第112話 死の淵で見た光

「しかしお前ら何してるんだ。Sランク冒険者失格だな」


 【炎雷団】に拘束され、装備までを奪われた仲間を一瞥してビリーは嗤う。

 その顔はとてもじゃないが仲間に向けるものでは無く、完全に馬鹿にした言い方であった。


「ビリーっ」

「助けてよ!」


 しかしそんなビリーの態度に怒るでもなく【荒鷲の翼】のメンバーは押さえつける【炎雷団】の下でもがきながらビリーに助けを求めた。

 対するビリーは「クククッ」と何がおかしいのか笑うと「こんな奴らでも少しは役に立つだろう」と呟き――


「ぐあっ」

「ぎゃあっ」

「ごふうっ」


 入ってきた扉の前から一瞬で移動すると、仲間たちを押さえ込んでいた【炎雷団】を次々と吹き飛ばした。

 もちろん【炎雷団】の面々も簡単にやられたわけでは無い。

 だがビリーの実力は彼らの誰よりも上なのと、人数差もあり油断をしていたのが裏目に出た。

 それでも全員怪我は負ったが命が無事だったのは、ビリーが素手だったおかげだろう。


「ゴブリンに剣が折られてなきゃな。とりあえずこいつはいただいて置くぜ」


 どうやらゴブトとの戦いで剣を失っていたらしいビリーは、足下に転がる【炎雷団】の一人が落とした剣を足先で器用に蹴り上げてつかみ取る。

 落ちぶれたりとはいえ元Aランクパーティ冒険者の剣だ。

 そんじょそこらのなまくらではないのは見ればわかる。


「さてと」


 ビリーは剣先をその場に要る一人一人に順番に向けながら唇をなめる。

 彼の実力は、あのゴブトを倒したことと【炎雷団】の面々を素手で弾き飛ばしたことで誰もが理解していた。

 だからその場で動けたのは解放された【荒鷲の翼】のメンバーだけしかいない。


 俺は血だらけでピクリと妄語か無いゴブトに視線を向ける。

 どうやらまだ命はあるようで、かすかに胸が上下しているのがわかってホッとする。

 しかし今すぐに駆け寄って回復しないと危険なのは変わらない。


「おっと、動くんじゃねぇぞゴブリンテイマーの小僧」


 ビリーが反対を向いている間にゴブトへ近づこうと僕が一歩足を進めた。

 だが彼は後ろに目がついているのか気配を読んだのか、こちらを向かずにそう言い放つ。


「他の奴らも一歩でも動いたら殺す」


 言葉と同時に本気の殺気がビリーから放たれた。

 その場にいた兵士も王もエルダネスもニックスも……そしてシャリスも誰もが顔を青くさせる。

 それほどの殺気だった。


 【炎雷団】のメンバーも【荒鷲の翼】によって先ほどとは逆に装備を奪われてしまっている。

 元々の実力でも【荒鷲の翼】の方が上、さらに装備も無い状態では戦っても結果は火を見るより明らかだろう。


「それでビリー、これからどうすんだい?」


 【荒鷲の翼】の一人であるシーナが問いかける。


「そうだな。王家を乗っ取るって計画はもう無理だろうし、もう一つの計画に切り替えるしかねぇだろ」

「それじゃあ全員?」

「いや、姫さんだけは残せって言われてるからそれ以外だな」


 ビリーたちはその場に要る全員が聞こえるような声で話を続ける。

 それは今更誰に聞かれようとも気にしないということだろう。

 なぜなら彼らの話している内容は姫――シャリスを除く全ての人たちを今、この場で殺すというものだったからだ。


 死人に口なし。


 生かしたシャリスはどうなるかわからないが、王家を含んだ国の上層部が全て殺されたとなればこの国は大混乱となるだろう。

 そしてティレルはその機に乗じて何かとてつもないことをしかけてくるに違いない。

 このまま座していても殺されるだけだ。

 なんとかしないと。


「……」


 僕は誰にも気付かれないようにテイマーバッグに意識を集中させようと手を動かそうとし――


「っと、危ない危ない」


 気がつくとその手はビリーの血にまみれた掌に捕まれていた。


「なっ」


 ビリーはそのまま空いてる方の手で剣を振るう。

 殺されると思わず目を瞑る――が、痛みはやってこない。

 からり二僕の腰から僅かな重みが消えた。


「俺はこんなもんは要らねぇんだがな。客がどうしても欲しいって言うんでな」


 ビリーが手にしているのはさっきまで僕の腰についていたテイマーバッグだ。

 客とはきっとティレルのことだろう。

 僕にしか使えないテイマーバッグを奪ってなにをするつもりなのかはわからないけど。


「かえせっ!」


 僕は思わずビリーの手に掴まれたテイマーバッグに手を伸ばし叫ぶ。

 すると彼は馬鹿にするように笑いながら一歩後ろに下がり、簡単に僕の手は空を切った。


「お前のゴブリンは中々強かったがよ。ご主人様はてんで弱くて話になんねぇなっと」


 ドガッ。

 次の瞬間、僕の腹に強い衝撃が走ったかと思うと背後の壁に体ごと叩き付けられた。

 蹴られたのだ

 肺の空気が一瞬で全て吐き出され意識が飛びかけるのを慌てて咳き込みながら引き留める。


 だがそんなことは意味の無いことだった。

 ゆっくりと剣を右手に、テイマーバッグを左手にぶら下げたビリーが狂気じみた嗤いを浮かべて僕の方へ歩いてくる。

 一瞬で間合いを詰められるはずの彼がゆっくりと。

 一歩一歩。

 それは僕に恐怖を与えるためなのか、ただたんに遊んでいるだけなのか。


「くうっ。げほっ」


 腹から伝わってくる激痛と、咳と共に口から飛ぶ血糊。

 内蔵のどこかが傷ついているのかもしれない。

 意識は保っているが力が入らない。

 立ち上がれない。


 逃げなければと心が警鐘を鳴らす。

 だけど動けない。


 咳き込みながら僕は目の前までやってきたビリーが緩慢な動きで振りかぶった剣を目で追うことしか出来ない。


「……っ」


 ビリーの口が「最初に死ぬのはお前にして置いてやる。あばよ」と動くのが目に入った。

 剣先がビリーの頭の後ろから大きく前に向かって動き出し――


「あっ」


 そのときの僕の目に浮かんでいたものを彼はどう捉えただろうか。

 まっすぐに僕の頭に振り下ろされ書けていた剣の軌道が突然後ろへあり得ない動きで引き戻される。

 それと同時に――


 ガギンッ!?


 僕の目の前で激しい火花が散った。


「ちっ」


 火花と共に僕から離れるように後方へ跳んだビリーの口から舌打ちが漏れる。

 その足下に真っ二つに折れた剣が転がった。

 ビリーの剣が斬ったのではない。 


「やぁ、エイルくん。間に合ったようだね」


 その声は先ほどビリーが入ってきてからずっと開けっぱなしだった扉の方から聞こえ。

 痛む腹を押さえながら僕はその扉に視線を動かす。


 差し込む逆光に浮かぶその姿は、今この王都には居ないはずの――


「ネガン……さん」


 王国軍第13連隊指揮官補佐ネガン・スソードだった。


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