傷害保険⑤

「二つか。言ってみろ」

 アドランの鋭い眼光が俺を射貫く。


「一つは、各種割引の導入。もう一つは各種特約の導入だな」

 俺は人差し指を立て、プレゼンテーションを開始する。


「割引? これ以上保険料を安くしたらリクの取り分は無くなるぞ。いいのか?」

「まぁ、冒険者に幅広く受け入れられるためには仕方がないだろう。ついでに、健全な収支を実現する為に、一部割増も導入する予定だ」

「割引だけじゃなくて、割増か。まずはリクの提案を聞こう」

 俺の言葉を受けて、最初は首を捻っていたアドランも面白そうに笑みを浮かべる。


「まずは、割引からだな。とりあえず、二種類の割引を導入しようと思う。一つは、ヒーラー割引だな」

「ヒーラー割引?」

 俺の言葉にアドランだけでなく、その場にいる全員が首を傾げる。


「そう。ヒーラー割引だ。内容は単純だ。ヒーラー――回復魔法を扱える冒険者と共にパーティーを組んでクエストを受注する冒険者は保険料を割引く。とりあえず、保険料を二割引でいいか」

「二割も引くのか」

「その分は俺の取り分から引いてくれて構わない」

「採算は取れるのか?」

 驚くアドランに俺は笑みを浮かべて答える。


「この施策により、ヒーラーをパーティーに組み入れる冒険者が増えれば、支払う保険金が下がるはずだ。今現在で、俺の手数料想定よりも低いから……これで想定内の手数料が確保できると期待したい」

「なるほど。確かに、ギルドとしてもヒーラーをパーティーに受け入れる冒険者が増えることは望ましい。良い割引だな」

 俺の意見にアドランは首肯する。


「次に導入する割引が無事故……これだとニュアンスが違うな。安全割引でいいか」

 思わず、元の世界の割引の名称を引用してしまい、言葉を修正する。

「安全割引?」

「そう。安全割引だ。この割引は単純に、保険金を使用しなかった……つまりは、怪我の無かった冒険者を優遇する割引だ。例えば、五回連続保険金を使用しなかったら一割引。十回連続で保険金を使用しなかったら二割引。上限はどうするかな……三十回連続で保険金を使用しなかったら三割引で、五十回連続で保険金を使用しなかったら五割引でいいか」

 俺は思いつきに近い割引を提案する。


「五割引をは剛毅だな」

 アドランが鼻を鳴らす。


「例えばだが、一割引の冒険者をブロンズ。二割引の冒険者をシルバー。三割引の冒険者をゴールド。五割引の冒険者をプラチナ。とか名称を付ければ、どうだろうか? 冒険者としての自尊心を刺激して、安全に冒険する冒険者が増えないか?」

「割引だけでなく、名称も変えるか。確かに……冒険者は自尊心の塊の様な奴が多い。面白いアイディアだ」

「それに、プラチナを狙って安全対策をしてくれれば冒険者の生存率は更に高まります。これは本当に良いアイディアですよ!」

 アドランが笑みを浮かべると、ギルド職員も興奮したように、俺のアイディアに賛同してくれる。


「但し、割引だけでは俺に旨味がない。そこで、もう一つ導入するのが危険割増だ」

 俺は満足げに頷くアドラン達を畳みかけるように、提案を続ける。


「危険割増?」

「そう。危険割増だ。これの内容も単純だな。安全割引の逆だ。保険金を使用すれば、するほどに保険料が高くなるシステムだ。例えば、二回連続で保険金を使用すれば二割増。五回連続で保険金を使用すれば三割増。十回連続で保険金を使用すれば五割増で、二十回連続で保険金を使用すれば十割増だ。しかも、一度割増された保険料は五回連続で保険金を使用しない実績が無ければ元には戻らない」

「それは随分と厳しいシステムだな」

「それに、割増になる条件が割引よりも厳しくないですか?」

 俺の意見にアドランとギルド職員が異を唱える。


「保険はそもそも万が一の為の保障だ。常に、保険ありきで行動されれば、このシステムは崩壊する。考えてみてくれ、厳しいと言うが五回連続で治療院の世話になる冒険者はまずいだろ?」

「そ、それは、確かに。そうだな」

 アドランは俺の意見に押される。


「それにこの割増は健全な収支を実現する為に必要不可欠な割増だ。割増を受ける冒険者は保険を使用したことが冒険者のみが対象となる。流石に、一度恩恵を受けているのであれば、文句は言わないだろう」

「確かに。理にかなったシステムかも知れぬ」

 アドランは少し唸ったあとに、納得した表情を見せてくれた。


「割引、割増については以上だな。何か質問はあるか?」

 俺は全員を見回すと、全員が首を横に振る。質問は無いようだ。


「次は、各種特約の導入だな」

「その特約……? というのは何だ?」

「付帯サービスだな。今までは無料で付帯していたが、今後は有料にする。まずは、毒の治療をはじめとする状態異常の治療は特約扱いにしたい」

 元の世界の保険でも、日射病や食中毒など一部の症状は特約を付けていないと保険金は支払われない。


「ほお。先ほどの件の対策か」

「そうだな。流石に、状態異常をなるのを前提にクエストに出かけられたら、赤字確定だ」「確かに。保険料はどうするのだ?」

「クエストの報酬金の割合であげると、また悪用されそうだから、特約のみは金額を決めよう。加入は冒険者の任意だな」

「まぁ、それが無難な対応か」

「金額は任せてもいいか?」

「了解しました。状態異常に侵される危険性と治療費から算出いたします」

 ギルド職員に頼むと、ギルド職員は首肯してくれた。


「話し合いは以上かな? 他に何か懸念事項はあるか?」

 俺が全員の顔を確認すると、誰からも意見は出なかった。こうして、傷害保険はブラッシュアップされていった。


 翌日。新たに決められた割引制度と特約制度を冒険者に周知。一部から不満は出たが、アドランの「怪我をしなければいい」という、身も蓋もない説得により、渋々冒険者達は受け入れていくのであった。

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