傷害保険④
傷害保険導入から七日間が経過した。未だ、クエストの報酬金から一割を強制的に徴収することに不満を漏らす冒険者はいるが、初日から比べると随分と減った。逆に、保険金を受け取ったことにより感謝をする冒険者が増え、傷害保険という制度はじんわりと冒険者達に受け入れられつつあった。
七日間での収支報告としては、徴収した保険料が四十三万G。支払った保険金が四十万G。偽冒険者ギルドが受け取った手数料が約二万G。俺の受け取った手数料は約一万Gであった。本来であれば、俺の受け取る手数料は四万Gあるはずなのだが、マイナス分は俺の手数料から補われた結果がこうであった。仮に、受け取った保険料以上の保険金支払いがあった場合は、冒険者ギルドの資金から支払われる約束であった為、冒険者ギルドは常に〇.五割の手数料を徴収するのは、リスクから考えても仕方がないといえた。
そして、本日二回目の傷害保険についての打ち合わせを行うこととなった。
「冒険者からの評判は、軒並み好評だな」
アドランは満足げに笑みを浮かべる。
「とは言え、改善する余地はまだまだあるな」
逆に俺は、想定よりもに少ない手数料に不満を覚えていた。
「赤字でないなら御の字だろ? リクはがめついな」
アドランが他人事のように笑う。
「いやいや、手数料が少ないのも不満だが冒険者からの不満も幾つか出ているだろう?」
いきなり完璧な保険を実現できる訳はない。俺は現行を改良することにより、よりよい保険の制度が実現すると考えていた。
「リクは貪欲だな。実際にどんな不満が出ている?」
アドランが話を促すと、ギルド職員がメモを取り出して読み上げる。
「ヒーラーと共に冒険に出ている冒険者からの苦情です。ヒーラーがいれば、治療院の世話にはならない。同じだけ保険料が徴収されるのは不公平だ。との意見が多数寄せられております」
ヒーラーとは回復魔法が使える冒険者だ。確かに、ヒーラーとパーティーを組んでいれば、わざわざ治療院へ行く必要はなくなる。
「そういえば、俺から一つ質問いいか?」
俺は手を上げて、ギルド職員の顔を見ながら発言の許可ととる。
「はい。何でしょうか?」
「三日前まで、保険料の収入と保険金の支払いのバランスは良かった。二日前と昨日の二日間で急激に保険金を支払うケースが増えたが、何か原因はあるのか?」
事実、三日前までは俺の手数料も規定していた保険料の一割を確保出来ていた。それが、二日前から急激に保険金をし支払うケースが増えて、結果俺の手数料は規定に達さなかったのだ。
「その要因は判明しております」
ギルド職員はしれっとした表情で答える。ってか、判明しているのかよ! 対処しろよ。
「その要因はなんだ?」
俺は不満げな声で尋ねる。
「はい。治療費が全額出るとわかってから、ヌーマン湿地帯を対象としたクエストを受注する冒険者が増加したのが要因です」
ギルド職員が答えると、アドランは「ほぉ」と納得した表情を見せる。
「ヌーマン湿地帯? そこに何がある?」
「ヌーマン湿地帯に生息する素材は高額で取引されており、またヌーマン湿地帯に生息するポインズントードの素材も、高額となっております」
「ポイズントード? ってことは二日前から急激に増えた保険金の支払いは毒の治療費か」
「ご名答です」
俺の答えにギルド職員は、微笑みを浮かべる。
なるほどな。確かに治療費が全額負担されるなら、毒の治療費に悩まされることはなくなる。今みたいに、乱獲されればいずれクエストの報酬金や素材の取引価格は下がるだろうが、今は穴場だ。少し賢い冒険者が目をつけるのも納得だ。
「それで、保険金の支払いケースがあんなにも増加したのか。毒の治療費の相場はいくらだ?」
「軽い毒状態であれば三百G。重い毒状態であれば二千Gですね」
「今回支払ったケースで多いのは、軽度の毒か? それとも重度の毒か?」
「軽度の毒ですね。治療費が全額負担されるので、重度になるまで毒を蓄積する無謀な冒険者も数名いましたが、命の危険に関わるので、レアケースと思いますよ」
俺はギルド職員の報告を聞いて、対策を思案する。
「なるほど。他にも状態異常の危険性のあるクエストを後で教えてくれ」
「了解しました。後で纏めておきます」
俺はギルド職員に頼むと、ギルド職員は頷いた。
「他に懸念事項はあるか?」
アドランが周囲のメンバーを見回して、尋ねる。
「そうだな。治療院への支払いをもう少しスムーズにしたいな。例えば、保険に加入した冒険者にはカードを発行して、そのカードを提示したら治療費は後払いで、後で冒険者ギルドから纏めて支払うとかは無理か?」
俺は治療院に付き添った時の治療院の対応を思い出し、提案する。元の世界の保険も、自動車保険然り、一部の傷害保険然り、治療費や修理費を保険会社から後で直接支払うことにより、保険加入者はお金がなくても治療、修理出来るのは、非常に便利で、重宝されていたサービスであった。
「そうだな。治療院としては、所持金の足りない冒険者の治療に手を焼いていると聞く。冒険者ギルドであれば、信頼もある。提案すれば受け入れる可能性は高いな。この案件は俺が処理しよう」
アドランから頼もしい返事を貰える。
「助かる」
俺は頼もしい協力者――アドランに頭を下げる。
「気にするな。傷害保険が導入されてから、冒険者の生存率は大幅に上がった。冒険者の生活の質を向上させるのは、俺たち冒険者ギルドの仕事だ」
「頼もしいな」
俺はアドランの言葉に笑顔で答える。
「それで、治療院以外で改善することはあるか?」
「そうだな。冒険者達の意見をヒアリング、そして保険金支払いを精査した結果、新たに提案したい施策が二つある」
アドランの問いかけに、俺は指を二本立てて答えるのであった。
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