盗難保険①

シャーロットを購入してから五日目。


 シャーロットの書類精査・分析能力は想定以上に優秀で、盗難保険も順調に形になりつつあった。


「リク様。盗難保険の引き受け限度額は百万Gが限界と思いますわ」

「百万Gか……。いい線だな」

 俺はシャーロットの整理してくれた書類に目を通し、答える。引受け限度額とは、運搬中の馬車が盗賊に襲われたときに、支払う補償金――保険金の上限の額である。


「ありがとうございます」

「とは言え、この町の商会が運送する商品の平均額は――」

「四三万七千六百三十二Gですわ」

 シャーロットが即座に俺の言葉に続いて、細かい数値を答える。


「最高額は――」

「過去五年の参照となりますが、二千万Gですわ。とは言え、これはレアケースなので、三百万Gと考えていいと思いますわ」

「ふむ。なるほどな」

 シャーロットは本当に優秀だ。俺の求める答えを、即座に教えてくれる。

「うぅ……。チンプンカンプンなのですよ。ご主人様とシャーロットが、ルナの知らない言語で会話してるのですよ……」

 一人会話に参加出来ない脳筋エルフが、部屋の片隅で何か呟いている。この様子はここ三日で慣れていたので、俺とシャーロットは完全なスルーを決め込み、盗難保険の話を続ける。


「類別にはどうなってる?」

「類別ですと、食料関連の被害が多いですわ。食料関係の運搬が被害に遭う確率は二八%ですわ。逆に武器関連は被害が一番少なく、被害に遭う確率は二%未満ですわ」

「食料関連が多くて、武器関連が少ない? 盗賊は飢饉に苦しんでいるのか?」

 俺は餓えに苦しんで盗賊に身を落とすという、ありそうなパターンの想像をする。


「違うと思いますわ」

「違う? 根拠はあるのか?」

「はい。まずは、こちらの書類をご覧願いますわ」

 シャーロットはそう言って数値がビッチリ書き込まれた書類を俺に手渡す。


「ルナの分は無いのです? 先輩ですよ? ルナはシャーロットの先輩なのですよ?」

 なぜか俺と一緒にシャーロットに手を差し出したルナが、手をブンブンを振り回して怒っている。


「ルナ先輩には……少し難しい資料ですわ」

「ルナ。ハウス!」

「ワンッ! って、もうルナは家にいるのです! じゃなくて! ルナは犬じゃないのです!」

 激昂するルナーを華麗にスルーして、シャーロットとの話を再開するべく、渡された書類に目を落とす。


「この数値は――」

 手渡された書類には、類別での被害に遭う確率の他に、被害金額の平均値。被害に遭いやすい金額のボリュームゾーン等が事細かく記載されていた。


「ご覧の通り被害に遭いやすい商隊の特徴の一つに、運搬している商品の金額がありますわ」

「つまりは、食品関連の商品を運搬する商隊が狙われやすいのではなく、運搬している商品の金額が少ない商隊が狙われやすい、と言うことか?」

 書類に記載された数値が示す意味を口にしながら、頭の中で疑問が過ぎる。


 金額が安い商品の方が襲われやすい? 何でだ? 普通は逆じゃないのか?


「リク様。私の予想ですが……」

「はいはーい! ルナも予想を言いたいのですよ!」

 対抗意識を剥き出しに、激しく挙手をするルナ。


「シャーロット。聞かせてくれ」

「はい。畏まりましたわ。私の予想では――」

「ルナの予想だと、盗賊もお腹が空くのですよ。それが食料が狙われる理由なのです。安い商品を狙う理由は、高い商品だと警備も厳重で危ないなぁと――」

「ルナ先輩……。正解ですわ。私の予想もルナ先輩と同じですわ」

「へ?」

 そろそろルナを本気で叱ろうかと思った時、シャーロットがルナに同意を示す。


「警備が厳重――つまりは、高額な商品は冒険者が護衛に付いているので狙われにくいのですわ。また、商品が高額になればなるほど、護衛に付く冒険者の数も質も増えますわ。そうなれば、盗賊に襲われても撃退に成功して被害額は〇! この書類の被害報告には記載されないのですわ」

「なるほどな。理にかなった予想だ」

 話を聞けば、少額の商品を運搬する商隊は、商隊というのも烏滸がましい、個人でのお使いレベルのケースも含まれているらしい。


「ちなみに商隊の護衛をするのは冒険者だけか?」

「いえ、大きな商会は自前の私兵を雇っておりますわ」

「大きな商会は……か。なるほどな」

 盗難保険を望む客層――商会は、どういう商会だ? 恐らく、盗賊の被害に遭えば、その後の経営・生計が苦しくなる中小規模の商会だろう。しかし、中小規模の商会は自前の私兵を雇うことは出来ず、ひょっとしたら冒険者を雇う経費すら、削減しているかも知れない。しかし、護衛を付けない商隊は盗賊の被害に遭いやすく、そこから保険料を算出をすれば、かなりの高額になるだろう。そうなると、保険に入ることも叶わず……。


 難しいな。世の中、中々上手くはいかないものだ。


 俺は目の前の白紙に、シミュレートした数値を記入しては、二重線を引いて、考えを改める作業を繰り返す。


 俺を含めて、全員がハッピーになるにはどうすればいい?


 頭の中に、数値が、シャーロットとの会話で出て来たキーワードが、グルグルと回り出す。


 ――!?


 俺は解決する策を思いついたのであった。

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