魔物暴走

 ルナを購入してから幾日後。今日もルナと二人で、首都の郊外で素材採取に励んでいた。ルナの剣の技術は日増しに成長を続けており、二人だけであっても、かなりの広範囲を回ることが可能となってていた。


 今日も首都近くの郊外で、ルナと素材採集に励んでいると。


「ご主人様。そろそろ家を買いましょうよ」

「家?」

「はいなのです。まさか、ルナを買ってくれたご主人様が、ホームレスだとは思わなかったのです。想像していた奴隷生活と隔たりがあるのです」

「ホームレス言うな。ってか、待遇はいい方だろ? 大体、想像していた奴隷生活ってなんだよ」

「メイド奴隷なのですよ。メイド奴隷は、奴隷の中では最高峰なのですよ」

 奴隷にも、最高峰とかあるのかよ。何か色々と俺の想像を超えていくな。


「了解。ルナの意見はよく分かった。次はいいご主人様に拾われると――」

「はわわわっ!? ウソなのです。軽い奴隷ジョークなのですよ!? ご主人様捨てないで欲しいのですよ!?」

 俺が冷めた目で突き放すと、ルナは泣きながら、俺に縋ってくるのであった。


 正しい従属関係なのかは別として、ルナとは楽しい日々を送れていた。


「まぁ、ルナの今後はさて置き、家か……。確かに、いつまでも宿暮らしはコスパが良くないな」

「ルナの今後はどうなるのですか……」

 捨て犬のような目のルナは放置して、俺は今後の予定を考える。


 出来れば、ランニングコストを抑える為にも、家を購入したいが……如何せんお金が足りな過ぎる。そうなると、借家となるが……日々の賃料は出来る限り抑えたい。


「どっかに、大金落ちてねーかな。出来ればルナ百人分くらいの大金」

「ルナをお金の単位として、扱わないで欲しいのですよ」

 プンスカと怒るルナを放置しながら、俺は真剣にルナの提案――家の購入を考える。


 まずは、家の相場を調べるのが最優先だな。現状、日々の生活をするには困らない程度のお金はあるが、家を購入となると、足りるのか? この世界にもローンというのはあるのだろうか?


「ルナ、この世界の家の相場って、……っておい。あれはなんだ?」

「どうしたのですか? 御主人様……って、はわわわ!?」

 ルナに家の相場を尋ねようとした時、ルナの遥か後方――首都マゼランの方角から立ち上る黒煙が目に入った。


「あれって街の方角だよな?」

「は、はいなのです……」

 俺とルナは首都マゼランから立ち上る黒煙を茫然と眺める。


「……火事か?」

「いえ、風に乗って聞こえる悲鳴、そして鼻孔を刺激するこの匂い……こ、これは――」

 ルナは目を閉じて、手を耳に当てている。


魔物暴走スタンピートなのですよ!」

「魔物暴走?」

 女神から説明を受けたような、受けてないような?


「はいなのです。原因は分かっていませんが、数年に一度魔物達が理性を失って、暴走する最悪の天災なのです」

「天災ね。とりあえず、様子を見に行くか」

「はいなのです」

 俺はルナと二人で黒煙の立ち上る首都マゼランを目指すのであった。


  ◆


 現地まで移動して分かったのだが、黒煙の立ち上る場所は、首都マゼランの中心部から外れた郊外にある集落地であった。


 俺はルナと二人で小高い丘の上から、魔物暴走の被害地を見下ろしていた。


 家屋を破壊しながら暴走する魔物達。


 どこから沸いたのか、どさくさに紛れて略奪行為を行う盗賊達。


 蹂躙された家屋の残骸に、無数の魔物……そして人々の亡骸。


「ご、御主人様……」

 ルナが泣きそうな表情で、俺の服の袖を掴んでくる。


「残念だが、俺達が向かっても出来ることは何も無い……」

 今の俺とルナなら、魔物を数匹は倒せるだろう。但し、数匹の魔物を倒したところで、暴れまわる魔物は数百といる。焼け石に水だ。状況は変わらない。俺は拳を強く握りしめ、地獄の様な被害地を眺めた。


 暫く無言で被害地を眺めていると、国から派遣されたと思われる統一された正装の兵士達、そして冒険者ギルドから派遣されたと思われる冒険者達が、魔物を駆除し人々の救助を始めた。


 その後、状況的に安全と確認できた後に俺もルナと共に救助に参加。三時間後、暴れまわる全ての魔物の駆除に成功したのであった。


  ◆


 今、俺の目の前には元の世界では信じられない光景が広がっていた。


 ――盗賊に積荷を奪われ、途方に暮れる商人。


 ――大怪我を負って、明日の生活費すらままならない冒険者。


 ――冒険者の父を亡くして、泣き崩れる少女。


 ――死んだ目で座り込む、奴隷として売られている者達。


 理不尽だ。この世界は本当に理不尽に包まれている。


 今の俺なら積荷を奪った盗賊を退治できるだろう。冒険者を困らせるモンスターを討伐できるだろう。泣き崩れる少女の生活費を出すこともできるだろう。売られている奴隷を……全部とは言わないが、数人は助けることもできるだろう。


 しかし、それでどうなる? そんなことをしても根本的な解決にはならない。


「ご主人様……」

 俺の隣に並ぶ可憐なエルフの少女――ルナが俺の服の軽くつまむ。


「大丈夫。俺が何とかしてみるよ」

 俺は不安な表情を浮かべるルナに笑顔を向ける。


「はい!」

 エルフの少女は信頼を超えた、信望の眼差しを向けて大きく頷く。


 どうすれば彼等を救える? 俺に何が出来る?


 俺の中で一つの答えはすでに導き出されていた。


 これは大儲けできるチャンスじゃないのか? この世界に足りないモノ……それは――。


「よし! 保険会社を立ち上げるぞ!」


 こうして、俺は異世界で保険会社を立ち上げることを決意したのであった。

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