【7】4年前の真実(2)
「4年前も、今みたいな雨が降っていたね」
ゼニスがポツリと呟いた。
降り出した雨を見て、4年前のあの日を思い出していた私と同様に、ゼニスもあの時のことを思い出していたらしい。
「本当は優しいヤツなのにね。周りに迷惑かけたくないからって、いつも独りで抱え込むんだよ。まぁ、結局のところ、それで周りも巻き込んじゃってるんだけどね」
「本当、悪い癖よ」
「素直に話してくれれば、僕の苦労も少しは報われるのに」
と、ゼニスは嫌味っぽく言った。どうしたものかと文句を言っていたけれど、何かを思いついたのか、ニコッと子供みたいに無邪気な笑みを浮かべた。
「どうしたらライルの悪い癖が治るのか、ずっと方法を探していたんだ。それ、今わかった気がするよ」
「そんなものがあるなら、もっと前に聞いておきたかったわ。どんな方法なの?」
「ライルが素直に話さないなら、僕が話せるきっかけを作ればいい。話さざるを得ない状況を作ってしまえば、嫌でも話すようになるだろうからさ」
ゼニスは両腕を組むようにしてテーブルに寄りかかり、私の方へ身を乗り出した。つい、私もつられて、身を乗り出していた。
「指名手配書に書かれていた通り、ライルは皇帝の命令に逆らったから咎の刻印を刻まれた。それは事実だよ。でも、これから話すことは僕しか知らないこと。表には決して出ることのない、真実だ」
「その理由を、ずっと知りたかったの。最後に会った時も、俺のことを信じろって言うだけだったから」
信じる――こうして口にしてみて思い出した。4年前、私はゼニスにも疑念を抱いていた。今に至るまで、ずっと。
「どうかした?」
じっと見つめていたせいか、不思議に思ったらしい。ゼニスはきょとんとして、首を
「私ね、ゼニスにもずっと聞きたかったことがあるの」
「僕に?」
「ゼニスは今でも、魔法士として城に
いくら幼馴染とはいえ、仕事に私情など挟めない。上官の命令とあれば、嫌でも幼馴染を突き出さなければならいはず。あまり疑いたくはないけれど、ライルに協力すると見せかけて、情報を流しているのではないか。
疑いの眼差しを向けられていることに気づいたゼニスは、おかしそうに吹き出した。
「ルディ、僕を何だと思ってるの? 幼馴染以上に、家族同然で育ってきた仲だよ。確かに僕はライルを捜索するよう命じられているけど、幼馴染を売ったりはしないよ」
「本当に?」
「僕はライルの味方だからね。皇帝の命令に従って、捜しているフリをしてるんだよ」
直感としか言いようがないけれど、ゼニスが嘘を言っているようには思えない。信じてもいい、そう思えた瞬間、
「ちゃんと、ゼニスの口から聞けてよかったわ」
「
「少しね。ゼニスは気づいてないかも知れないけど、ライルに負けないくらい肝心なことを話さない時があるんだからね」
そんな答えが返ってくるとは思っていなかったらしく、ゼニスは驚いていた。まさかって顔をしていた。
「そっか、僕もルディとシスターを心配させていたんだね」
「孤児院を出て、城に仕えるようになってからは殆ど連絡もないし。ライルが何をして指名手配されることになったのか、シスターが聞いても教えてくれなかったもの」
「あの時は仕方なかったんだよ」
ゼニスは気まずそうに髪を
「事が起きて間もなかったし。下手に動けば、上官や他の魔法士達に勘づかれる。本当は一番に教えたかったけど、その時期が来るまでは黙っておこうって思ってね」
それがゼニスなりの優しさや配慮だったのはわかる。ゼニスはライル以上に頭が切れるし、何事も慎重に動く。待っている側の私からすれば、その優しさや配慮も時として酷だったりする。
「……ゼニスはどうして、ライルの味方でい続けるの? 世間的に、ライルは犯罪者なわけだし。やっぱり、幼馴染だから?」
「それも理由の1つではあるけど、僕自身の考えとして、ライルに刻印を刻む理由について納得がいかなかったから。本当はね、僕もライルと同じように刻印を刻まれていたかもしれないんだよ」
「ゼニスも?」
「でも、ライルに助けられたんだ。僕が罪を背負うことになると覚ったライルは“刻印を受けるのは俺だけで十分だ”って。僕が味方することを拒んだんだ」
「ゼニスを
「そう。本当なら、僕も同じ罪を背負うはずだった。いや……その覚悟は十分にできていたんだけど、ライルはそれを許してはくれなかった」
そう言って、ゼニスは首の後ろへ両手を回し、身につけていたペンダントを外した。
正八面体に加工された石英が、銀色の
グラスの縁をココンッと、指先で叩く。すると、それに応えるように石英はぼんやりと光を放ち、注がれた湯の中に人の姿を映し始めた。
「これって、もしかして写真?」
「そう。魔法士隊に入隊したばかりの頃だから、12の時かな」
「ライルもゼニスも、まだ子供って感じで可愛い。ねぇ、この2人は?」
私はグラス越しに指さした。
映し出された写真には、ライルとゼニスの他に2人の少年が映っている。1人は腰まである長い赤毛を1本の三つ編みに結った少年。もう1人は淡い褐色の肌に珍しい白銀色の短髪の少年。
「2人とも同期入隊の魔法士だよ。僕の隣いる赤毛の子がルード。ライルの隣にいる褐色の肌の子がウル。不思議なくらい気が合ってね。いつも一緒に行動していたよ」
グラスに触れるゼニスの顔は、言葉を失うほど悲しみに満ちていた。そんなゼニスを見たのは初めてだった。
「4年前。エルディア帝国と敵対関係にあるクライスドール皇国で、サロの禁書に関する日記が発見された」
「もしかして、ライルが追われるきっかけになったのは、そのことなの?」
ゼニスは小さく、こくりと頷いた。
「もともと、サロの禁書はエルディアで生み出されたという説があってね。それに関する資料が数多く残されていたんだけど、存在したかどうか、確固たる証拠はなかったんだ。だから、この日記の出現に皇帝は食いついた」
ゼニスはペンダントをグラスから取り出し、再びそれを首に下げる。襟元で揺れる石英を握り締める手に、ギュッと力が込められた。
「“クライスドールに潜入し、日記を入手せよ”――4年前、僕たちにその命令が下った」
「本当に存在するのかも定かじゃないのに、敵国に潜入だなんて……」
「戦争の影響で、エレミアナイトも底をつき始めていたからね。少しでも、力になり得るものは手にしておきたかったんだと思う」
「それが、おとぎ話の中の書物でも?」
「皇帝に仕えている以上、下された命令は絶対だからね」
仕方がない。諦めたような、受け入れた口調ではあっても、見せている表情は正反対。納得なんてしていない、そうはっきりと言っている。
「逆らえるはずもない。頭では理解していたんだけど……あの時の僕たちには、簡単に受け入れられない事情があってね」
「事情?」
「命令が下される数ヶ月前、日記の存在を確認するために、ウルがクライスドールに密偵として潜り込んでいたんだ。もちろん、存在は確認できたよ。でも、その連絡があった数日後、ウル本人の不注意で素性が知られて、捕えられてしまってね」
「そんな……助けに行けなかったの?」
「すぐにでも行きたかったよ。でも、その状況で乗り込めばウルの命が危ない。その上、皇帝は日記を手に入れるのを最優先で、潜入しろと命じてくる。僕とライルは感情を押し殺して命令に従おうとした。でも、ルードは違ったんだ」
俯いていた顔をスッと上げ、ゼニスは私を真っ直ぐに見つめた。悲しさと強さが入り混じる眼差しに、思わず息を呑んだ。
「“その命令には従えません。大切な仲間を見捨てることは、僕にはできません”ってね。皇帝の目の前で、はっきりと拒んだんだ」
「そんなことしたら……」
「その発言は皇帝の怒りに触れた。ルードは反逆者として咎の刻印を刻まれてしまったんだ」
「……2人はどうなったの?」
「ウルは、僕達がクライスドールに乗り込んだ際、逃げる途中で命を落とした。ルードは反逆罪で咎の刻印を刻まれて、数ヶ月後に亡くなったよ。ルードの言ったことは決して間違ってはいなかったんだ。でも、僕達にとって皇帝に逆らうこと自体が罪だからね」
ゼニスは少し語気を強めて言った。
皇帝に逆らうことのできない自身の立場を疎ましく思い、何が正しくて何が正しくないのかわかっていながら、その言葉を口にできないことにもどかしさを抱いているような、そんな顔をしていた。
「ルードが亡くなる少し前かな。僕はライルに内緒で、地下牢に囚われていたルードを助けに行ったんだ」
「たった1人で?」
「どうしてもルードを助けたかった。黙って死を迎えるのを見守るなんて、僕にはできなかったからね」
「そんなことしたら、ゼニスまで捕えられちゃうでしょ?」
「もちろん、捕まる気はなかったよ。でも、途中で他の魔法士達に気づかれてね。僕は魔法士でも治癒が専門だから、戦闘に適した術は使えないし。ルードを連れて必死に逃げたよ。そんな最中、目の前にライルが現れてね」
その時の光景を思い出すように、ゼニスは目を伏せる。それからしばらく黙っていたけれど、小さく息を吐いて自嘲気味に笑った。
「最初は僕がルードを連れ出したのにね。まるでライルがルードの脱走を手伝って、気がついたら僕がそれを追っているような状況に変わってた」
「きっと、ライルはそれが目的でゼニスの前に現れたのね」
「そう。“ここからは俺が引き受ける。刻印を刻まれるのは俺だけで十分だ”ってね。ライルは僕に攻撃を仕掛けながら、ルードを連れて城を飛び出したんだけど……捕まって、咎の刻印を刻まれてしまった」
「そんな……ただ友達を助けただけなのに」
それが4年前の真実。話を聞く限り、命を奪うような罪を犯したとは到底思えない。
この世界の、この国の皇帝のやり方だ――と、ゼニスは静かに答えた。
「さすがに今度ばかりは、皇帝のやり方には賛成できなくてね。だからこっそりライルを逃がして、探しているフリを続けながらライルに情報を流しているんだ。僕って悪い奴でしょ?」
「そうね、とても悪いわ。でも、とても素敵だと思う」
ゼニスは照れくさそうに「ありがとう」と返した。悲しさと寂しさに満ちていた表情が、フッと和らいで、ようやくいつもの優しい笑顔に戻った。
「ゼニス、教えてくれてありがとう」
「どういたしまして」
「なにが“どういたしまして”だ。ゼニス、余計なこと話すな」
突然割り込んだ声に驚き、反射的に体がびくりと跳ね上がった。
いつからそこにいたのか。部屋で眠っていたはずのライルが、階段の半ば辺りで私とゼニスを見下ろしていた。
「立ち聞きなんて趣味悪いね。眠ってなくていいの?」
ゼニスは椅子の背もたれに肘を軽くかけ、半身だけ振り返ってライルを見上げた。
悪びれる様子もなく飄々としているゼニスに、ライルは呆れ顔。一段ずつ踏みしめるように下りてくると、ゼニスの隣の席にドカッと座った。
「ゼニスのおかげで楽になった。それより、余計なことは話さないでくれ」
「別にいいじゃないか。ルディが知りたいって言うから話しただけだよ。それとも、ルディに心配されるのは嫌なの?」
からかうゼニスに、ライルはあからさまにムッとしていた。
聞いたのはまずかったのだろうか。
気まずい空気を察したのか、ゼニスは「あっ、そうだ」と、わざとらしく声を上げて、沈黙が漂う私とライルの間に割って入った。
「それにしても、驚いたよ。城から持ち出した
「お前のことは信用してる。だが城に居る以上、何がきっかけで情報を掴まれるかわからない。万が一のことも考えて黙っていたんだよ」
ライルはまだ痛みの残る刻印を軽く指先で抑えながら、ティーカップに自ら紅茶を注いで飲み始めた。
「実際、ファローはルディに預けたことを突き止めやがったからな」
「そっか……ファローが言っていたのは、ルディのことだったんだね」
「何か言っていたのか?」
含みのある言葉に、ライルの声に緊張が混じった。
「
「そうか」
ライルは興味がなさそうに、素気なく返した。そんな態度が気に食わなかったのか、ゼニスは心配そうに溜息をもらした。
「もうちょっと心配してる素振りでも見せたらどう? これは僕の推測だけど、それだけ顔がいいのに女の子にモテない理由は、口の悪さと素直じゃないのが原因だね」
ゼニスはしれっとした態度で紅茶を飲みながら言い放った。
モテないことに関してはライルも自覚している部分が多少はあるらしく、反論できなくなって頭を掻いていた。それを横目で見ながらゼニスは吹き出した。
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