第102話 ゴブリンテイマー、脱出する

「それじゃあティレル=タスカーエン。そいつが裏で暗躍してるやつらの親玉ってこと?」


 ニックスの問いかけに、僕は首を振って否定する。

 なぜならティレルの裏にはもうひとり、彼を見出して操っている存在がいるからだ。

 だけど、それが一体何者なのかはわからない。

 ダスカス公国にいる人物という可能性は高いとは思っているけれど。


「ティレルは誰かの命令を受けて動いているって前に言ってたから、本当の親玉はその人物だと思う」

「そいつが誰なのかはわかってるのかい?」

「いいえ、まったく」

「じゃあティレルとかいう女を捕まえて吐かせれば良いんだな」


 聖女を目指しているとは思えない発言をするニックスに、僕は苦笑いを浮かべる。


「いや、ニックス。ティレルは『男』だよ。それも僕たちより少し上くらいのね」

「ええっ! でもエルダネスさんは美女だったって」

「確かに美女でしたが」

「僕の所に来た時も女性の姿だったけど、あれは幻覚スキルを使った擬態だよ」


 タスカ領の領主館でもティレルは領主に擬態していた。

 きっと彼は何種類もの顔を持って、様々な所で暗躍しているに違いない。

 今回はダスカス公国の使者の護衛と入れ替わったかしたのだろう。


 だとすると本物は既に殺されているか、どこかに幽閉されてでも要るに違いない。

 でもそのことを証明するのはむずかしい。


「とにかくティレルはエルダネスさんや姫に使ったようにスキルを使って色々な人を操っている可能性があるんだ」

「ふむ。だけどエイル君。ティレルとやらにそんな力があるなら、さっさと君を含めて邪魔になる人間を全員洗脳した方が速くないかい?」


 確かにその通りだ。

 彼の力は強力で、普通に考えればそれくらいは可能に思える。

 だけどそれをしない……いや、出来ないのには理由があるはずだ。


「多分ですが、彼のスキルにも何らかの発動条件や限界があるんだと思います」

「ほう。確かに私の知る限りでも、ユニークスキルというのは色々制限があるからね。君も【ゴブリン以外は】テイム出来ないという制限があるよね」

「エルダネスさんの力もですよね」


 小さく頷くエルダネスさんの横で、ニックスが何故かどや顔をしていた。


「なんだよニックス」

「ふふーん。僕の聖なる力は制限なんて無いんだぞ! 凄いだろ」

「聖なる力って、あの凄い回復魔法のこと?」

「そうだよ。死んでさえいなければ、どんな傷も治すことが出来る聖女の力さ」


 たしかに死にかけでボロボロだった僕の体も、すぐに元のように回復してくれた。

 あの力はユニークスキルだったのか。


 しかも彼の言葉を信じるなら、その力は何度でも使えるという。

 それが本当ならとんでもないユニークスキルだが。


「嘘をつかないでくださいニックスくん」

「えっ」

「嘘なんですか?」


 エルダネスは頷くと大聖堂でファレアから聞いたという話を口にした。


「君、その【聖なる力】を使いすぎると何日か目覚めなくなるらしいじゃ無いか」

「……それはあれだ。ただ単に寝不足だったから」

「嘘はいけないな。私はファレア様に頼まれているんだ。君がその力をむやみやたらに使わないように注意していてくれとね」


 ファレアがエルダネスに伝えたことによると、ニックスがかつて王都で起こった大事故の現場に居合わせた時、そのけが人を十人以上治療したのだそうだ。

 感謝され聖女の再来だともてはやされたニックスは、しかし翌日から十日以上も眠り続け、一度も目覚めなかったという。


「あの時は君が死んでしまうと思ってファレア様はとても心配なされたらしいですよ」

「十日以上って。今日のことは大丈夫なの?」

「一人の傷を治すくらいなら普通の睡眠時間で問題ないらしいのですがね。二人、三人と増えていくとその分昏睡時間が長引くと」


 僕はニックスを見て「そんなあぶない力を使ってくれたのか……ありがとう」と改めて感謝を述べた。


「今日のことはサービスだ。お前が死ぬようなことになったら、ルーリ姉ちゃんも悲しむからしかたなく来てやったんだ」


 そう答えてそっぽを向くニックスに、僕とエルダネスは肩をすくめると、話をティレルのことに戻した。


「となるとやっぱりティレルの力にも制限があるってことで間違いないってことですね」

「どんな制限かわからなければ対処のしようが無いけれど、少なくとも無差別に使われる事は無いというだけでもマシかな」


 僕はそんな話をしながらゆっくりと体を動かしてみる。

 やっと栄養が回り始めたのか、ボロボロだった体が治ったことを認識できたのか、立ち上がることが出来るまで回復したようだ。


「こんな所で長話してたら【炎雷団】の連中がやってくるかもしれません。一旦外に出ませんか?」

「そうだね。でも、僕たちがこの牢に侵入しようとした時、外には誰もいなかったんだ」

「誰もいない?」

「だから最初は君がここに閉じ込められてるって情報は嘘で、罠なんじゃ無いかって思ったんだけど」


 でも僕はここにいた。

 その情報をエルダネスに伝えたのは誰なのかは気になるが、それ以上にあれほど僕を憎んで常に監視していたはずの【炎雷団】の姿が無いという話の方がもっと気になった。

 嫌な予感がする。


「とにかく外に出ましょう」

「じゃあ僕たちが入ってきた隠し通路から一旦町へ向かうぞ」

「隠し通路?」


 両肩をニックスとエルダネスに抱えられながら、僕はその言葉が気になって尋ねる。


「王城って所は、もし何かあった時に王族や重鎮が逃げ出せるようにいろんな所に隠し通路があるんだよ」

「まぁ、その場所を知ってる人はほとんど居ないのですが。今回私たちが入ってきたのは大聖堂にある入り口から、と言えば誰に聞いたかわかりますよね」

「ファレア……様?」


 二人は大きく頷くと、何故かニックスが得意げに話し出す。


「本来なら絶対に漏らしてはいけない秘密の通路のことを、なぜかこのオッサンが知ってららしくてな」

「ははっ。オッサンは止めてくださいと言ったでしょう? まぁ、あの図書館の館長をやっているとね、昔あの王城を建設した頃の資料なんかも隠し部屋にあったりするのですよ」

「それで突然乗り込んできて、ファレア様を問い詰めだしたんだよ。あの時は本当にぶん殴ってやろうと思ったぜ」

「すみません。急いでいたものですから。まぁおかげで危ない所でエイル君を助けることが出来たわけですし」


 僕は二人の話を聞きながら、大聖堂にたどり着いたらファレアにお礼を言わないとなと考え――


 しかしそれは牢を出て隠し通路に向かう途中、突然響き渡った激しい爆発音によって叶わぬこととなったのであった。



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