ツンデレとの出会い②

 ――!?


 土煙が晴れ、服に付いた砂を手で払い、咳払いをする少女の姿が現れた。


「ゴホッゴホッ。ちょっと、危ないわね!」

「ほっ。無事だったかのか」

 俺は、変わらず憎まれ口を叩く少女を見て、安堵のため息を漏らす。


「当たり前でしょ! 私のマッジクシールドは無敵なのよ! む・て・き! わかる?」

 銀髪の少女は胸を張って、ドヤ顔だ。


「俺の呟きが聞こえたのか?」

 銀髪の少女との距離から考えて、俺の呟きが聞こえるとは、思いもしなかった。


「当然よ! 妖狐族の聴力を舐めないでよね!」

 ようこぞく? 女神様のチュートリアルで聞いたことがあるフレーズのような?


「って、考えている場合じゃない! おい、ようこぞく! コアに氷属性の魔法を撃ち込め!」

「だから、コアって何――」

「だから、こうすんだよ! 【アイシクルランス】」

 口論している間に、、立ち上がって腕を振り上げたゴーレムの胸部――コアに氷の槍を放つ。


「ヴ……ヴ……ヴ……」

 氷の槍をコアに受けたゴーレムは、その場で激しく震動する。


(生命力G……熱量A……暴発A……爆発A……)


 【神の瞳】を通して流れ込むゴーレムの状況。生命力Z。女神様曰く、Gは皆無に等しい値。そして、上昇する熱量に爆発。この事から予測されることは……、


「逃げ――」

 目の前で、赤く光るゴーレムの姿を確認した俺は、言いかけた言葉を中断して、石の裏にしゃがみ込む。そして、一秒後。耳を劈く破裂音と、共に大地が、大気が――激しく震動した。


 自爆だ。瀕死となったゴーレムは自爆したのだ。


 大地の揺れを収まったのを確認した俺は、その場で立ち上がり、状況を確認。


 耳がキーンとして痛い。


「あー。あー」

 曇って入るが、自分の声が聞こえる。鼓膜は、破れていないな。


 頭上から降り注いだ、砂煙を手で払い、ゴーレムと少女が戦っていた場所を確認する。


 無数の砕かれた岩と……地面に横たわる少女の姿が視界に入る。

 俺は、倒れている少女の元へと走る。


 ――!?


 倒れていた少女の頭には猫耳? いや猫耳よりも大きな獣系の耳が生えていた。遠くから見ていたので、そういう髪型だと思っていたが……本物のケモミミ少女かよ。っと、悠長なこと言っている場合じゃなかった。


「おい! おい! しかっりしろ! 大丈夫か!」

 俺は倒れている少女に、声を掛けるが、反応はない。生きているよな? 【神の瞳】で少女の状態を確認。


(生命力G)

 数値は基本七段階S・A・B・C・D・E・Fだ。レアケースとして、測定不能のX。そして、皆無に等しいG。の二種類だ。


 つまり、この少女は生きてはいるが、瀕死の状態だった。


 どうすればいいんだ? 昔、保険会社の研修で、事故時の緊急対応はしたが……。


 クソッ!? 全く覚えていない! 一一九番に電話か! ってここ異世界!


 心臓マッサージか! 心臓マッサージなのか!?


 俺は、少女の胸に両手を置いた。


 あ!? 意外に柔らかいな……。って、ちがぁぁぁぁぁう!?


『お客様。事故にあった時は、まず落ち着いて下さいね』と、お客様にはよく言っていたが、無理だ。落ち着けるわけがない!

 慌てふためく俺の視界に、少女のポケットから僅かに見える小瓶が映った。


(エリクサー……等級A……生命力回復A……魔力回復A……状態回復A)


 これだ! これしかない! 俺は、少女のポケットから小瓶――エリクサーを抜き取り、封を開けた。


 これを飲ませればいいんだよな?


 どうやって?


 口を開けさせるだろ、流し込むだろ、そのままこぼれるよな?


 しょうがないな。人命第一だ。これは不可抗力だ。むしろ、感謝される行為だ。


 俺はエリクサーを口に含んで、少女の顔へと顔を近づけ……俺の口から、少女の口の中へとエリクサーを流し込む。人工呼吸の容量で、息を吹き込むと、エリクサーは何とか少女の体内へと消化されてゆく。


 俺は複数回に分けて、同様の行動を繰り返していると……、


 ――!


 俺の顔から一センチメートルも離れていない距離にある、少女の瞳がゆっくりと開かれた。


「――!? な、な、な、な、なっ!?」

「ぶはっ!?」

 突然上げた悲鳴により、エリクサーが俺の口内へとリバースしてくる。


「ゴホッ……ゴホッ……ま、待て……お、落ち着けば――」

 エリクサーが気管に入って、上手く喋れない。


「死ね!! 変態!!」

 命を救った俺の尊い行為に対する、少女のお礼は杖による顔面殴打だった。想像以上にパワルフなお礼を受けた俺は、そのまま地に倒れるのであった。


 叩かれた顔面を押さえながら起き上がった俺は、警戒心を解く為に営業用スマイルを浮かべる。


「ち、近づくなぁぁああ! この変態!」

 ケモ耳少女は警戒心がマックスだ。ケモ耳も、もふもふとした尻尾も毛を逆立てている。


「お、落ち着け。俺はお前を助けただけであって……断じて、やましい気持ちがあった訳では――」

「五月蠅い! 黙れ! この変態! ケダモノ! 初対面の私に……い、いきなり……せ、せ、接吻をするなど……非常識よ!」

 ケモミミ少女の怒りは収まらない。悪口のオンパレードだ。一応、俺は命の恩人だぞ。


「だから、落ち着けって! 接吻じゃねーよ! お前が死にかけていたから、このエリクサーを飲ませて、助けてやったんだろ!」

 このまま冤罪で、犯罪者にされたら堪ったものではない。俺は声を荒げて反論する。


「エリクサー? ちょっと待って……。変態。あんたの手にあるその薬はエリクサー?」

「そうだよ。って言っても、俺のじゃなくてお前のだけどな」

「な!? やっぱりそうだ! 私のエリクサー!」

 今度は、怒りを忘れて取り乱すケモミミ少女。


「わかったか? 俺は、お前を助けたの! 命の恩人なの! 理解――」

「ちょっと! あんた! 誰の許可を得て、私のエリクサーを勝手に使ったのよ!」

「許可?」

 俺は首を捻る。


「そうよ! 勝手に人のエリクサーを――」

「許可って、お前! そんな余裕はねーよ! そもそも所有者のお前が瀕死だったんだろうが!」

 なぜ、人助けをしたのに、ここまで罵倒されなくてはいけないのだ。俺は怒りの反論をする。


「ぐぬぬ……。た、確かに、意識を失っていたのは私で……あんたは私を助けるためにエリクサーを……」

 ケモミミ少女は葛藤を始める。


「わかったわ。エリクサーの弁償に関しては、請求しないであげる。せ、せ、せっぷ……アレに関しても、事故よ! 不幸な事故だったの。忘れ去りなさい! 私も忘却の彼方に封印するわ」

 ケモミミ少女は、怒りで震えながらも、平然を保とうと努力しているようだ。冷静に考えたら、こんな小学生くらいの少女を相手に、真剣に怒るとは……俺も大人げなかったな。


「弁償って……。あのなぁ。お嬢ちゃん? 誰かに助けられたら、まずはお礼でしょ? あ・り・が・と・う。言えるかな? ちゃんと、お礼できる人間にならないと、立派な大人には――」

「誰がお嬢ちゃんよ! 調子に乗らないでよね! 変態! 後、私は人間じゃないし! 妖狐族だし! この立派な耳と、尻尾が見えないの!」

 ケモミミ少女は、自分の耳と尻尾に指を当てながら声を荒げる。


「ようこ? よーこ? 洋子? 陽子? ……あ!? 思い出した! 妖狐か!」

「は? あんたバカなの? 何言っているのよ?」

「すまん。すまん。妖狐族を見るのは初めてだったからな」

 ようやく、胸のつっかえが取れた俺は、笑みを浮かべる。


「はぁ……。もういいわ。あんたの相手をしていると、疲れるしね。じゃーね」

 ケモミミ少女はため息を吐くと、手をひらひらとさせて、その場から立ち去ろうとした。


「あ!? ちょっと待て!」

俺は、慌てて立ち去ろうとするケモミミ少女を呼び止める。


「すまないが、アドリア帝国の首都に行くにはどうしたらいい? この辺だとは思うのだが」

「帝国の首都? それなら、この先を真っ直ぐと進めば、すぐよ」

 ケモミミ少女は、一つの方角へと指を指す。


「そっか。ありがとうな。そういえば、自己紹介をする約束を忘れていたな。俺の名前はリクだ。よろしくな」

 俺は笑顔で握手をする為の右手を差し出す。


「……カエデ。妖狐族のカエデよ」

 ケモミミの少女――カエデは、握手に応じることなく、視線を逸らして囁くような小声で名前を告げた。


 人見知りなのか? ツンデレSだから、こんなもんか?


「まぁ、いいや。カエデまたな!」

 俺はカエデに手を振り、アドリア帝国の首都へ向けて歩みを進める。


「またとかないしっ! ……リク。……けてくれて、……がとう」

 カエデは大きく舌を出すと、最後は消え入る声で何かを呟く。


「ん? 呼んだか?」

「呼んでないわよ! バカ! 変態!」

 おれが振り返ると、罵倒の嵐が飛んでくる。カエデのデレ期は本当に来るのだろうか?


 【神の瞳】の正確性に若干の不安を覚えながら、俺は首都を目指すのであった。

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