【22】古の想い(2)
「私、ライルの
「ははっ……一生か。それも、厄介だな。どんな呪よりも強そうだ」
少し無理に笑って、再び、ライルは私を抱き寄せる。呪だけは勘弁してくれと耳元で呟いたあと、立ち上がろうとしているのか寄りかかってきた。
「ルディ、手を貸してくれ。あんまり、力が入らないんだ……」
「う、うんっ」
肩を貸し、倒れないよう下から支えながら立ち上がろうとした。
ふと、ライルが何かに気づいてハッと目を見開いた。気を失っていたジーノとファローが、目を覚まし始めた。
「くそっ……小娘め。こんな時になって力を解放するとは。ファロー、何をしている!」
まだ目が覚めたばかりで意識が
「無理をするな。少し休んでおれ」
目の前にスッと立ちはだかったのはフィーさんだった。
立ち上がろうとするファローの肩にそっと触れたとたん、ファローはカッと目を見開いたまま、その場に横たわってしまった。
「ファロー! 何をしている……ファロー、どうした!」
「悪いが、動きを封じさせてもらった。今
曲がった
「やれやれ……やっと厄介な術が解けたか。これで本来の力が戻ったな」
「フィー、どういうことだ……?」
「お主は、サロの禁書には
「封印が解けたのか……?」
「本来なら、サロの禁書と
これで力が手に入ると喜びの声を上げるジーノだったが、それも束の間のこと。その表情から笑みは消え、サロの禁書を持つ手はカタカタと震えた。
「どういうことだ? 何も書かれていないだと……どうして何も記されていないんだ」
「当然だろう。それは偽物だからな」
その一言に、その場に居合わせた誰もが驚倒した。
フィーさんの一族は代々サロの禁書を守ってきたはず。フィーさん自身もそれがサロの禁書だと言っていたし、そもそも存在する意味も、鍵の解き方も知らないと言っていたのに。状況が掴めず、今は必死に2人の会話に耳を
「ならば本物はどこにあるっ!」
「その前に1つ問おう。お前さんの知るサロの禁書とは、どのようなものだ?」
急にそんなことを問われたジーノは、それに何の意味があるのかと
「記述によれば、
「まだあるだろう? サロの禁書は“人間のように意思を持っている”という記述だ。お主はそこに疑問は抱かんのか? 人間とは
「フィー……貴様何を隠している?」
「サロの禁書とは、魔法士サロが魔力を結晶化させ構築した、人ならざる生命体。そこに死者の魂を用いたことにより、結晶化した魔力は自我を持ち、やがて肉体をも得て人と
「……っ! そういうことか」
その言葉に、ジーノは何かに気づいたらしい。
「フィーさん、どういうことですか?」
「おっと、そこも訂正しなければならないな。ワシの本当の名前はフィガルト・ペルシュメーアではないからのう」
と、私の頭をクシャクシャに撫で、皇帝の方へ向き直った。
「ワシの名はエルグナート。かつてサロに“エルグ”と呼ばれておった。そして、ワシこそがサロの生み出した【サロの禁書】そのもの」
私とライルは驚倒し、顔を見合わせた。
サロの
「爺さん、冗談もほどほどに――」
「これなら信じられるか?」
フィーさんはゆっくりと、こちらへ振り返った。
その姿は老人から青年へと変わる。白に近いプラチナブロンドに、黒味がかった
「どうだ? これなら信用できるだろう?」
「それじゃあ、本当にフィーさんは……ううん、エルグさんはサロの禁書なの?」
「いかにも。そしてワシは……ライル、お前のような者を救うために存在しておる」
エルグさんは横目でちらりと皇帝の様子を
「フィー、お前がサロの禁書だというのなら話は早い。その力を私に貸せ。その力を持ってすればクライスドールはおろか、セントアデルさえも手中におさめられる」
「ほぅ、まだそんな力があると信じておるのか。残念だが、ワシにそんな力など有りはしない。ワシの役目は、咎の刻印を消滅させることだからな」
瞳に悲しげな色を
「強大な力は人の心を狂わせる。刻印の存在に疑問を抱いたサロ様は、罪もなく咎を受けた者達を救う対抗手段としてワシを生み出した。やがてサロ様が亡くなり、世へ出たワシはある噂を人々に流した。“どんな願いをも叶えるサロの禁書という書物があるらしい”とな。なぜかわかるか?」
と、エルグさんは私に問いかけた。
「罪もなく咎の刻印を刻まれた者がその噂を聞けば、必ず命が助かる方法として行方を追うからですね……ライルみたいに」
「そうだ。そして、皇帝がもしサロの禁書の存在意味を知ったとしても、書物であるという知識が植えつけられていれば、手当たり次第に書物を探すだろうからな」
それは同時に、刻印を刻まれた者も探すのが困難な結果になってしまったはず。エルグさんは「それも仕方のないことだった。そうしなければこの方法を世に残すことは出来なかった」と、申し訳なさそうに目を伏せた。
「この500年、ワシは密かに願っていた。時が経ち、玉座に座る者が変われば咎の刻印の在り方も変わるのではないか、とな。だが、期待外れだった。結局、どの時代の皇帝も咎の刻印の力に
冷たく捨て吐いたエルグさんの言葉を
「ファロー、いつまでそうしているつもりだ!」
ジーノは声を荒げ、横たわったままのファローに立てと命じた。
エルグさんのかけた術は解けず、声も出せず、体も動かぬまま。どうにか手首だけを動かし、
短刀に施されていた術が床からファローの影へと流れ込み、影は瞬く間に巨大な鎧兵へと姿を変えて、エルグさんに向かって突進してくる。
「なかなか古い術を使うのう。やれるものならやってみるがよい」
鎧兵は腕を振り上げ、狙いを定めてその手を振り下ろした。
エルグさんはその場から一歩たりとも動こうとはせず、突進してくる鎧兵に向けてスッと手を突き出した。
風が渦を巻き、震え、駆け抜ける――
気のせいだろうか。耳の奥で、
「ワシは魔力を結晶化させた人ならざる生命体だ。そのワシに術が通用すると思うな」
術すらあてにならないとジーノは覚ったのか、腰に下げた剣を
「物騒な物を取り出しおって。ワシに剣など通用せんというのに……少し頭を冷やせ」
そう捨て吐き、エルグさんは私とライルの前に立った。
「時告グル、光ト闇ノ間ヨリ、我ラヲ“彼ノ地”へ導カン!」
言葉が空気を震わせ、共鳴し、私とライルは瞬く間に蒼い光に包まれる。ジーノが目前に迫り、今殺さんと剣を振り上げた直後、光と共に一瞬でその場から消え去った。
「エルグっ!」
最後に聞こえたジーノの怒りの声が、耳の奥に焼きついていた。
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