傷害保険③
翌日。冒険者ギルドが冒険者全員に傷害保険導入を周知。本格的な運用は、七日後からとなった。予想外であったのは、傷害保険の加入は任意ではなく、強制となったことであった。これは、アドランが強い意志により強権が発動した結果となる。
冒険者達の反応は、概ね不評であった。突然、クエスト報酬が一.五割も削減するのだから、それもしょうがないのかも知れない。
傷害保険運用初日。俺は、緊張しながらもクエストカウンターの端で、冒険者の反応を見ていた。
「ゴブリン退治の報酬減ってないか?」
「本日から、クエスト報酬の一部を傷害保険に回しております。全ては、冒険者の為の施策となります。ご理解お願い致します」
「今日からだったか。ったく、ふざけんなよ。誰だよ! こんなアホな制度考えたやつは!」
クエスト受理を対応しているギルド職員に悪態をつく冒険者に、平謝りのギルド職員。
俺です。そのアホな制度を考えたのは。
俺は、何とも居た堪れない気持ちで、職員と冒険者の応酬を眺める。
中には……、
「アドランさんのアイディアかな? 仕方ないね。お姉さんも大変だね」
ベテランの冒険者だろうか? ギルド職員を同情する冒険者の姿も確認出来た。
観察した結果、冒険者の反応は大きく分けて三つであった。怒り、同情、無関心だ。
幸先不安だな……。
その後も、負の感情をまき散らす冒険者、そして、度重なるクレーム対応に疲弊していくギルド職員の恨めしい視線を感じながら、俺は冒険者ギルドの中で待機し続けた。
「頼む! 助けてくれ!」
そんなある時、血相を変えた一人の冒険者が冒険者ギルドの中へと飛び込んできた。
「仲間が……ブラックファングの群れに噛まれて……死にそうなんだ……。頼む! 助けてくれ!」
「落ち着いてください。まずは冒険者カードを見せて下さい」
ギルド職員が落ち着いた対応で、冒険者カードの提示を求める。
「……ブラックファング駆除クエストを受注中のお怪我ですね。ご安心下さい。治療費は傷害保険から出ますよ」
ギルド職員は冒険者カードを確認すると、笑顔で答えた。
「ほ、本当か……。あんな怪我……治療できるだけの金は無いぞ……」
「ご安心下さい。治療費は全て傷害保険にて対応します。リクさん。お願いしても宜しいですか?」
「了解」
俺は、予め受け取っていた保険金を持って、冒険者と共に怪我をした仲間の元へと急いだ。
冒険者の案内した先には、十代だろうか? まだあどけない表情の少年が全身から血を流して倒れていた。よく見れば、腹部の損傷が激しい。
「治療院へ急ぐぞ!」
俺は怪我をしている冒険者を荷車に乗せて治療院へと急いだ。
「ようこそ治療院へ。……そちらは、重傷患者ですね。即座の治療が必要取ります。治療費として三万Gが必要となりますが、お手持ち金は足りますかな?」
治療院へ入ると、白髪の老人が対応してくれた。異世界だからなのだろうか? 怪我人の容態よりも、お金の心配をしているように見受けられた。
「はい。治療費はあります。早急に治療をお願いします」
「先払いとなりますが、よろしいですかな?」
俺が早口に頼み込むと、老人の口からは信じられない言葉が出た。
「三万Gだろ! ほら! これで足りるだろ! 早く治療しろよ!」
俺は叩きつけるように、治療費を差し出す。老人はこちらの感情など意に関さず、冷静に差し出したお金を数えている。
「三万G。確かに、受領しました。治療に入ります。あちらの部屋にお進み下さい」
お金を数え終えた老人は、冷静に奥にある部屋へと俺達を案内した。
運び込まれた部屋には一人の男性と二人の女性がいた。
男性の指示に従い、怪我をした冒険者はベッドの上に移された。その後、魔法と薬を使用した、この世界独特の治療が始まった。
まずは、回復薬を飲ませて基礎体力を回復させる。その後、回復魔法を使用し、損傷した部位を治療。仕上げに患部に薬を塗り、包帯で覆う。
俺はさりげなく、【神の瞳】で回復魔法を習得。
俺が治療すれば、支払う分の保険金が浮くのか? と、下賤な考えもよぎったが、色々と本末転倒になる気もしたので、心の奥底にそのプランは仕舞い込んだ。
運び込んでから三十分後。怪我をしていた冒険者の呼吸も正常となり、治療は終わった。
「ありがとございました! ありがとうございました!」
冒険者ギルドに飛び込んできた怪我をした冒険者の仲間は、涙を流しながら、何度も何度も、俺に頭を下げてくれたのであった。
「気にするな。これが保険だ」
「で、でも、俺達だけじゃこんな大金は……本当にありがとう」
俺は泣いて感謝する冒険者の両肩を持ち、顔を持ち上げようとするが、冒険者は決して顔を上げずに感謝を続けたのであった。
その後、冒険者と別れ、冒険者ギルドに戻った俺は、再び待機を続けた。
結論から言えば、その日治療が必要程度の怪我をした冒険者の人数は十四名。治療費の合計は五万七千Gであった。徴収した保険料は六万四千G。冒険者ギルドに〇.五割の手数料である、三千二百G支払うので、俺の得られる手数料が三千八百Gとなった。
計算通りの収支とはいかなかったが、想定内の結果で終えることができた。
翌日。前日、保険金――治療費が滞りなく支払われたこと。また、保険金を受け取った冒険者が過剰に宣伝してくれたこともあり、不満を漏らす冒険者の数は減ったのであった。
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