第五章 王都騒乱

第103話 王都騒乱

「っ! なんだ今のは」

「爆発? 一体どこから」


 最初の轟音のあとも何度も小さな爆発音が聞こえる。

 だが今地下牢を出れば見つかる可能性が高い。


「とりあえず一度大聖堂に戻ってからだ!」


 ニックスの声にハッとなった僕とエルダネスは、隠し通路に急いだ。

 隠し通路への入り口は、牢屋の並ぶ廊下の一番奥の壁に巧妙に隠されているらしい。


 しかし先行したニックスが、既に壁にたどり着いているというのに入り口が開く様子が無い。


「ニックス、どうしたんだ」

「それが、どれだけやっても開かないんだよ!」

「私に変わってください」

「オッサン任せた」

「私はオッサンでは……そんな場合ではありませんね」


 ニックスに変わってエルダネスが何やら壁の隙間の何カ所かに棒を差し込み。

 それから壁に両手をついて押し始めた。


「むむむむむっ」


 見る限りかなりの力で押しているようなのだが、目前の壁には全く変化が見られなかった。

 どうやら隠し通路の入り口が開かなくなってしまったようだ。


「はぁはぁ……これはダメですね。さっきの振動で歪んでしまったのか仕掛けが壊れたのか」

「そんな……僕はすぐに帰るんだから開けっぱなしにしとこうって言ったのにオッサンが一応閉めておこうって言うから!」

「もし途中で見張りが帰ってきた時に、隠し通路を見られたら困るでしょう?」

「その時は見張りを倒しちまえば良かったんだよ」


 握りこぶしを作って見せつけるようにそう喚くニックスに、エルダネスは皮肉そうな笑顔を向けて答えた。


「私もあなたも冒険者や兵士を相手にして勝てると思いますか?」

「……思わないけど」

「でしょう? 私もあなたも頭脳労働派ですからね。せめてシーブノでも王都に居れば協力を頼めたのですが」


 とにかくこんなことを牢の奥で言い合っていても埒があかない。

 それどころかいつ見張りが帰ってくるかもわからない今、あの爆発音で上が混乱してることを期待して牢を出るしか無い。

 三人で話し合って結論を出した僕らは、すぐに行動を起した。


「もう肩は貸して貰わなくても良いですよ」

「そうかい?」

「ええ。なんとか力が戻ってきました」

「僕が聖女の力を使ったんだから当たり前だろ」


 そんな話をしながら僕たちは出来るだけ急いで牢の出口へ向かった。

 地下牢から階段を上った先に見張りの詰め所があった。

 だがやはりそこにも誰も居ない。


「いったいここの警備はどうなってるんだ」

「多分ティレルが操ったり仲間にしている連中の数は、思ったより多くないんじゃないかな」

「ふむ。人手不足で、死にかけの君がいるだけの牢に何人も人を割くわけに行かなかったということだね」

「はい。それと、多分さっきの爆発でその数少ない見張りもどこかへ行ったんだと思います」


 僕らが階段を上りきった先。

 そこには本来なら地下牢へ入るための扉が厳重に閉められていたはずだった。

 だが、よほど慌てたらしく詰め所にいたであろう見張りが鍵も掛けずに飛び出していったようだ。


「扉はちゃんと閉めておかないとだめだろうに」


 少し隙間が開いた扉をニックスがゆっくりと外の様子をうかがいながら押し開く。


「本当に誰も居ないぞ」

「それは僥倖」


 僕たちは一気に地下牢の扉から外に出ると、ちゃんと扉を閉めてから薄暗い廊下を進んでいく。

 道順は王城に何度も来ている上に、設計図を知っているエルダネスが迷い無く指し示す。


 途中、なんどか慌てて走って行く兵士をやり過ごしながら彼らの会話を盗み聞きした。

 おかげで外で今何が起こっているかを僅かではあるが把握することが出来た。


「暴動なんて嘘だろ」

「王都の何カ所かで同時に爆弾テロ……なるほど、あの爆発音はそれでしたか」

「僕が王都に来てから色々な所を廻ったけど、暴動が起きそうな気配なんて全然なかったですよ」


 ギルドに寄った時も、不穏な話は聞いてない。

 いや、心当たりはある。


 アナザーギルドとティレルだ。


 奴らならこんな騒ぎを起すことは可能だ。

 でもどうして今、そんな騒ぎを王都で起すのか。


「隠れて!」


 エルダネスの小さな声に、僕たちは身を潜める。

 直後、兵士の一団が武装をしてどこかへ走り去っていく。


「どうやら暴動を鎮圧しに出撃したようですね」

「王城を守る兵がですか?」

「ええ、普通はあり得ないことですが……まさか、彼らの狙いは」


 エルダネスは立ち上がると物陰から飛び出し走り出す。

 慌てて僕とニックスも彼を追う。


「まさかティレルの狙いって、この王城を制圧することですか?」


 走りながら思いついたことを口にした僕に、エルダネスは振り返らずに答えた。


「そうです。そしてこの騒ぎが落ち着く前に、王家の人々を捕らえるか殺すかしてこの国を乗っ取るつもりかも知れません」

「殺……じゃあシャリスが危ないってことですか!」

「多分彼女は殺されるにしても最後か、若しくは傀儡の王にされる可能性もあります」

「どうしてだよ」

「彼女は私と同じくティレルによって【洗脳】されているからですよ」


 エルダネスの話をまとめるとこういうことになる。

 他の王族をクーデター派に殺害されたことにして表舞台から消し去り、クーデターを鎮圧したことにして生き残ったシャリスを傀儡にしてティレルの協力者がこの国を手中にするという計画だろうと。


 では誰がその新しい国を治めるのか。

 それは宰相を始めとする一部の上位貴族だ。


 エルダネスが受け取ったタバレ大佐の手紙には、最近怪しい動きをしている王国の宰相や上位貴族のことが書かれていたという。

 タバレ大佐はクーデターの可能性をエイルから話を聞いて考えた。

 そしてその不安が現実にならないようにエルダネスに調査と対処をしてくれるようにと手紙には書いてあったという。


「こんなに早く動くとは思わず、結局間に合いませんでしたが。私にもっと力があればとこんなに思ったことはありませんよっ」


 エルダネスは王城の長い廊下を走りながら、彼にしては珍しく悔しそうにそう吐き捨てたのだった。

 

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