護衛クエスト②
「本日の護衛宜しくお願いします」
待ち合わせ場所で待っていた商人がアルトへと頭を下げる。
「こちらこそ、よろしく頼む」
アルトは商人と握手を交わし、挨拶する。
「失礼とは思いますが……」
商人はアルトの後ろに控える、俺、ルナ、シャーロットにチラチラと視線を送る。
「何だ? 言いたいことがあるのなら、遠慮せずに言ってくれ」
「はい……あの、えっと、何と言うかですね……アルトさんは、Bランクの冒険者なので、信頼しています。しかし、後ろの方々は……」
冒険者ギルドは護衛を依頼した商人に、護衛する冒険者の素性を明らかにする義務がある。そして、俺の素性――冒険者ランクはDランクだ。Dランクと言えば、駆け出しに毛が生えた程度のランクだ。ちなみに、今知ったのだが、ルナは俺よりも上のCランク。中堅と呼ばれるランクだ。そして、シャーロットに至っては先程登録したばかりなのでFランクだった。本来であれば、護衛クエストを引き受けるのはCランク以上の冒険者。Fランクのシャーロットは当然として、Dランクの俺も護衛クエストを引き受けるランクに至っていない。
「心配するな。この三名はギルド長であるアドランの推薦者だ」
「それは、存じておりますが……」
アルトが自信に満ち溢れた態度で告げるが、商人の不安は払拭されない。
「しかも、彼の者は『カルテット』。Aランクであってもおかしくない実力を有しているし、彼女は『剣姫』と呼ばれる、話題の冒険者だ。実力的には俺と変わらん。もう一人の彼女は……その、なんだ、そんな二人の仲間だから問題ない!」
アルトは、俺を指差し自信満々に告げ、次いでルナの実力も保障する。そして、シャーロットの説明は力業で押し込んだ。
「そ、そこまで言うのであれば……し、しかし、こちらも安くは無い護衛料を……」
まだ納得していない様子の商人に、俺が提案をする。
「一つ提案だ。今回の護衛が万が一でも失敗すれば、奪われた商品を俺が補償する。それなら、どうだ?」
俺の提案を聞いて、商人の目付きが変わる。
「補償と言いますと?」
「確か、今回運搬する商品の価値は二十万Gだったな。失敗したら、二十万Gを支払う」 ちなみに、商品価値とは、この商品の買い付け価格だ。流石に、運搬後に販売する、販売金額では補償はしない。
「本当によろしいのですか?」
「リク! 二十万だぞ? 本当にいいのか?」
商人はほくそ笑み、アルトは狼狽しながら、俺に確認をする。
「構わない。証文でも用意したいが、用意はしていない。口約束のみでもいいか?」
「構いません。今回は冒険者ギルドの長が推薦した冒険者による護衛。約束を違えれば、冒険者ギルドの長が顔を潰すことになります。……ここまで理解してますよね?」
「そうだな。問題は無い」
俺は決して狼狽えることなく、頷く。護衛に失敗、つまりは商人を盗賊に奪われたら、商品の価値と等しい金額――つまり、保険金を支払う。今回は保険料を貰ってはいないが、実験的に盗難保険を形にしたのであった。
◆
王都を出発して、護衛クエストが開始された。道中は、武装している冒険者が、先導する馬に乗るのが、決まりらしい。
「何で、そんな決まりがあるんだ?」
俺は従者のように、アルトの乗る場所を引きながら質問する。ちなみに、牽引する馬は二頭いて、もう一頭の馬にはルナが乗馬しており、シャーロットが馬を引いている。ちなみに、この配置はアルトが決めた。
「威嚇さ」
「威嚇?」
「要は、この商隊は俺達冒険者が護衛してるって言うのを周囲に知らせているのさ」
「ほぉ」
「盗賊もバカじゃない。冒険者が護衛する商隊を好き好んで襲撃する盗賊はいない」
「って事は、アルトとルナが馬に乗っているのは……」
「見栄えが一番いいからだな」
ここでいう見栄えとは、容姿の事では無く、佇まいや装備と言った、見た目の強さを指していた。シャーロットは戦闘経験の少なさから、佇まいが不足しており、魔法主体の俺は装備の見た目が不足しているとのことだ。ちなみに、商人は荷馬車の中で寛いでいる。
「護衛クエストって奥が深いな」
「まぁな。実際に、護衛が付いてるのか、付いていないのかの差だけでも、盗賊に襲われる確率はかなり変わるぞ」
「かなりってどのくらいよ?」
「はっ。んなこと、俺が知るかよ。知りたきゃ、自分で調べるんだな」
一応、後で調べるか。と頭の中に書き留め、護衛を続けるのであった。
その後、一時間ほどの時間で魔物からの襲撃は四回あったが、苦戦すること無く撃退に成功した。
移動距離も中間地点という辺りで、俺はアルトから許可を貰い、荷馬車の中で休憩を取ることにした。
「いやはや、リクさんはお強いですね」
最初の態度はどこへやら、商人が俺を賛辞する。
「そうでもないさ。それより、不躾な事を聞いてもいいか?」
「何でしょうか?」
「二十万Gの商品を運搬して、利益はどれくらい出るんだ?」
「そうですね。諸雑費を差し引いて、大体六万Gくらいでしょうか?」
――!?
運搬するだけで、利益率が三十%だと。しかも、移動距離が一日未満で……。
「そんなに利益が出るのか……」
「はっはっは。とは言え、護衛を付けると、そこから二万引かれますがね」
陽気に笑う商人。二万引かれても、利益率は二十%だ。俺は、真剣に運搬業でも始めるか? と悩んでいると。
「とは言え、四、五回に一回は盗賊に襲われて、パーですよ」
商人は俺の考えを読んだのか、肩を竦める。つまり――今回のケースだと、四回に一回襲われるとしたら、三回の成功で一八万Gの儲け。しかし、一回襲われたらマイナス二十万G。収支はマイナス二万G。五回に一回襲われるとしたら、プラス四万Gとなる。
そう考えると、美味しい商売とは思えなくなる。
待てよ? さっきのアルトの話だと、護衛を付けていたら襲われにくいんだよな?
「護衛を付けていても、そのくらいの被害はあるのか?」
「いえいえ、護衛を付けていれば、襲われるのは十回に一回程でしょうかね? しかも、襲われても、撃退する場合もありますし」
俺は頭の中で計算をする。仮に十回に一回失敗でも、護衛費を差し引いても十六万の黒字になる。
「なら、護衛を付けた方が絶対に得だな」
「リクさんは、冒険者なのに頭の回転がお早いですね。おっしゃる通りですが、護衛代もバカになりません。しかも、今回の様に失敗したら全部弁償してくれるなら、まだしも、そうではありませんからね。運が悪いと、あっさりと奴隷落ちですよ」
乾いた笑いを漏らす商人の言葉を聞いて、俺は盗難保険の形が少し見えた気がした。
俺は商人に礼を告げ、ルナと休憩を交代するのであった。
◆
護衛クエスト開始から六時間。俺達は予定通りの時間で、護衛クエストを無事に終えることが出来た。
「今回は助かりました」
「次回もあれば指名を頼む」
商人はアルトと握手を交わし、町の喧噪へと消えていった。
「無事に終わって良かったな」
「だな」
俺とアルトは互いに視線を合わせて笑みを浮かべた。
「しかし、『剣姫』はまた強くなったな」
「はいなのです! アルトさんも強かったのですよ」
アルトとルナが互いに健闘を称え合う。
「リク。魔法のレパートリー増えてないか? 一体、どれだけの種類の魔法を習得しているんだよ」
「どうだろうな」
呆れたように嘆息するアルトに俺は肩を竦める。
「リク、お前は大した奴だよ。とは言え……あれは感心出来んぞ」
アルトはあれ――シャーロットへと視線を向ける。
「ま、まぁ、まだ、駆け出しの冒険者だしな……」
俺はしどろもどろに答える。
「いやいや、あのお嬢ちゃんも十分な戦力だったよ。ただな……問題は、あのお嬢ちゃんの強さじゃなくて、お前の扱いに問題が……」
アルトの冷たい視線が俺に突き刺さる。
アルトの言うことに心当たりはある。恐らく、モンスターに囲まれた時に「私はリク様の肉壁ですわ!」と身を投げ出した行為や、「さぁ! 攻撃しなさい! 卑しい身分の私を存分に嬲ればいいわ!」とモンスターに突っ込んだ行為や、それらの行為を俺が強く咎めたときに「ハァハァ……モンスターには肉体的に、リク様には精神的に……ハァハァ……ありがとうございますわ」と、扇情的になっていた場面であろう。
「アルト。冷静に思い出せ。俺が、いつ、どこで、変な扱いをした?」
思い出し欲しい。俺は決して変な扱いや指示は出していない。全て、シャーロットが自発的に暴走したのだ。
「いやいや、だって……アレ、お前の所有する奴隷だろ?」
「そうですわ! 卑しい身なれど、心も体も全てをリク様に捧げて――」
「黙れ」
会話に乱入してきたシャーロットの脳天に手刀を落とす。
「……ありがとうございますわ」
そして、叩かれた頭を押さえて、照れ笑いするシャーロット。
「……うん。もう、いいや。まぁ、何て言うか、がんばれ」
アルトは一連の流れを見て、呆れた表情でその場から立ち去ろうとする。
「えっ!? ちょっと待て! 誤解だ! 誤解なんだぁぁぁあああ!」
俺の魂の叫びが周囲に響き渡るのであった。
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