傷害保険①

「あら? リクさんいらっしゃい。鑑定の手伝いに来てくれたの?」

 冒険者ギルドに入ると、顔馴染みとなったギルド職員の女性に声を掛けられた。


「いや、今日は……」

「違うのです。御主人様は画期的な商品を売り込みに来たのですよ」

 尻込みする俺をよそ目に、ルナが自信に満ち溢れた表情でギルド職員に話す。


「あら? ルナちゃん、こんにちは。画期的な商品? 何かしら?」

「保険なのです」

「ほけん……? 聞いたことのない商品ね。それは武器かしら? 薬かしら?」

 ギルド職員の女性が首を傾げる。


「えっとですね、保険というのは……御主人様、バトンタッチなのです」

 ルナは唐突に話を俺へと振る。


「保険と言うのは、商品というか制度だな」

「制度? どういう制度なのかしら?」

 興味深そうに、微笑むギルド職員に対して、俺は覚悟を決めて、営業マン時代を思い出して傷害保険のプレゼンを実施することにした。


「今回、冒険者ギルド、正確には冒険者ギルドに所属する冒険者の皆さまにご提案させていただく保険は、傷害保険となります」

 俺の言葉遣いが、久しぶりの営業トークに思わず敬語へと変わる。


「傷害保険?」

「はい。傷害保険です。例えばですが、ある冒険者がクエストに出発する前に傷害保険に加入します。その冒険者がクエスト中に怪我を負ってしまった場合、治療費として千Gをお支払いします」

「無料で、千G支払うのかしら?」

「いえ、傷害保険に加入する際に、保険料としてお金を頂きます」

「その、保険料? というのはいくら支払うのかしら?」

「そうですね、まだ決めてはおりませんが、仮に十人の冒険者がクエストに出掛けて、怪我をする人の割合が一人とします。そして、治療費が千Gなら、一人百二十G頂きます」

「つまりは、百二十G支払ったら、クエストで怪我を負っても、ちゃんと治療が出来る制度って理解でいいのかしら?」

「はい。問題ございません」

「二つ質問いいかしら?」

「はい。どうぞ」

 二本の指を立てるギルド職員に俺は笑顔で答える。


「一つは、怪我をしなかった冒険者には百二十Gはお返しするのかしら?」

「いえ、申し訳ございませんが、返金は致しません。あくまで、保険と言うのは共存共栄の制度です。困った人を、みんなから預かったお金で救済する制度です」

「なるほど。まぁ、百二十Gで、その後の安全を買うと思えば……ありかしらね」

 ギルド職員は納得した表情を見せてくれる。


「もう一つは、百Gじゃなくて、百二十Gなの?」

「はい。申し訳ございませんが、二十Gは私の手数料となります」

「なるほど。手数料ね。冒険者ギルドも、手数料を徴収しているので、文句は言えないわね」

「ご理解頂き、ありがとうございます」

 俺は、営業スマイルを浮かべてギルド職員に頭を下げた。


「傷害保険ね……。面白い制度かも。これなら……例の問題も解決出来るのかしら? リクさん、もしかしたら冒険者ギルドでバックアップ出来るかも知れないから、ギルド長にも同じ話をしてくれないかしら?」

「いいのですか! ありがとうございます!」

 決定権者とも言える、ギルド長への顔つなぎ。俺は、確かな手応えを感じたのであった。


  ◆


 ギルド職員に案内され、俺はギルド長の待つ部屋へと通された。


「俺はギルド長のアドランだ。冒険者ランクEのリクか……。駆け出しの冒険者ながら、確かな鑑定眼を持っておると報告は受けている。今日は、有意義な提案があると聞いているが、期待していいのか?」

 白髪交じりの髪をオールバックに纏めた、四十代後半と思われる偉丈夫――アドランが獰猛な笑みを俺へと向けたのであった。

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