【18】解かれた封印(2)
「お前さん、エルディアのもんかっ。よくもワシの店を滅茶苦茶にしおって!」
「やめて下さいっ。あれは僕の指示ではなくて、指揮をとっているファローの指示で!」
「止めて下さい! ゼニス、どういうこと? フィーさんと知り合いなの?」
「さっき、日記のことは話しただろ? サロの禁書の波動を追って行ったら、その人の店に辿り着いたんだよ」
その事実に誰もが
「おい、ジジイ! サロの禁書、持ってたのか!」
詰め寄られ、フィーさんは驚いて身を逸らした。吐けだの答えろだのと怒鳴られ、わかったと
「まぁ……持っていたと言えば、持っていたな」
「それじゃ、フィーさんがエルグって人の子孫ってことですよね? どうして出してくれなかったんですか!」
店を訪れたあの時、フィーさんがそのことを一言でも話してくれていれば、今ごろサロの禁書はライルの手中にあった。そう思うと責めずにはいられなかった。
「あ、あれは先祖代々、門外不出の書でな。あれを手にするに相応しい人間かどうか、見極めることができるまでは決して渡すなと、ずっと言われてきたのだから仕方なかろう」
「クソジジイ!」
「そもそも、お前さん達がわしのもとに来たのは、
「っ……」
言ってやりたいことも、責めてやりたいこともあったはず。ライルは自らの怒りを強引におさめて、その感情を振り切るように、フィーさんに背を向けた。
「今はここから出ることが先だ。ジジイを問い詰めるのはその後でいい。あれが流れ込んできたら、俺達の居場所が知られるからな」
「ライルは鏡で退路を繋いで。僕は
「わかった」
ライルは引き続き逃走経路の準備に取り掛かった。
その間にも
囮――その言葉が心に何度も響いた。
今、エルディアが探しているのはライルと私。皇帝にとってどちらの方が最優先で捕えたいのか。言うまでもなく、
ライルが今捕まれば命の保証はない。逃げ伸びれば、いつか必ず皇帝からサロの禁書と
「私が出て行けば……」
追手はライルを引き渡せと言わんばかりに、屋敷を少しずつ押し潰し始める。考えている暇はない。私は気づかれないよう、レイディアのもとへ歩み寄った。
「レイディア、お願いがあるの。聞いてもらえる?」
ライルに聞こえないように声を潜めた。レイディアは声色で勘付いたらしく、
「ライルを連れて逃げて。私はここに残って囮になる」
「何を言ってるの! 残ってどうするつもりなのよっ」
「わからない。今はライルを逃がすことしか思いつかないから……。その後のことは、その時になったら考えるから」
必死になって逃げ場を探し、鏡を覗き込んでいるライルに目をやった。なんだか、このまま会えなくなるような気がして、瞬きをするのも忘れて見つめた。
「エルディアが探しているのはライルと私よ。今捕まれば確実にライルは殺される。けど、私が捕まっても命までは奪わないはずだもの。私には
「でも……」
「心配しないで。私なら大丈夫だから、約束して。必ずライルを逃がすって」
「……わかったわ」
言葉を遮るように、ピシッと音をたてて、窓の一つに大きな亀裂が走る。それとほぼ同時に、鏡が逃げ場となる場所へと繋がった。
「レイディア、繋がった! ルディ、行くぞ!」
グズグズするなと、ライルは駆け寄ってくる。
私との約束を守ろうと、レイディアが間に割って入ろうと踏み出した。なぜか、それよりも先にそこへ飛び込んできたのはフィーさんだった。
「悪く思うなよ」
低く落とすようにそう告げて、ライルの腕を掴んだ。フィーさんがとった行動はたったそれだけ。ライルは急に力を失い、
「おいジジイ、何を……!」
「なぁに、老いぼれジジイのお節介だ。レイちゃん、行け!」
「は、はいっ!」
一人では立つこともままならないライルを抱え、レイディアは鏡の中へと急いだ。
なぜ私が一緒に来ないのか、きっと、それで意図を覚ったはず。
鏡の中へ飛び込む間際、ライルの唇は「ルディ」と、まるで一緒に来いと言っているかのように動いた。でも、それもほんの一瞬。ライルはレイディアと共に鏡の中へと消えていった。
「ライル、ごめんね……」
ライルが私を連れ戻しに引き返せないよう、そして
堪え切れなくなった窓ガラスはいっせいに砕け散り、
不気味な羽音を立てて飛び回る蛾の大群は、室内に残ったライルの力と私の存在を感知したのだろう。その体は瞬く間に赤い光を放った。
「ルディ、どうして逃げなかったんだ?」
「ライルに、生きていて欲しかったから」
「でも、それじゃサロの禁書がっ!」
「ライルを逃がすには囮が必要だったから。大丈夫、機会はあるわ。それより、心配するならフィーさんの方を心配してあげて」
呆れている私など構うことなく、フィーさんは流れ込んだ
「どうして一緒に逃げなかったんですか?」
「足腰が弱ったせいだ。とっさには動けなくてな。逃げ遅れてしまったわい」
歳にはかなわんと、笑い飛ばされてしまった。
それから間もなくして、レイディアの邸はエルディアの
「ルディ・シゼルだな? ライル・ベルハルトはどうした? ここにいただろう?」
魔法士の一人が声を荒げて訊ねてきた。
聞こえなかったふりをして、わざとらしく視線を外す。その態度が気に食わなかったのか、魔法士は私の腕を強引に掴んだ。
「おいっ、聞いてるだろっ。答えろ!」
「どうしたの、ライルは捕らえたの?」
部下達がなかなか邸から出てこないことに痺れを切らしたのか、指揮官らしき魔法士が邸に入ってきた。その姿を目にし、私は息を呑んだ。現れたのは、ダルクの路地で襲ってきたあの女魔法士だった。
他の魔法士達が彼女のことを「シャンクマン総長」と呼んでいる。
“皇帝に仕える最高位の魔法士ファロー・シャンクマン”――以前、ライルが言っていたことを思い出した。この女が、ライルを追う魔法士隊の長。
「あなたが、ファロー……」
「あら、今日は運がいいみたいね。まさか、私が担当した場所であなたが見つかるなんて。ダルクの町で姿を消して以来ね」
彼女は口元に手を当て、クスクスと冷笑した。
「あの路地であなたが姿を消してから、ずっと探していたのに。
「言っておくけど、あなたにライルは渡さない」
牙を向き出しにしても、ファローにとっては足元でじゃれつく子猫程度にしか見ていないのかもしれない。「そういう怖い顔をするのはやめなさい」と、どこか冷めた笑みを浮かべ、床に散らばる鏡の破片を静かに見下ろしていた。
「ゼニス、ライルは?」
「も、申し訳ありません。入れ違いで逃げられたようです」
「……そう。ゼニスはこのままライルを追跡して。私は彼女を陛下の元へ連れて行く」
表向きは城に仕える魔法士として、ライル捜索の任についているゼニス。本意ではないとはいえ、従っているフリをするのも辛いはず。感情を押し殺して深々と頭を下げるゼニスの顔は、どこか苦々しく歪んでいた。
ゼニスは数人の魔法士を引き連れ、追尾蛾を掻き分けて早々に邸を後にする。
その辛そうな後ろ姿を見つめていると、余所見をするなと、ファローは私の腕を掴んで振り向かせた。
「今日は本当についているわ。
「ご心配なく。私は逃げたりしませんから」
「強気なのはいいことだわ」
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