【13】記憶の鼓動(1)
エルディア城へ潜入するため、帝都の東、トリフィル湖の湖畔にある飛翔舟の港【トリフィル港】へとやってきた。
「まさか、こんな形で飛翔舟に乗る日が来るなんて、思わなかったわ」
こんな時に不謹慎だったけれど、私は好奇心からほんの少しだけ舞い上がっていた。
見上げた空には、巨大な大地【
そこは皇帝陛下や家臣、仕える魔法士達や上流階級の貴族。選ばれた者のみが暮らす空の帝都。階級の低い魔法士や庶民は【
唯一の交通手段は、
城に仕えているゼニスは
「ルディは初めてだったね。飛翔舟からの眺めって、なかなか見応えあるんだよ」
「本当? 楽しみだなぁ」
「あんまりはしゃぐと田舎者だとばれるぞ」
ライルが鼻で冷笑しながら言った。
こちらを見てニヤリとしているのは、赤毛の短髪に、胸元の大きく開いた黒のドレスを
「ライルこそ、その変身がばれて捕まらなきゃいいけど?」
「そんなヘマしねぇよ。ルディこそ、しっかりスカーフかぶって眼鏡してろ。城の連中に顔が知られてる可能性だってあるんだからな」
「わ、わかってますっ」
外していた眼鏡をかけた矢先、ライルはスカーフの端を掴んで思いっきり下に引っ張った。強引な態度に文句を言おうと身を乗り出したとたん、ゼニスが間に割って入った。
「2人とも、
そう言って差し出したのは、手の平におさまるほどの紙。真っ白な紙に【トリフィル港→
本来なら申請して許可が下りるまで早くて数日。遅いときは数週間かかる。それを即日発行させたのもゼニスのおかげだった。その理由が 「反逆者ライル・ベルハルトの行方を知る重要人物で、陛下のもとへ連行しなければならない」と、いけしゃあしゃあと嘘をついて発行させたみたい。
「間もなく出港致します。ご乗船の方はお急ぎください」
出港の時刻になり、係りの魔法士が声をあげた。他の客達に混じって列に並び、私達は許可証を提示して乗船した。
席は全部で40席。中央の通路を挟んで、左に20席、右に20席。それが2列に分かれている。
私とライルは最後尾の席に並んで座り、ゼニスは私達を隠すように、1つ前の席についた。間もなく、
上空から町を見下ろすことはないと思っていた。状況が状況だけにはしゃげないのが、少しだけ残念。
「綺麗だろ?」
窓から地上を見下ろす私に、ゼニスがそっと声をかけた。
「
「そうだね。でも、綺麗なのは飛翔舟から見える景色だけ。僕はあの場所にいても、景色なんて綺麗に見えたことはないよ」
どこか嫌悪の混じる口調で、上空に浮かぶ
「あそこから地上を見下ろして喜んでいるのは、馬鹿な貴族連中と皇帝だけだ」
と、ライルが付け加えた。
私にも、なんとなくわかる気がした。天と地に分けられた2つの町。同じ人間なのに、身分の違いから分けられて天と地に生きる。それが許せないのだと思う。
それから数分ほどで、
そこは、まるで別世界――青と白を基調として作られた町並みは、空と雲、或いは透き通った水を連想させた。けれど、綺麗なのは町並みだけ。そこを行き交う貴族達は、外見から庶民だとわかる私やライルをどこか蔑むように、物珍しそうに見ていた。
そんな視線を横目に、町を一望できる暁の丘に聳え建つ古城エルディアへ――向かい合う双頭の白龍像に守られた城門にやってくると、警備担当の魔法士が私とゼニス、美女に姿を変えたライルの3人を出迎えた。
「今戻った」
「ご苦労様です。シャンクマン総長から伝言です。アルラシアの件でしばらく城を開ける。戻るまで総長代理として、ライル・ベルハルト捜索の指揮を取るようにとのことです」
「わかった。とりあえず、部屋に戻らせてくれ。隊の魔法士たちには、それから指示を出す」
「了解です。ところで……そちらの2人は?」
背後に立つ私とライルが気になったらしく、魔法士の青年は警戒した様子でこちらに目をやった。素性を探るように、頭からつま先へと視線が上下に往復する。
「行きつけの菓子店の店主と、その姪御さんだよ。以前から美味しい紅茶の
紹介されたライルはニコッと微笑みかける。妖艶な美女の微笑みに照れくさそうな素振りを見せたものの、それでも
「民間人を城内に入れるのですか?」
「そのつもりだけど、何か問題でもあるのかい?」
「いくらゼニスさんの知り合いとは言っても、民間人を中に入れるのは……」
「まさか、彼女達が陛下暗殺を企てるとか思ってる? こんなに美しいのに?」
美しいということと、陛下暗殺を企てることとは何ら繋がりも関係もないのだけれど、ゼニスは「こんな美女が危険なことをするわけがないだろ?」と、青年に熱弁する。それでも青年は折れず、ゼニスは困ったように溜息をもらした。
「仕方ないな。もし何か問題が起こっても、全て僕の責任だから。君は何も知らないと白を切っていい」
「いや、そう言われましてもっ」
「まぁ、そういうことだから。2人とも、どうぞ」
このままでは埒が明かないと思ったゼニスは、彼らの反対を押し切って強引に城内へと案内した。
ゼニスは問題ないと言い切っていたけれど、城門を守る魔法士の青年達は気が気ではなかったみたい。振り返って見れば、奥へと進む私達を
「ゼニス、少し強引だったんじゃない?」
「仕方ないよ。あのままじゃ、日が暮れそうだからね。とりあえず中には入れたけど、地下書庫へ着くまでは気を抜かないように。ライルも、その姿を維持しておけよ」
「わかってる」
そう答えたライルの声が
「……どうした?」
ライルは正面を向いたまま、静かに
「辛そうだから。少しくらい痛みが和らげばいいなって、思って」
「それで痛みが引くと思ってるのか?」
気休め程度でもいい。手を握れば、もしかしたら痛みの半分くらいは吸い取れるかもしれない。その想いが通じたのか、ライルは私の手をしっかりと握り返した。
「こっちに集中していれば、少しは気が紛れる」
包み込むその手を、私は必死に握り返した。
お願い、少しでも痛みが和らぎますように――心の中で祈りながら、入口から延びる長い回廊を進む。案内されたのは城内にある中庭だった。
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