第114話 タバレ大佐の実力

「さて、私たちも始めようじゃないか」

「けっ、ふざけやがって」


 ネガンとビリーを除く【荒鷲の翼】の四人との戦いのさなか、タバレ大佐はビリーにそう告げると剣を構えた。

 その構えはネガンやビリーのような達人と比べると素人目に見ても頼りなく。


「おいおい、いくら貴族の劣等生でも酷すぎるだろ? 剣術もまともに習わなかったのか?」


 最初こそ警戒していたビリーも、その姿を見てあからさまに呆れたような表情を浮かべる。


 四人のSクラス冒険者相手に立ち回っているネガンの実力は、先日の模擬戦で知っている。

 そのネガンが互角だったゴブトはビリーに負けた。

 つまりネガンの実力はビリーには劣ると言うことになる。


 もちろんゴブトも一方的にやられたわけでは無い。

 部屋に入る前の様子では互角に近い戦いをしていた。

 現にビリーの体には傷が走り、元々持っていた剣も折られた。

 顔からも疲労の色を感じる。

 今ならネガンであればビリーに負けることは無いだろう。


 もちろんその場合は【荒鷲の翼】のメンバーも同時に相手にしなければならない。

 だから彼らはあえて実力が突出したビリーと他の四人を分散させ戦うことにしたのはわかる。


「剣術ねぇ……確かに私はまともに習わせては貰えなかったが」


 傷と疲労で力は落ちているとはいっても、先ほどまでのビリーの動きを見ればそれほど影響を受けているとは思えない。

 タバレ大佐の実力を僕は知らないが、疲れ果てた敵に止めを刺すという美味しい部分だけえお食べに来たというほどにはビリーの力は落ちていない。


 もしネガンの最初の奇襲でビリーの足や腕の一本でも負傷させていたのなら別だが。

 とてもでは無いが今のビリーであってもタバレ大佐に勝ち目があるとは思えない。


「そもそも剣術って必要なのか?」

「は?」


 しかしそんなタバレ大佐から飛び出したのは予想外の言葉だった。

 剣と剣の戦いで剣術が必要ないわけがない。


「お前、もしかして俺が思っている以上に馬鹿なのか?」


 流石のビリーもタバレ大佐の言葉に目を丸くする。

 多分僕も同じ表情を浮かべていただろう。


「人を馬鹿呼ばわりは感心せんな」

「馬鹿に馬鹿と言って何が悪いんだ? っと、まぁいい。どうやら彼奴らの方が旗色悪そうだしさっさと決めさせて貰うぜ」


 ネガンに腹を蹴られた斧使いが崩れ落ちるのが目に入ったのだろう。

 ビリーはそう言うとタバレ大佐に向かって駆け出し、一瞬で間合いを詰めた。


「死ねっ」


 剣が届く間合いに入ると同時にビリーが剣を、タバレ大佐の胴を狙い横凪に閃かせる。

 上に跳び上がってもしゃがんでも、後ろに下がっても避けられない距離と位置だ。

 ビリーは本気でこの一撃で終わらせるつもりだった。


「こうかな?」


 シュオンッ。


 必殺の一撃が振り切られ、その剣によって断ち切られた数本の金の髪が剣風で舞い上がった。

 そう。

 ビリーの剣が斬ったのはタバレ大佐の胴体でも首でも無く、彼の数本の髪だけだったのだ。


「なっ」


 ビリーは一体何が起こったのかわからないといった驚愕の表情で慌てて後ろへ跳ぶように間合いの外へ逃げる。


「少し髪が伸びていたのを忘れていたな」


 ビリーがにらみつける先で、タバレ大佐は自らの髪を手ぐしで整えている。

 その顔からは緊張感も何も感じられず、ビリーからの攻撃を受ける前と何ら変わらない雰囲気で。


「貴様! なにをしたっ!」


 一方のビリーは、自らの必殺の一撃が躱されたことが信じられないのだろう。

 困惑の色が隠せずに先ほどとは違って油断無く剣を構え問いかけた。


「何を? 君の剣を受け流しただけさ」

「受け流し……」

「そう。受け流しただけだ」


 タバレ大佐は自らの剣をくるりと一回転させながら「こういう風にね」と笑う。

 そうだ。

 僕は見ていた。

 あの一瞬、横凪に迫ったビリーの剣をタバレ大佐が自らの剣で受けようと剣を動かしたのを。

 そして不思議な擦過音を立てながら、タバレ大佐の剣身の上をビリーの剣がまるで氷の上を滑るかのように誘導され大佐の頭上を越え反対側まで回転する剣の動きと共に誘導されるのを。


 実際に見ていた僕にも何が何やらわからなかった。

 常識的に考えてそんなことが出来るわけが無い、だけど実際に目の前でそれは起こったのだ。


 離れてみている僕ですら理解が出来ないのだから、当人であるビリーの混乱は如何ほどだろう。


「あれが彼のユニークスキルですよ」

「ひうっぐっ」


 突然耳元にささやかれるように掛けられた声に僕は思わず悲鳴を上げそうになる。

 しかしその口は男の手によって塞がれた。


「私です。エルダネスですよエイルくん」


 聞こえた声の主はエルダネスだった。

 彼はゆっくりと僕の口から手を離し「あまり人のユニークスキルの話はしちゃいけないからこれ以上は言わないけど」と愉快そうな笑みを浮かべる。


「それよりも」


 エルダネスは僕の手を掴み、その掌に何かを置いた。


「これは……」

「必要だろうと思ってここに来る途中に拾ってきたんだ」


 エルダネスが隙を突いて僕に届けてくれたのは、ビリーに奪われたはずのテイマーバッグだった。



=* お知らせ *=



次話は30日前後を予定しています。


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応援よろしくお願いいたします。


貴族家を放逐されたので冒険者として仲間を育てることにしました~過労死で転生した平凡な男は地獄の辺境へ追放され最高の師匠たちに鍛えられ万能になる~

https://kakuyomu.jp/works/16816700429154573066

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