第104話 シャリスと使者と

「そろそろ王の間へ続く階段がある中央棟に付きますよ」

「はぁはぁ……王城って広いんですね。前は一部分しか見てなかったんで知りませんでした」

「そりゃ王様が住んでいるだけじゃ無くて、近衛兵や使用人、厨房も何個もあって舞踏会をする場所や会議をする場所もあるんだからな」

「そして僕のいた地下牢はその一番端っこ……」


 当たり前だが、要人や貴人が主に出入りしたり使う場所に地下牢への入り口なんか有るわけは無い。

 なので、必然と牢は王城の一番端っこに作られていた。


「誰か居ますね」


 王城の中央部に近づいた所で、エルダネスはそう言って速度を落とす。

 そして壁に張り付くようにして進み始めた。


 どうやらこの先に誰かがいるらしく、僕とニックスもエルダネスに習って壁に張り付きながら進んだ。

 そうして暫く進むと、なにやら人が争うような声が聞こえてきて。


「この声は」

「ええ、シャリス姫様のようですね」


 言い争いをしている片方はシャリスだとして、相手は誰なのか。

 僕たちは近くまで行くと、そっと見つからないように様子をうかがった。


「あいつは、前に王城の前で見たことがある」

「たしか彼がダスカス公国からの使者のはずです。しかし、あの女の姿が見えませんね」


 あの女。

 ティレルが化けている使者の護衛のことだ。


 使者の近くには何人かの男と兵士らしき姿が見える。

 だがその中にティレルの姿は無い。


「やはり王の間でしょうか」

「そうでしょうね」


 それにしても妙だ。

 シャリスが言い争っている相手はダスカス公国の使者で、つまるところティレルの仲間のはずだ。

 なのにティレルに洗脳されているシャリスと争うなんて可笑しな話である。


「どうやらシャリス姫がダスカス公国に連れて行かれるのを嫌がっているようですね」

「ダスカス公国に?」

「ええ、たしかダスカス公国の皇太子と婚約が決まっていたはずなので、そこへ避難させると使者は言ってますね」


 僕には言い争いの内容まで聞き取れなかったが、エルダネスには聞こえているらしい。

 耳が良いのか、もしかすると変な魔道具でも使っているのかも知れない。


「おや……。エイル君、あの使者の男のお尻の辺りを見てください」

「何処ですか?」


 僕はエルダネスの頭の下から顔を出すと、彼が指さす先に目をこらす。


「ちょうど真後ろに何かぶら下がっているでしょう?」

「たしかに何かぶら下がって――あっ、あれはあの時ハーゲイとかいう奴が持っていた」

「ええ、テイマーバッグを封印した袋に間違い有りません」


 シャリスと言い争い、少し熱くなっているせいだろう。

 使者の男の動きに合わせて彼の後ろの袋がゆらゆら揺れている。


「あれさえ取り戻せればどうにでも出来るのに」

「それじゃあ取り返しましょう」

「えっ」

「あの袋の中からテイマーバッグを出せばすぐにエイル君はゴブリンたちを呼び出せるのでしょう?」


 エルダネスの言葉に僕は頷きで帰す。


「だったら、あの男から奪って中からバッグを取り出しますので、すぐにゴブリンの召喚をお願いしますね」

「でも周りに兵もいますし、難しいと思いますが」

「そうですか? でも私はお二人と違って『王城にいてもおかしくない人物』なのですよ」


 エルダネスはそう言って何かを企むような笑みを浮かべると、ゆっくりと立ち上がって隠れていた物陰から、さも今廊下の奥からやって来たように出て行くと、言い争う二人に向かって歩きだした。


「……大丈夫かな?」

「大丈夫だろ。あのオッサン、こういうこと得意そうだしな」

「たしかに。それに他に方法も無い以上、エルダネスさんに任せるしか無いね」


 僕とニックスはエルダネスの背を見送りながら、彼がテイマーバッグを取り戻す瞬間を待つことにした。


「おい、お前」


 少しして言い争っていた二人の近くに居た兵士が、まず近寄ってくるエルダネスに気がついた。


「おやおや。これはシャリス姫ではありませんか。何か言い争っていらっしゃったようですが、何かありましたか?」

「エルダネスじゃない。あなた図書館は大丈夫なの?」


 兵士の言葉を無視して語りかけたエルダネスに、シャリスは僅かに眉をひそめつつそう尋ねた。


「大丈夫とは?」

「さっきから王都で連続爆破騒ぎが起こっているって聞いたからよ」

「ああ、それなら大丈夫ですよ。なんせあの旧図書館ですからね。族が簡単になにかできるような所じゃ有りませんし」


 そこでエルダネスは何故か突然話題を変更した。


「ところでシャリス様はご存じですか? 私の『部屋』は、中に入ると全ての『悪いこと』が消えるんですよ」

「……ええ、知ってるわ。そうね、それなら爆弾魔も入れるわけないわね」

「おい、お前たち一体何を話して――」


 一人、話に取り残されたダスカス公国の使者が、エルダネスに向かいそう尋ねた。

 その顔に胡散臭い者を見るような表情が浮かんでいるのは仕方が無いことだろう。


「ああ、あなたはたしかダスカス公国の……。お初にお目に掛かります。私、この王国最古の図書館の館長を任されているエルダネスと申す者です」


 エルダネスの自己紹介を聞いて、使者はさらに怪訝な表情を深めた。


「その図書館館長が何故こんな所にいる?」

「ああ、ダスカス公国の方でしたらご存じないのも仕方有りませんね」


 エルダネスはそう言って笑いかけながら使者に近づいていく。

 そのまま腰の袋を奪うつもりなのだろう。


「この国では旧図書館は特別な存在でしてね。なんせ建国と同時に造られたもので――」


 あと数歩近づけばてが届く。


「その館長に選ばれた者には定期的に王への報告義務がありまして」


 あと二歩。


「ですので、私はいつも定期的にこの王城を訪れているのです」


 一歩。


「そ、そうなのか。だが――」


 最後の一歩をエルダネスが踏み出そうとした瞬間だった。


「お前たち、こいつを捕らえろ!」


 突然使者が身を翻してエルダネスから離れると、そう叫んだのだった。

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