市場調査①

「ほけんがいしゃ……? ですか?」

 俺の言葉を聞いたルナは首を傾げる。


「そうだ。保険会社だ」

 俺は自信に満ち溢れた表情で頷く。


 この世界には、営業のライバルも居なければ、競合する他社もいない。保険自体は、人々に必要とされる商品だから……売れるはず。市場が独占できるチャンスだ。火災保険あれば、家を失った人を救済できる。傷害保険があれば、怪我をした人を救済出来る。生命保険があれば、遺族の人を救済出来る。そして、多くの保険料が入れば、俺はマイホームを購入出来る。まさに、ウィンウィンの関係じゃないか。


「あの……御主人様。ほけんがいしゃって何でしょうか?」

 興奮する俺に、ルナが質問を投げかけてくる。


「んー? どう説明すべきだ? 一言で言えば、保険を扱う会社だ」

「ほけん……? かいしゃ……? ですか?」

「うむ。保険と言うのは――」

 俺は、その後多大な時間を費やして、ルナへ保険についての説明をした。


「ほわぁぁああ!? 御主人様凄いのです。御主人様は天才なのですよ」

 ようやく、保険の内容を理解したルナが興奮気味に目を輝かせる。


「ルナ。保険について、理解出来たのか?」

「はいなのです! つまり、多くの人からお金を預かって、困った時にそのお金を使ってみんなを助けるのです」

「んー。かなり大雑把だが、まぁいいか」

「それで! それで! いつから始めるですか!」

 ルナは前のめりに俺に尋ねてくる。


「そうだな。適正な保険料を算出する必要があるから……まずは市場調査をして、それからだな」


 こうして、俺とルナは保険料を算出するための市場調査を始めることにしたのであった。


  ◆


「ルナは何を調べればいいですか?」

「そうだな。この世界でも需要のありそうな商品になると、火災保険、盗難保険、傷害保険、生命保険あたりか? クエスト保険とか独自の保険も……ってオリジナルの保険は、今はいいか。手を付けやすいのから始めたいから……火災保険と傷害保険でいいか。ルナ、この街の家を建て直す費用と、怪我した時の治療費を調べてきてくれ」

「はいなのです」

 ルナはよほど保険の仕組みを気に入ったのか、颯爽と市場調査へと出掛けて行った。


 保険料の算出方法は確か……支払う保険金と保険料が等しくなる収支相等の原則だったか? を適用すればいいか。あれ? そうなると、俺の儲けは0になるな。保険事業を継続する為の経費――つまりは、俺の手数料も保険金に合算すればいいのか? 他にはリスク――保険金を支払う事案が発生する確率と頻度を調査する必要性があるな。保険を扱う資格を取得する時に学んだ知識を、活かせる時が来るとは……人生はどうなるかわからないものだな。


 その後、俺はリスクの調査をすべく、街へと繰り出したのであった。


  ◆


 三時間後。俺は宿屋の自室で項垂れていた。


「ただいまのですよ。って、御主人様どうしたのですか!?」

 元気よく帰ってきたルナは、宿屋のベッドの上で燃え尽きて、白い灰と化した俺を見て、驚く。


「………」

「御主人様! どうしたのですか!」

 ルナは抜け殻と化した俺の両肩を掴んで、激しく揺さぶる。


「……ルナか。やっぱり、地道に稼ぐのが一番だな」

「はわわわ!? どうしたのですか!? ルナが出掛けている間に何があったのですか!?」

 意気揚々と市場調査に出掛けた俺は、現実という名の分厚い壁にぶち当たっていた。

 冷静に考えて、普通の一般人が建物を全損する確率を算出出来ると思うか? そんな資料は何も無いし、街の人々に聞き込みをすれば、不審者扱いされるし……。


 思い出される辛い記憶――


「あの? すいません。お宅の家は火事になったことありますか?」

「は? 何言っているんだ、てめえ!」

「お宅の家が最後に壊れたのは、いつですか?」

「は? ふざけんなよ、てめえ!」

 全ての質問が罵倒で返ってきました……。

 試しに火災保険の説明をすれば、

「は? 壊れてもないのに、何で金を払わなきゃいけないんだよ!」

「大体、てめえは誰だよ!」

「ふざけるな! 帰れ!」


 激しい罵倒の嵐が返ってきました……。


「そ、それは、仕方ないのですよ……。いきなり、保険と言われても、御主人様を知らない人だと、詐欺だと思っても仕方がないのですよ……」

「だよな。そうだよな……」

 何が大儲け出来るチャンスだ。何が市場を独占できるチャンスだ。三時間前の俺をぶん殴りたい。


「あ、あの……御主人様?」

「なんだ? 家なら諦めろ」

 やさぐれた俺は、ルナを冷たく突き放す。


「ち、違うのです。家は欲しいですけど、違うのです。今回は御主人様を知らない人たちに話したので、失敗したのです。御主人様を知る人たちならきっと賛同してくれると思うのですよ」

「俺を知る人?」

「なのです。御主人様を知る人。冒険者ギルドにいる冒険者の方々なら賛同してくれると思うのですよ」

 ルナが必死に俺を説得する。


 冒険者か。確かに、異世界に来て一ヵ月。冒険者ギルドには、ほぼ毎日顔を出しているし、鑑定の手伝いをしているので、冒険者ギルドの職員とも顔見知りだ。


「お怪我の保険があるのですよね?」

「傷害保険のことか?」

「なのです。傷害保険をまずは冒険者ギルドに売り込んでみるといいと思うのです」

「……わかった。断られたら、また採集の日々に戻るからな?」

「はいなのです!」

 こうしてルナに促され、俺は冒険者ギルドへと足を運んだ。

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