【16】残された想い(2)
「おいジジイ、
語気を強め、ライルは私の肌を撫で回していたお爺さんの手を叩き落としていた。
ライルは馴れ馴れしい人が嫌いで、初対面でそういう態度を見せたお爺さんが気に食わなかったらしい。正直、その対応も失礼だったとは思ったけれど、内心ホッとしていたのは確かだった。
「ほぉ、護衛付きだったのか。お嬢さん、なかなかやりおるな」
「黙れ、ジジイ。おい、レイディア。さっさと話を進めてくれ」
「えぇ、そうね。紹介が遅れたわね。こちらはセントアデル城の魔法士隊総長で、私の上官のフィガルト・ペルシュメーアさん。フィーさん、こっちは私の従弟のライル、こっちが幼馴染のルディね」
それぞれの紹介を受け、フィーさんはふんふんと頷きながら、ライルと私の顔を交互に眺める。やはりレイディアの言う通りの女好きなのか、よろしくと言って差し出した手は、なぜか私にだけだった。
「フィガルト・ペルシュメーアだ。フィーでかまわんよ。それで、ワシに何用かな?」
「このサロが残した
私が目配せをすると、ライルは持っていた
それを見たフィーさんは、大袈裟なくらいに目を丸くして驚いた。手を伸ばして触れたのは、なぜかサロの
「これは
「フィーさん、わかるんですか?」
「ん? あぁ、わかるとも。
「おい爺さん、再生できるのか?」
初対面の印象が悪かったせいだろう。ライルの目には胡散臭く映っていたに違いない。「ワシを甘く見るな」と、得意気に笑うフィーさんに、あからさまに疑いの眼差しを向けていた。
「ジイさん、信用していいのか?」
「
「フィーさんはウルヴァリースの末裔だったのですか? 初耳ですね」
「まぁ、このことはリリーティア様にしか話したことがないからなぁ」
「また作り話じゃないでしょうね?」
普段からしれっと嘘をつくことが多いらしく、レイディアは端から疑ってかかっている。どこまで言えば信じてくれるのかと、フィーさんは肩を落としていた。
「まぁ、ワシのことはどうでもいい。話はこのくらいにして、かけられた鍵を解くとしよう。準備はよいかな?」
そう問われ、それぞれが首を縦に振る。それを合図に、フィーさんは|夢球(トラウム)を手にそっと目を閉じた。
「
言葉は空気を震わせ、波打ち、響き合う。
蝋燭の炎のように柔らかく、淡い光が
どこかの書斎だろうか。
サロらしき中年の男が病床につき、苦しそうに呼吸をしているのが見える。傍には、白に近いプラチナブロンドで、黒味がかった灰色の瞳をした20歳くらいの青年が付き添っている。必死に彼の手を握り締めていた。
その2人は、
『エルグ……お前の存在はまだ知られていない。いや、いずれ多くの者達がお前を求めて探すだろう。そうなる前に、ここを離れるんだ』
『サロ様、気をしっかり持って下さい。そんな病など、必ず治ります』
『エルグ……私の寿命が尽きることは、君が一番理解しているはずだ。さぁ……遠くへ逃げるんだ。急げ、時間がない』
『……わかりました』
『いいね、エルグ。私が指示した通りに……頼んだよ』
青年は足早に部屋を出て行く。それから少しして、独りになったサロは、まるでこの
『今、私の記憶に辿り着き、この記憶を見ているのはどんな目的を持った者だろうか。禁書には覇者となる力が封じられていると、私の流した偽りの噂を信じてその力を手に入れようと企む者か? それとも欲望ではなく別の目的を持った者だろうか……。私の願いとしては、後者であってほしい』
サロは力なく笑う。吸い込んだ息に噎せ返り、苦しそうに顔を
『禁書に何が記されているのか……それを私の口から言うことはできない。すまない……おそらく、私の記憶は死んだ後、皇帝が調べるだろう。もし禁書の存在する意味が知られれば、私が命を賭けてあれを生み出した意味がなくなってしまう……』
サロの死期が迫っているのか、言葉が途切れるようになり、荒く乱れていた呼吸もゆっくりと、そして浅くなっていく。
『さっき、部屋を出て行った、エルグという青年がいただろう。彼に頼んで、私の記憶を、全て消し去るように言った。皇帝の思い通りに、ならないように……。今、私の記憶を見ている者が、私のように死を目前に控えた者なら……エルグを探してほしい。
その言葉を最後に、サロは静かに目を閉じる。
サロの記憶を見終えた私とライルは、言葉を交わすことなく、ただ呆然と互いの顔を見つめ合っていた。
「ライル、今のってどういうことなの?」
「サロの禁書の行方は、あのエルグという男が知っているってことだろうな……」
「でも、サロは500年以上前の人物でしょ? あのエルグって人もその時代に生きていた人なんだから、もうこの世には……」
いるわけがない、存在しているはずがない。けれどライルは、可能性はまだあると諦めなかった。
「エルグじゃなくても、彼の子孫がいるはずだ。それを代々受け継いでいるとしたら?」
求めれば、
サロの禁書が見つかるかもしれない。わずかな期待があっという間に体を駆け抜けて、嬉しさが込み上げてくる。私はその勢いのまま、ライルに抱きついていた。
「ライル、よかったね!」
「お、おいっ。まだ見つかったわけじゃ」
「でも、見つかるかもしれないんだよ? それだけでも嬉しいよっ」
「あぁ、そうだな」
ライル自身も本心は嬉しいはず。ただ、無邪気に喜ぶのが照れくさいのか「俺より喜ぶな」と、
「さてお2人さん、ワシはお役に立てたかのぅ?」
邪魔をして悪いのだがと、フィーさんはニヤニヤしながらも少々遠慮がちに声をかける。我に返って、私とライルは慌てて離れた。
「フィー、ありがとう。代金のことだが」
「ワシの店は高いぞ? レイちゃんとデートができるならまけてやっても――」
「あら嫌だ。私、仕事が残ってるのよね。ライル、手伝ってちょうだい。それじゃフィーさん、ご機嫌よう。あぁ、忙しいわ」
「おいっ、レイディア! 引っ張るなっ」
嫌な予感を瞬時に感じ取ったレイディアは、妙な約束を取り付けられる前にと、先手必勝でライルを連れて鏡へ飛び込んだ。まんまと逃げられたフィーさんは、残念そうに舌打ちをした。
「なんだ、冷たいなぁ。お嬢ちゃん、あの兄ちゃんに伝えておいてくれ。代金は後日、ワシが取りに行くとな」
「はい、わかりました……って、あれ? ライルの屋敷の場所がわかるんですか?」
フィーさんは、こめかみをコンコンッと突き、ニッと口角を上げた。
「
「フィーさん、絶対に誰にも言っちゃ駄目ですよ? もし誰かに話したら、一生恨みますからね。それじゃ、失礼します」
「あぁ、またな」
礼を言って、私はライルを追って鏡の中へと飛び込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます