第108話 戦闘狂共と冷静な姫

 初手。

 ビリーは間合いを詰めると体格の劣るゴブトに大上段から長剣を勢いよく振り下ろす。


 ガインッ!


 しかしゴブトもゴブリンオーガに進化したおかげで、見かけ以上に力は増している。

 タバレ大佐の部下である戦闘狂、ネガンとの模擬戦のおかげで剣術も一段上のレベルまで上がっていた。


「そのゴブリンらしからぬガタイは見かけ倒しじゃ無かったようだな」


 そう言いながらビリーはゴブトの追い打ちを避けつつ、間合いの外へ下がる。

 獲物の長さはゴブトに比べるとビリーの長剣の方が一回りは長い。


「じゃあこういうのはどうかな」


 その長い間合いから、さらに腕を突き出すようにして剣の切っ先がゴブトを襲う。


『ゴブッ!』


 カインッ。


 思ったより軽い音と共にビリーの剣の切っ先がゴブトの左手に持つ剣によって反らされる。

 同時にゴブトは右肩から前に大きく踏み出し、間合いの差を補うようにして同じように右手の剣を突き出した。


「おっと」


 しかしその切っ先はビリーの前髪を僅かばかりかすめただけであった。

 なぜならビリーは自らの剣が弾かれるのをわかっていて、そのままゴブトの脇へ回り込むように動いていたからである。


『ゴッ!?』

「駆け引きってもんがまだ出来てねぇな」


 その言葉と共に一度弾かれた刃が横薙ぎにゴブトを襲う。

 だがゴブトも負けては居なかった。


「すげぇあいつ」

「ネガンさんとの模擬戦が確実に生きてるっ」


 攻撃を避けられたことに一瞬の躊躇も無く、自らの剣に引っ張られるままゴブトは前に飛ぶようにして転がった。

 その頭上をビリーの長剣が通り過ぎていく。


「これも避けるか。ははっ、想像以上にやるなゴブリン」


 そして二人はその位置を最初とは逆にして間合いを取る。

 少し場所は僕たちがいる場所から離れてしまったが、息づかいまで聞こえてくるようで。

 二人の緊張感が感じられた。


 僕が見る限り僅かにビリーのほうが余裕があるように感じる。

 だが、笑いながらもその額には最初には無かった汗が浮かんでいて。


『ゴブゥ』


 同じくゴブトの顔にも汗と同時にネガンと戦った時を思い出す戦闘狂らしい歪んだ笑みが浮かぶ。

 この二人は同類だ。

 そう思えてならない。


「ねぇエイル」


 一瞬でも目を離せない攻防に集中し、その声が僕の耳を通り過ぎる。

 それに声の主は怒ったのだろう。


 ゴチン!!


「痛っ!?」


 突然脳天にゲンコツを落とされ、僕はその犯人を確かめるため振り返った。

 そこには眉を怒らせたお姫様がしてはいけない表情をしたシャリスが仁王立ちしていて。


「貴方たち、ここに来た意味覚えてるわよね?」

「えっ、そりゃビリーさんを倒して王の間へ入るためですよね?」

「何を言ってるのかしら?」

「へ?」

「アレを見なさいよ」


 僕たちはシャリスの指さす方向に目を向けた。


 ゴブトとビリーの二人が激しく剣戟を交わすその横。

 徐々に僕らから離れていく二人は全く気がついていないのだろう。


「ほら、今なら王の間に入れるわよ」


 シャリスの言うとおりだった。

 先ほどまで前に立って僕たちの侵入を塞いでいたビリーがいなくなった扉は完全に無防備で、僕らの位置から走ればビリーが気付くより早く中に飛び込めそうだった。

 

「あ、本当だ」

「あのビリーとかいう冒険者。完全にゴブトくんとの死合いに夢中で自分の職務を忘れてますね」

「馬鹿なのか? これだから脳筋馬鹿は……」


 呆れたような声を上げる一同にシャリスは呆れたように「貴方たちも十分馬鹿よ。これだから男ってのは」とブツブツと文句を言った。

 そしてもう一度扉を指さすと僕たち三人に向けてこう言い放ったのだった。


「さぁ、貴方たち。お父さんたちを助けに行くわよ!」

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