさか……」


「小娘、おまえ。その手に持っているの、なんだぴょん! 『レーダー探知機』じゃないのかぴょん! それ、どこで手にいれたぴょん」


 私たちは小娘の手に持たれている物をガン見した。それは、存在するはずのないものだった。なぜここに、地球に一つしか存在しないレーダーがあるのだ?

『こ、これはうちの先祖代々から伝わる家宝よ! だから、手に入れたというか、うちのもの』


 あっ……。


 小娘の顔を再び見つめた……私たち姉妹は同時にあることを思い出した。というか潜在意識化ではすでに思い出していたのかもしれない。なぜか小娘の顔を初めて見た時から、イライラした気分になっていた。意味もなく家をぶち壊したのは、そうした気分が原因でもあった。おそらく私だけではなく妹も姉も、なんとなくだがイラついていたのだろう。そして今、その理由に行き着いた。我々が現在こうして苦労している元凶である『アイツ』に似ていたのだ! いや、似ているなんてものではない。そっくりだ!

 私たちの体がワナワナと震え始める。


 数百年前の記憶が蘇えってきた。かつて、私たちには人間の友人がいた。その友人は私たちが月に還るサポートをしてくれると言ってくれ、手助けをしてくれた。とても親切な人間だと思えた。


 しかし、ひどい形で裏切られた。彼女の目的は、私たちを利用してグロウジュエリーを集めさせた後に掻っ攫い、自らの欲望を満たすことだった。長い期間、私たちはレーダーを紛失していたが、彼女に騙されて奪われたのだ。


「まさかでアリマスが……うさぴょんお姉さま! きゃろっと! こいつは……」


「似てますワ。よーく顔をみたら、確かに、面影がありますワ。というか、そっくりで、ありますワ!」


「憎き奴らの子孫かぴょん! うぬぬぬ。涙が、涙が出てきたぴょん」


「こんにゃろー。ここであったが数百年目ですワ! あんたにゃ怨みはないが、あんたの先祖には大ありですワ。本来、殺生を好まない我々ですが、死ねえええええ、ですワ」


「100トンぱーんち、ぴょん」


「レッツ、復讐でアリマス」


 私たちから殺意がどっと噴き出した。その殺気に反応するように、ロボは通常モードから、攻撃モードに切り替わる。そして、周囲の空気が震え出した。


 ロボの表面をオーラが覆い始めた。

【攻撃力・防御力×3】

 ロボの持つ8本の腕のうち4本が、グルグルと巻きついて1本の腕となる。


 ――パワーアップ。

【攻撃力・防御力×3×4(腕部)】

 全身を覆っていたオーラが全て、その腕に集結する。


 ――パワーアップ。

【攻撃力・防御力×3×4×8(腕部)】

 莫大なオーラが一瞬だけ拡散し、すぐに収束した。高密度の光が、こぶし全体を包んだ。


 ――パワーアップ。

【攻撃力・防御力×3×4×8×15(こぶし)】

 ――必殺技、発動・準備完了。


 存在自体、許すことのできない、恨みある一族の末裔よ。


 一瞬でやっつけてやろう。


 痛みを感じさせないほどに。


 これは、せめてもの温情である。


 私たち3姉妹は同時に叫んだ。


【【【くらえ必殺、100トンぱーんち】】】


 光を帯びたこぶしが振り上げられた。


 こぶしは猛烈な威圧感を放ちながら、小娘に振り下ろされる。


 そして……。


 小娘は叫んだ。


『きゃああああああああああ、こわあーーーーい』


 と。


 こぶしの最高速度は音速に到達した。


 ソニックブームが発生する。


 しかし、こぶしは小娘に到達しなかった。


 小僧が、小娘の前に立ち塞がり、こぶしを受け止めたのだ。


 私たちの間で衝撃が走った。


「そ、そんな……バカなぴょん!」


「実際に100トンという重さが加わる、このパンチを……う、受け止めたでアリマスか?」


「ありえませんワ! こんなこと、ありえませんワ」


『うぎぎぎぎぎっぎ、うぎぎぎっぎぎぎ。オメーら。父ちゃんと母ちゃんから受け継いだ、僕の大事な家をめっちゃくちゃにしやがって。もう、許さないぞ。オメーら、悪いヤツだ。ぶっとばしてやる』


 小僧は受け止めたこぶしを抱きかかえるように圧力をかけて……破壊したっ! そして、ずんずんとこちらに歩いてきた。普通ではない。得体の知れない恐怖を覚える。


「ち、近づいてくるでアリマス!」


「攻撃ぴょん! 攻撃ぴょんよ!」


 ロボに残された4本の手足を操り、小僧に攻撃を仕掛けた。しかし小僧は、それらの攻撃もゴンゴンと殴り返し、歩みを止めない。


 殴り返されたこぶしは、その場で砕けた。


 目の前の不可解な状況に私たちは冷静さを失い、パニック状態となる。


「こ、壊されたでアリマス! 信じられないでアリマス!」


「超合金製なのに、生身のこぶしで殴られて砕けるって、どういう事なのか頭がぱっぱらぱーですワ。うわああ、この怪力小僧、我らの本体も殴ろうとしておりますワ」


「小僧、待つぴょん! 話し合うぴょん。待つ……うひゃあああああああああぴょーーーん」


 小僧がロボの本体を、力強いグーパンチで殴りつけた。その衝撃で、ロボは空高くぶっとんだ。


「あれれええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええでアリマーーーース」


「覚えてやがれですワーーーーーーーーーーーーーーーーーー」


 ロボは近くの山に落下した。


 そして、大爆発。


 私たちは爆発の勢いで、ロボの周辺に飛ばされた。爆発したロボの残骸からは、煙がもくもくとあがっている。


 ………………。


「くっ! 大丈夫でアリマスかぁぁぁ」


「だ、大丈夫だぴょん。キャロットは?」


「私も無事ですワ。伊達に不老不死ではありませんわ……ガクっ」


「……私、もう力尽きたぴょん。ガクっ」


「うさぴょん姉さま、キャロットォォォオォオォォ。しっかり、しっかりするでアリマス。……という私も精根尽きたで……アリマス。ガクっ」


 私もその場に崩れ落ちた。


 次に目を覚ました時には、太陽が真上に登っていた。私はすぐに姉と妹を揺さぶった。ぐーぐーと、鼻ちょうちんを出しているので、死んではいないようだ。


「うさぴょん姉さま、キャロット。しっかりするでアリマース。起きるでアリマース」


「う、ううん……もう食べられないぴょん」


「あと……5分間お願いしますワ……」


「どっちも目を覚ますのでアリマース。ここはアジトではないのでアリマース」


「はっ! そうだったぴょん」


「うぐぐぐぐ。おのれぇぇぇ、誇りある我ら怪盗ウサギ団を吹っ飛ばしやがってですワ。すぐに仕返しに向かうのですワ」


 姉と妹が上体を起こして、下唇を噛み締めた。


「どうやって仕返しに向かうのでアリマス?」


「それは……あっ! そうでしたワ! オメガランが破壊されたのでしたワっ!」


「オメガラン……おまえのことは一生、忘れないぴょん……」


「いままで何百年もありがとうですワ」


 姉と妹は、爆発したロボの残骸に向って、両手を合わせて、追悼した。


「……ってか、うさぴょん姉さま、キャロット……勝手に廃棄扱いしちゃダメでアリマスよ。だって、それに乗ってアジトまで戻らないと行けないのでアリマス」


「そ、そうか。修理しなくちゃいけないぴょんね!」


「まだまだオメガランには活躍してもらうでアリマス!」


「ところで、あいつらはまだ、あの一軒家にいるのでしょうか?」


「どうだろうぴょん」


 私たちは、それぞれのバッグから双眼鏡を取り出して、昨晩私たちが破壊した一軒家を見た。


 人の気配が……ない。


「ど、どういうことだぴょん?」


「つまり……私たちが家をボコボコにしたから、家を捨てて、桃源郷から出たのでしょうか?」


「レ、レーダーで調べるぴょん! グロウジュエリーは今、どこにあるんだぴょん!」


「どれどれ……あっ!」


「あぁぁっ!」


 グロウジュエリーは猛烈な速さで移動していた。すでに60キロほど離れた場所にある。


「お、追いかけるぴょーん」


「しかし、うさぴょん姉さま、オメガランは故障しておりますわ。腕なんて8本全てが破壊されて、使い物にならない状態です」


「そ、そうだったぴょん! どちらにせよ、早く修理をするぴょーん。移動できるまでに修復するだぴょーーーん。ここは、ウサギの豆を使うぴょんよ! 今こそ使う時だぴょん」


「がってんでアリマーーース」


「分かりましたワー」


「我らウサギ族の名にかけてっ!」


 私たちはウサギの豆をそれぞれ手にし、踊るように宙に陣を描いた。そして、最後にポージングを決める。ウサギの豆とは、グロウジュエリーよりも奇跡を起こす度合の高い、より希少な素材である。しかしウサギの豆だけでは、月には還れない。


 月に還れないのはグロウジュエリーにかけられた『呪い』によるものだ。なので、呪いの解除はグロウジュエリーを集めることでしか実現はしない。


 ウサギの豆がピカピカと輝いた。


 ――必殺技、発動・準備完了。


 ウサギの豆の消費数……『3粒』。


【【【瞬必殺、時よ進めぇぇぇぇ、見かけだけの、時間停止空間ー】】】


 周囲には薄緑色の膜のようなものが張られた。


 時間の経過スピードが速くなる特殊な空間が周囲に展開されたのだ。


 私は具現化されたタイムウォッチをカチっと押した。


 ――スタート。


 まず、ロボの残骸をかき集めて、パーツの修復から開始した。


 ガチコンガチコン。


 修理用道具は常に携帯している。


 修理が終わった後、タイムウォッチをカチッと押して、必殺技を解除する。


 次の瞬間、周囲に展開されていた膜のようなものが、光の欠片となって消えた。


 体感時間は10日だったが、実際の経過時間は10秒程度だ。すぐにレーダーを使って、グロウジュエリーの行方を追った。


「ふふふふ。最初は走れる程度にまで修理するだけのつもりだったけど、修理している最中に、あれやこれやと気になって、結局は完璧になるまで修理したでアリマース」


「いいえ、ばにーお姉さま。何百年と使用していた1号機の溜まりに溜まった問題点も改善したので、実質的には2号機と呼んでもいいですワ」


「これぞ、ウサギ族クオリティー! 普段はだらけてるけど、やる気になれば、アレもコレもと改善・改良してしまうのは、完璧主義かつおまけ主義者ゆえだぴょん!」


「ウサギ族クオリティー、ばんざーーーいでアリマーース!」


「よし! 2号機で奴らを追いかけるぴょーん。今回の目的は、石の奪取のみにあらず。相手の情報を把握することだぴょん。あの小僧は異常だったぴょん。無理に戦ってはいけないぴょんよ。情報を集めて、事前に戦略を立ててから挑まないと、昨晩の二の舞になるぴょん」


「戦略こそが肝っですワ! 方針については了解ですワ」


「私も了解でアリマース。あいつら、確かここより60キロ離れた地点にいたでアリマスよね? キャロット、探索を頼むでアリマス」


「分かりましたワ。レーダーでの探知を開始しますワ……って、あれ、あれれ?」


「どうしたぴょん」


「レーダーに反応はありませんワ……」


「な、なんだってー」


 私と姉はハモりながら驚いた。


「そんな馬鹿なでアリマス。逃がさないために、ウサギの豆3粒を使ってまで、オメガランを1号から2号に昇華させたというのにっ!」


「まさか、壊したとか?」


「いや、地球人の技術では、生成されてから365日以内のグロウジュエリーを破壊することは不可能でアリマス。すると、考えられることで最も可能性が高いことは、信号を遮る特殊なもので包んだのでアリマス」


「そんな馬鹿なだぴょん! 確かにレーダーによる探知を無効にする方法はあるぴょん。しかし、その知識を、どうして地球人が知っているんだぴょん」


「理由は不明ですが、グロウジュエリーからの信号が拾えなくなっていること、それは紛れもない事実ですワ」


 うぐぐぐぐ。なんということだ!

 私たちは顔を真っ赤にしながら、ジタバタした。


「くそーだぴょん。鬼畜なる髪洗家の子孫め。またしても我々の前に立ち塞がったぴょんね! あいつらが今回の『対立者』になるぴょんねぇぇぇ」


「く、くくく……悔しいですワ。また、私たちは敗北するのでしょうか。毎度のように……」


 実は私たちがグロウジュエリーを集めている時には毎回、必ず『対立者』という存在が出現する。そして、私たちは彼らに全戦全敗している。これも『呪い』の一つである。また、私たちがグロウジュエリーを6つ全て集めきるためには『対立者』に勝利すればいいという単純な仕組みでもない。


「これまでがそうだったからといって今回も敗北するとは決まっていないぴょん! 勝負はこれからだぴょーん」


「我らが真の敵は『運命』それ自体でアリマス……。今回こそ、この腐れ切った運命に打ち勝ち、終止符を打つのでアリマスっ!」


「取られたら、取り返しましょう、ほととぎす、ですワー」


「気合を入れるぴょーん」


「えいえいおーーーう」


 私たちは気合を入れた。


 これから約1年間続くことになる、小僧と小娘とのグロウジュエリーを巡っての奪い合い、そしてグロウジュエリーによってかけられた『呪い』への挑戦が――今、始まった。

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