事業拡大
傷害保険が導入されてから三十日が経過した。
今では、冒険者達も傷害保険の制度を受け入れ、混乱も無く平穏な日常となっていた。元の世界で言えば、消費税のような感覚だろうか。最初は文句を言うが、最終的には諦めるというか、受け入れてしまう。そんな感じだ。
「ご主人様。そろそろ家を買いましょうよ」
デジャブ? 宿屋でゴロゴロしていると、ルナがいつもの言葉を発する。
「家か。家ね……」
俺は現在の所持金を思い浮かべながら、呟く。
「ルナは知っているのです。ご主人様は保険で大儲けしているのを知っているのですよ」
ルナは鬼の首を取ったと言わんばかりの笑みを浮かべる。
「大儲けって……。お前な。確かに、ある程度は貯まったが家を買うほどの金は無いぞ」
事実、傷害保険の収支は割引、割増の施策が型にはまり健全な収支状態が維持できており、俺の取り分である手数料も今では想定通りの金額が懐に入ってきている。
「むぅ。閃いたのです! 買うのは無理でも借りるのは可能なはずです。ルナが目を付けている物件で、最初は借りて、気に入ったら買い上げるタイプの素敵な家もあったのですよ」
ルナは興奮して騒ぐ。
「ルナの目の付けていた物件って……。ルナ。お前は奴隷だぞ? 最近、俺でもその事を忘れがちだが、自覚はあるのか?」
俺は嘆息と共に、ルナをジト目を向ける。
「あ、あるですよ。メイド奴隷の自覚があるからこそ、ご主人様に提案してるのですよ」
ルナは冷や汗をたらしながら、必死に言い訳をする。
「メイド奴隷って……俺はそんな趣旨でルナを買った記憶はねーよ」
ルナを購入した理由は、戦闘能力に惹かれたからだ。メイドの用途で購入した記憶は一切ない。
「むぅ。でも、でも、だって……」
「ったく、分かったよ。とりあえず、いい物件があるかアドランにでも尋ねてみるか」
借家の方が、宿屋暮らしよりもコストパフォーマンスはいい可能性はあるので、駄々を捏ねるへっぽこエルフの意見を尊重することにしたのであった。
◆
「お!? リクか。今日はどうした?」
今ではすっかり顔なじみとなった冒険者ギルドのギルド長――アドランの部屋を尋ねると、アドランは明るい声で俺とルナを招き入れてくれた。
「今日はちょっと相談があってな」
「ほぉ。また何か、楽しい悪巧みでも思いついたのか?」
アドランは子供の様な笑みを浮かべる。アドランとは二・三日に一度顔を合わせて、色々な世間話をしていた。その世間話の中で色々な保険――例えば、生命保険や火災保険、他には盗難保険の話等もしていたが、アドラン曰く保険は何もしなくても俺が儲かるイコール悪巧みらしい。
「いやいや、今日は保険じゃない。そろそろ宿屋暮らしから卒業しようと思ってな。何かいい物件知らないか?」
「出来れば、庭付きで、白をベースとしたお屋敷タイプの――」
「すまん。ルナの妄言は無視してくれて構わない」
なぜか、勝手に要望を伝えるルナの言葉を遮る。
「リクが住む家か。丁度いいかもな……」
アドランは不適な笑みを浮かべて小声で呟く。
「何か嫌な予感がするが、気のせいか?」
俺は小声で呟くアドランにジト目を向ける。
「はっはっは。気のせいだ。安心しろ。リク。ギルドで管理している物件だが、丁度いいのがあるぞ」
アドランが全く安心の出来ない笑い声をあげる。
「ほぉ。やけに上機嫌だな。少し不安だが、どんな物件だ?」
「ギルドから徒歩三分。商業地区の物件だが、部屋数は十分にある。庭は無いが、風呂付きだ。リクにルナが二人で住むには広すぎる物件だが、賃料は月十万Gでいいぞ」
商業地区の物件で風呂付きか。アドランの言葉通りなら部屋数も多そうだ。今の宿屋がルナと二人で一泊八千G。一月で二十四万Gの出費になっている。コストパフォーマンスを考えれば、アドランが紹介してくる物件に引越したほうが得なのだが……。
「商業地区で、部屋数十分で、風呂付きで、月十万Gね。安すぎないか?」
あまりの好条件に思わず、警戒してしまう。
「はっはっは。そうだな。破格だな。通常であれば月五十万Gでも、借り手は即決まる物件だからな」
アドランが楽しそうに笑う。
「そんな好条件な物件をを紹介してくれるのか。安さの理由は俺とアドランの仲だから?」
「そんな訳ないだろ」
淡い期待を抱いて、出した俺の言葉はあっさりと否定されたのであった。
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