第111話 王は知る

 王の前で跪き言葉を待つ。

 これはルーリさんとギルマスに教え込まれた礼儀作法で、本当なら叙勲式で使うつもりだったのだが……。


「お主は?」

「僕は冒険者のエイルでございまっず」

「まっず?」

「すみません、エイルです王様」


 緊張のあまり思わず噛んでしまったが、王の声を聞く限り怒ってはいないようだ。

 ルーリさんからも王は気難しい方では無いと聞いている。

 しかし王の側近の貴族は口うるさいらしく、ギルマスも不機嫌そうにその話をしていた。

 だけど今、その口うるさい側近の貴族たちは全員が炎雷団を含め、洗脳が解けた近衛たちによって取り押さえられている。


「お父様、彼が例の『ゴブリンテイマー』よ」

「ほほう。お主が辺境の暴動鎮圧で功績を挙げたという男か」


 シャリスが補足するように付け足す。

 どうやら『ゴブリンテイマー』という名前は王の耳にも届いていたらしい。

 一緒に僕の名前は伝わってなかったようだけども。


 しかしそれよりも僕は王の言葉に違和感を覚えて、俯いていた顔を上げると王に向かって問いかけた。


「王様。今、暴動鎮圧と申しましたか?」

「お主が辺境で起こった暴動を鎮圧した時居ておったのだが、もしかして別の者なのか?」

「いえ、そこではなく。僕が……僕とタスカ領の皆が相手をしたのは暴動ではありません」


 その言葉に王は訝しげな表情を浮かべた後「詳しく聞かせて貰おう」と僕の目を真剣な表情で見る。

 同じく、父親に甘えるような格好だったシャリスの顔にも真剣な色が浮かぶ。

 僕の声音から大事なことを話そうとしていることを感じたのだろう。


「僕たちが戦った相手は【ダスカス公国軍】ですが」

「だ、ダスカス公国だと」

「そんな……だって、私はダスカスの皇太子と婚約を」

「馬鹿な。ダスカス公国は過去はともかく今は友好国だぞ。ありえないっ」


 ダスカス公国の名前を出したと同時に、王とシャリス、そして彼女の兄である王子が驚きの声を上げた。

 しかし驚いたのは僕も一緒だ。


「もしかしてご存じなかったのですか?」

「いや、初耳だ。いったいどういうことだ宰相!」


 驚きの表情を浮かべたまま、王は近衛兵に捕らえられている老貴族に問いかける。

 だが、宰相と呼ばれた男が口を開く前に、僕の横に一人の男がやってくると口を開いた。


「王様、私が説明しましょう」

「エルダネスか。お主は知っておったのか?」

「ええ。といっても私も最近までは貴族たちの情報統制のせいで正確な情報は手にできていませんでしたが」


 エルダネスは、そのまま言葉を続けた。


「しかし我が友であるシブーノ=タバレと、ここに居る辺境の英雄エイルのおかげで大体のことは理解しました」

「であるなら何故早く我の元にそのことを知らせに来なかったのだ」

「私は何度か王への謁見をお願いしたのですが」


 エルダネスはその視線を宰相や貴族たちに一瞬向ける。


「その度に王の多忙を理由に断られましてね」


 エルダネスは今一度王に顔を向けると「それではお話ししてもよろしいですか?」と断りを入れてから語り出した。

 その内容は僕が彼に教えた辺境で起こった出来事、そしてアナザーギルドやティレルの存在。

 貴族たちの行動に関するタバレ大佐の情報などが語られていく。

 彼の話が進む中、本当に初耳だったのであろう王家の人々の顔が驚愕と共に青ざめていく。


 友好国として娘の嫁ぎ先にもなっていたダスカス公国の侵略。

 そのような重大な事柄が国を治める王には一切報告されていなかったことは、横で聞いていた僕にとっても驚きだった。


 しかしそれがこの長く平和が続いていた王国の問題点だったのだ。

 平和な世の中で、王は常に王城で臣下からの報告でしか国で何が起こっているかわからない。

 今回のようにその情報を臣下が歪めて王に伝え、若しくは重大な案件を伝えなければ王は何も知らず平和だと勘違いして職務を行うしか無い。

 これが戦時下や周りの情勢が不安定な時代であるなら王も自らの目や耳で情報を集めていただろう。

 だが、この国は長い平和に慣れすぎていた。


「以上が私の知る限り今この国で起こっていることです」

「まさか……ダスカス公国がこの国を乗っ取ろうと長きにわたって暗躍していたなどと……」

「お父様っ」

「あなた」

「父上っ」


 驚愕の事実に一瞬ふらついた王は、そのままドサリと王座に腰掛ける。

 慌てて王妃たちが声を掛ける。

 だがその三人の声にも動揺の色が隠しきれずに居た。


「わ、私は操られていたんだっ!」


 その時だった。

 近衛によって獲られられたままの宰相が突然大声を上げた。


「私は悪くない! 全て、全てあの男と【荒鷲】の奴らが仕組んだことなんだっ」


 激しく暴れながら叫ぶ宰相だが、ゴファルによる解呪魔法スペルブレイクが発動した後に彼は【炎雷団】に向けて侵入者である僕たちを排除しろと支持していたのを知っている。

 洗脳が解けた近衛がそれを見て彼を押さえ込んだのだから間違いない。

 つまり宰相は操られていた訳ではなく、【荒鷲の翼】と同じように自らの意思でこの計画に加わっていたと言うことだ。

 

「おいおい、それは無いんじゃないかい。宰相さんよぉ」


 皆が呆れた表情で暴れる宰相の様子を見ていたとき、そんな声が部屋の入り口から聞こえた。

 僕は慌てて後ろを振り返ると息を飲む。


「……ビリーさん」

「結構手こずっちまったよ」


 そこには体中に傷を負った【荒鷲の翼】のリーダーであり、部屋の外でゴブトと戦っているはずのビリーの姿と――


 ドサッ。


「ゴブト!」

「こいつは返しておくぜ」


 ビリーによって投げ捨てられた血まみれでボロボロになり、片手を失ったゴブトの姿があった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る