保険金詐欺解決編②

 ん?


 視界の先に調査対象の商隊を捉えたが……進路がおかしい。


 街道を外れて、森の中へと進んでいく。商隊の進路の先である森の中は、ここからでは見通しが悪く確認が出来ない。


 今は丁度お昼時だ。俺達と同じく昼食の為の休息という可能性もあるが……。


「ルナ! シャーロット! 対象に動きあり! 行くぞ!」


「……ゴクリ。畏まりましたわ」


「あわわわっ……ま、まだごひゃんが……ゲホゲホ……お口のなきゃにあるのれす」


 俺は木から飛び降りると、お茶を一気に飲んで落ち着くシャーロットと、咽せるルナに【アースブレス】を唱えて、森の中を疾走した。


 そろそろ、対象と接触する距離。俺は後を追うシャーロットとルナに手で合図を送り、木の裏へと潜む。


 程なくして、街道の方角から姿を現す商隊。商隊は、四人の冒険者に護衛されながら森の奥へと進んでいく。


「こんな森の奥でピクニックで――」


 俺は暢気に声を発するルナの口を手で塞ぐ。


 ――!?


 な!? し、信じられん。このアホエルフ、口を塞いでいた俺の手を舐めやがった。


「ば、馬鹿野郎。何をする」


「だ、だって……ご主人様がいきなり口を塞ぐので――」


「シッ! リク様、先輩、お静かに」


 慌てる俺と釈明するルナを、シャーロットが口に指を立て、注意する。


「ん? おい、何か声が聞こえなかった?」


「あん? 気のせいだろ?」


 護衛をしていた冒険者の一人が周囲を見渡し警戒し、別の冒険者に話しかけるが、軽く片手を振られてあしらわれた。


 俺達は息を殺して、木の裏に身を潜める。


 来るな……来るなよ。


「おい! てめえら! 何してんだ! そろそろ依頼主が来るぞ! 遊んでんじゃねーよ」


 顔に傷の入った、大剣を担いだ冒険者が、叱咤を飛ばす。


 依頼主? 依頼主は、そこにいる小男の商人だろ?


 俺は、護衛の後ろを付いてくる、おどおどとした商人に目を向ける。


「あの……本当に、大丈夫なんでしょうか?」


 商人はおどおどしながら、大剣を担いだ冒険者に声を掛ける。


「心配いらねーよ! あんたは自分の借金のことだけ、心配してればいいんだよ!」


 大剣を担いだ冒険者は、恫喝するように商人へ吠える。


 正式なルートから外れて、人目の付かない森の奥へ移動する商隊。おどおどした借金を抱えた商人。そして、依頼主。


 ここまで来れば、真実は明らかだ。恐らく、隣にいるアホエルフでも、真実に気付いただろう。


 暫くすると、森の奥から体躯に恵まれた斧を担いだ悪人面の男を先頭に、粗暴な成りの男達が姿を現す。

「ヘッヘッヘ! 俺達は泣く子も黙る盗賊団――『餓狼団』だ!」


 悪人面の男が下卑た笑い声を上げる。


「ひ、ひぃ……」


 商人は震えながら、後退りするが……護衛の冒険者達はニヤニヤと下品な笑みを浮かべている。


「命が惜しければ、その積荷を全部置いていくんだな」


 悪人面の男は斧を肩で担ぎ、恫喝する。


「ご主人様! 盗賊です! 相手は六人ですが……護衛の冒険者と協力すれば!」


「ッ!? ちょ、待て!」


 慌てて飛び出そうとするルナの手を掴み、制止する。


「で、でも……」


「いいから、もう少し見てろ」


 不安な表情を浮かべるルナを手で制する。


 このアホエルフ……まさか、気付いていないのか? もう少し見ようぜ……この茶番を。「ひ、ひぃ……。い、命だけはお助けを……ってか、ほらよ!」


 大剣を担いだ冒険者は、おどけるように怯え、最後は笑みを浮かべて積荷を差し出す。


「ヘッヘッヘ! 毎度! ほらよ、今回の報酬だ」


 悪人面の男は下卑た笑みを浮かべ、金の入った布袋を冒険者へ投げる。


「あ、あの……これで私の借金は……」


「馬鹿野郎! てめえの借金をチャラにしたいなら、同じ量の積荷を三回渡しやがれ!」


「ひ、ひぃ……」


 縋り付いてくる商人を悪人面の男が一喝する。


「ハッハッハ。あんまりいじめてくれるな。こいつとは、今後の付き合いもあるからな」


 大剣を担いだ冒険者が商人を庇うように前に出る。


「だな。少なくとも、後三回は護衛を務めなくちゃいけねーな」


 先程片手であしらった冒険者も下卑た笑みを浮かべる。


「ハッ。しかし、ぼろい商売だな。こんな簡単な仕事で十万Gかよ」


 先程周囲を警戒していた冒険者が、楽しそうに笑い声を上げる。


「そうだな。まさしく、保険様々だな!」


「全くだな。一時は盗賊稼業も廃業かと思ったが……ライバルも減ってボロ儲けだぜ」


「「「ガッハッハッハッハッハ!」」」


 大剣を担いだ冒険者が下品な笑みを浮かべると、悪人面の男がそれに続き、最後は全員で不快な笑い声をあげる。


「リク様……どうするのですか?」


「ご主人様……」


 シャーロットは盾を強く握り、ルナは剣を握って俺の目を見る。


 敵の数は十一人。冒険者四人に、盗賊六人に、商人一人だ。


 【神の瞳】で見る限り、大剣を担いだ冒険者と、悪人面の男が多少強いが……奇襲を仕掛ければ勝算は十分にある。


 とは言え――。


「今回の目的は調査だ。ここで奴らを倒しても、一時の解決にしかならない」


 俺は下唇を噛んで、答える。


 今、この場でこいつら倒しても、俺が得られるものは、こいつらに支払わなければならない保険金だけだ。それでは、足りない。挙げ句に、こちらが保険金詐欺に気付いていると知られれば、雲隠れされてしまう可能性まである。


 この世界の司法制度は保険に適応していない。現状、保険はあくまで俺の個人事業だ。国も盗賊退治をして治安の維持には務めるが、個人には対応してくれない。国から見れば、俺の一個人の被害。動いてくれるわけはないし、今までだまし取られた保険金を取り返してもくれないだろう。


 この世界で保険業を成功させるためには、抜本的な解決策が必要なのだ。


 調査は完了した。予想していたとは言え、目の前に真実を突きつけられると、なかなか堪えるものがある。


 俺達はこの問題を解決すべく、静かにこの場から立ち去るのであった。

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