【17】解かれた封印(1)

 レイディアの邸へ戻って早々、私とライルは“求めれば示される道”について考え始めた。

 ようやく手がかりを掴んだものの、それはあまりにも漠然ばくぜんとしている。目の前にあるのにすぐに消えてしまいそうな、霧のようなもろい答えだった。


「求めれば救世の鍵アナスタシスが道を示すっていうけど、どうしたらいいのかな?」

「俺達は最初からサロの禁書を求めてるんだけどな」


 常にそれを口にしていたし、思ってもいた。それでも反応がなかったということは、思うだけでは駄目だということなのかもしれない。


「話しかけてみるのは、どうかな?」

救世の鍵アナスタシスに?」


 うん、とうなづく。馬鹿らしいと、ライルは鼻で笑った。


「それで教えてくれるっていうのか?」

「やってみなきゃわからないでしょ?」


 そでまくって、深呼吸をして、とりあえず思いついたことを話かけてみることにした。


「お願い、サロの禁書がどこにあるのか教えて?」


 私、ライル、レイディアの視線が救世の鍵アナスタシスに注がれる。しばらく様子を見ていたけれど、うんともすんとも言わない。


「反応、ないわね?」

「ない、よね……話しかけるのも駄目なら、どうやって求めればいいんだろう」


 求めるということは、それが欲しいと思って行動を起こすか、言葉として口にすること。思って行動しているのに反応しないのなら、口に出せばいいのだと思ったのだけれど、それも違うということなのだろうか。


「……もしかして、古語オルド・スペル?」


 ふと、思いついて口にした。ライルとレイディアもハッとしていた。


夢球トラウム古語オルド・スペルで鍵がかけられているって言ってたじゃない。もしかしたら、救世の鍵アナスタシスも今の言語じゃなくて、それを使えばいいのかなって思ったんだけど」

古語オルド・スペルか。レイディア、少しは古語オルド・スペルを話せるんだろ?」

「えぇ、多少はね」

「サロの禁書のもとへ導け。それを訳すとどうなる?」

「多分……Kotanコタン Saroサロ Nuyeヌエ,Ku Ruraルラ


 救世の鍵アナスタシスに向って告げる。さっきと同様に何の反応もない。まさかとは思ったけれど、やはり古語オルド・スペルでもなかったようだ。


「やっぱり駄目ね」

「ルディ、お前が言ってみろ」

「えっ、私?」


 そうだと頷きながら、ライルは救世の鍵アナスタシスを掴んだ。


「今、こいつの持ち主はルディだ。持ち主以外の言葉を聞き入れないのかもしれない」

「そう、なのかな?」

「確証はないけどな。何でもいいから、試してみろ」

「うん、わかった……Kotanコタン Saroサロ Nuyeヌエ,Ku Ruraルラ


 何か起こって! 

 強く願ったけれど、期待とは裏腹に救世の鍵アナスタシスは沈黙を貫く。諦めかけた矢先、救世の鍵アナスタシスがカタカタと震えながら蒼い光を纏って、やがてその光はリビングにある姿見に向って一直線に放たれた。


「道が、示された……?」

「ルディ、やったじゃない!」

「えっ、えっと、この光の先にサロの禁書があるってことだよね?」


 そう捉えていいのか、私は不安になって訊ねた。「わからない」と口にしながらも、ライルもレイディアも違うとは否定しなかった。


 この光の先にサロの禁書がある。そう思うと、喜びに自然と笑みがこぼれた。これでライルの命が助かる――安堵の溜息をついた、まさにその直後のこと。

 邸の外からゴーンゴーンッと大きな鐘の音が響き始めた。不穏なその音に、肌がざわつくのを確かに感じた。


「な、何?」

「この鐘の音は、空襲の合図か?」

「ちょっと待って! セントアデルの軍事力はこの大陸内一よ? わかっていて攻め込んできた馬鹿はどこのどいつよ?」


 外の様子を見ようと、憤慨ふんがいするレイディアと一緒に窓へ駆け寄った。

 カーテンを開けて見れば、数百機にも及ぶ戦闘艇せんとうていが空を埋め尽くしていた。その機体に描かれた白い龍の紋章を目にしたとたん、ライルは呆れて冷笑した。


「おいおい。攻め込んできたのはエルディアかよ」

「ちょっと、あんたんとこの皇帝、馬鹿じゃないの? ライル、あんた一応“元城仕えの魔法士”でしょ? どうにかしなさいよ」

「俺に言ったってどうしようもねぇだろ。お尋ね者の魔法士がのこのこと止めに出て行ったら捕まるだろう」


 ライルが返せば、「それでも止めなさいよ」と、レイディアは無茶を返す。どうにかしろ、どうにもならんと言い争いを繰り返していると――


「ライル! ここにいたのかっ」


 突如、リビングに置かれていた姿見の中からゼニスが飛び出してきた。突然の訪問者に、言い争いを続けていたライルとレイディアもハッと我に返った。


「よかった、無事だったんだね!」

「ゼニス、どうしてここに?」

「そんなことは後だ。ライル、すぐにセントアデルを離れろ。エルディアが……ファローがサロの禁書を手に入れた」

「何だって!」

「それ、本当なの!」


 ゼニスはくやしげに唇を噛みしめながら、ゆっくりとうなづいた。


「地下書庫でサロの夢球トラウム救世の鍵アナスタシスが反応し合っただろ? あの瞬間、夢球トラウムの封印が解けると同時に、サロの禁書の封印も解けていたらしいんだ」

「でも、それだけで見つけられるわけが……」


 否定するライルに、ゼニスは懐から取り出したサロの日記を突き付けた。地下書庫で夢球トラウム救世の鍵アナスタシスが反応し合った時と同じように、日記全体が光っていた。


「この日記には、サロの禁書の場所……サロの魔力を特定する術が施されていたみたいなんだ」

「あり得ない! 禁書の場所を示すのは救世の鍵アナスタシスだ」

「日記の夢球トラウムには、その記憶が残っていたのよ」


 これまでの経緯を状況をゼニスに話した。

 夢球トラウムが何を見せ、サロが何を残したのか。状況を把握はあくしたゼニスは、いっそう戸惑っているようだった。


夢球トラウムの記憶から察すると、それを仕掛けたのは当時の皇帝だった可能性もあるけど、それも推測でしかない。サロも、僕達も予測していなかった事態になったみたいだ」

「ここまできて……」

「その話はまた後にしよう。ライル、ここにいたら危ないっ。とにかくここから――」


 ゼニスがそう言いかけた時、鳴り響く鐘の音を吹き飛ばすような爆音がとどろく。

 エルディア軍がついに砲撃を開始したのかと思ったが、どこか様子が違う。青い空が瞬く間に黒く蠢くもので覆われていく。それは数千、数万におよぶ蛾の群れだった。


 息を呑むよりも早く、その群れは町中を飲み込み、レイディアのやしきをも一飲み。次から次へと窓へ貼りつき、その勢いは収まるところをしらず、ガラスは今にも割れそうにミシミシと音を立て始めた。


追尾蛾ついびがか」

「ゼニス、エルディアが攻め込んできたのは、もしかして……」


 レイディアの問いに、ゼニスは申し訳なさそうに視線を外した。


「サロの禁書が見つかった今、残すは救世の鍵アナスタシスだけ。ファローは、ルディがライルと一緒に居ることもかんづいてる。だから……」

「もしかして、私達を焙り出すためなの?」


 ゼニスは躊躇ためらいながら、ゆっくりと頷いた。


「各地でいっせいにこの計画が実行された……。もっと早くに気づいていれば教えてあげられたんだけど、僕はライルの幼馴染だから。情報が漏れることを警戒されて……計画を知らされたのは数時間前だったんだ。ライル、役に立てなくてごめん……」

「ゼニス、謝るのも後でいいわ! ライル、逃げるわよ。グズグズしていたら、あれに窓を破られる。急いで!」

「言われなくてもそのつもりだ」


 ライルはここへ来た時と同じように、逃げ道を繋ぐため鏡へと駆け寄ったのと、ほぼ同時だった。


「うわっ! あんた、何しに来たんだっ!」


 突然、ライルが叫んだ。「どっこいしょ」と掛け声をかけながら、鏡の中から出てきたのはフィーさんだった。


「フィーさん! どうしてここに?」

「よう、ルディちゃん。聞いてくれ! 店で居眠りしておったら、エルディア軍の魔法士達が店にやってきてなぁ。突然、ワシを捕らえるというから慌てて逃げてきたんだよ」

「あ、あなたはっ!」


 信じられないといった様子で、ゼニスが声を上げた。フィーさんの傍に駆け寄ったかと思えば、その姿を右から見たり左から見たりと、妙な行動を取った。


「ご、ご無事だったのですか?」

「無事と言われても……お前さんは?」


 そこまで言いかけたフィーさんは、ゼニスの胸についている白い龍の紋章を見つけた。とたんにムッとし、目をキッと細めて睨みつけた。

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