第101話 ゴブリンテイマー、救出される

「――……くん。……ルくん。生きてますか?」


 幾日経っただろう。

 牢に死刑囚として彫り込まれ、意味の無い拷問という名の暴力を受け続け。

 僕の意識は現実と夢の狭間を彷徨っていた。


「これは酷い……あいつら、これじゃあ処刑の前に死んじゃうだろうが」

「治せるかな?」

「僕を誰だと思っているんだい?」


 遠く。

 どこか遠い所から二人の男の声がする。


「う……あ……」


 体に流れ込んでくる温かな何か。

 それと同時に、暗闇の中に光が差し込む。


 僕の目は既に潰れていて、何も見えなかったはずなのに、その光はどんどん大きくなっていって。

 やがて頭の中が光で真っ白になって。


「凄いね君」

「だろ? とりあえず体はこれで大丈夫だ。あとは――」

「エイル君自身の力に期待するしか無い……ってことかな」


 ああ。

 暖かい光。

 もうずっと冷たい牢の石の缶力と痛みしか感じていなかったのに。


「あああっ」


 僕はその光が差し込む先へ。

 声が聞こえる世界へ手を伸ばした。


「オッサン、エイルの目が」

「私はまだオッサンと呼ばれるような歳じゃないですよ。まだ二十代なんですから」

「いや、十分オッサンだろ。そんなことより」


 騒がしいそんな声に、僕はゆっくり目を開く。

 ぼやけた目の焦点がゆっくりと合って、牢屋の天井が目に入る。


 ああ、僕はまだ牢屋の中で生きているのか。

 最初に思ったのはそんなことだった。


「おい! エイル!」

「エイルくん。私たちが見えてますか?」


 だけどすぐにそんな声と共に、牢屋の天井が視界から消えた。

 代わりに僕の視界は二人の男の顔で塞がれて。


「おっ、こっちを見たね」

「意識は戻ったみたいだ。おいエイル、僕の格好いい顔がわかるか?」


 見知ったその二人の顔を見て心底安心した僕は、そんな二人に弱みを見せたくなくて。


「……最初に見るならルーリさんかシャリス姫だったら良かったのに……」


 そう口にしてから、微妙な表情を浮かべた二人に向かって精一杯笑って見せたのだった。



「ゆっくり飲むんだ。体は治っても体力は落ちてるはずだからね」


 僕はエルダネスに貰った謎の流動食をゆっくり飲んでいく。

 何日も空っぽだった胃の中に染み渡る感覚が心地よい。


 ニックスの回復魔法によって、拷問でボロボロになっていた僕の体はすっかり元に戻っていた。

 ほとんど死に体だった状態からここまで回復させるニックスの力に、僕だけで無く連れてきたエルダネスも驚いていたようで。


「ニックス君が図書館に飛び込んできた時は半信半疑だったんだけどね」

「僕は次代の大聖女になる男だって言ったのに、このオッサンはなかなか信じてくれなくてさ」

「オッサンじゃありません。エルダネスさんと呼びなさい」


 なかなか進まない二人の話をまとめるとこういうことらしい。


 僕がティレルの手先に牢へ連れられたあと、シャリス姫とエルダネスは例のダスカス公国の使者の前に連れて行かれたのだそうだ。

 そしてそこに居たのは使者だけでは無かった。


「ティレル……多分エルダネスさんが見た姿はダスカス公国の軍服を来た美女だったと思いますが」

「そうだね。なんだか使者よりも偉そうな女性だったよ。かなりの美人さんだったけど私だったらお付き合いは遠慮したいタイプの」


 その美女……ティレルは二人の前までやってくると、まずシャリス姫の顔を見つめた。

 すると、それまで僕のこともあってか女を睨み付けていた目から、スッと光が失われたという。

 そして、次にエルダネスの目の前にやってきた女性は、同じように彼の瞳を覗き込むように見つめて――


「そこで意識をなくしちゃったんだよね」

「多分ティレルの洗脳スキルだと思います……あいつの洗脳と幻覚の力は強力ですから」

「防術の魔道具を持っていれば防げただろうけど、あの時はあんなことになるとは思わなかったからね」


 シャリスと共にティレルの洗脳スキルを受けたエルダネスは、気がつけば図書館への帰路の途中だったらしい。

 そしてすっかり僕のことも、王城で起こったことも忘れていたのだという。


「でもまぁ、まさかそのティレルという人も、あの図書館のあの部屋に強力な解呪魔道具スペルブレイクアーツが常時起動状態だなんて知らなかったみたいだね」


 あの図書館を作った伝説の魔道具師によって作られたあの部屋は、館長と館長が認めた人物以外の侵入を阻むために色々な対策が施されている。

 解呪魔道具スペルブレイクアーツもその一つで、あの部屋の目的を考えれば当たり前の対策だ。


「館長が洗脳されて魔道具が盗み放題じゃ洒落にならないからね」


 そうして洗脳が解けたエルダネスだったが、自分一人で王城に捕らわれた僕を助けることは出来なかった。

 なんせティレルに自らの洗脳が解けていることがバレれば、最悪ダスカス公国に図書館の秘密が伝わる危険がある。


 それに次に洗脳されたなら、今度こそ僕を助けてティレルとダスカス公国がやろうとしていることを止める手立てが無くなる。

 なのでエルダネスは慎重に動くことにした。


「おかげで助けに来るのが遅くなってしまった。すまないね」

「いいえ、助けて貰っただけでも感謝しかありませんよ」

「ぼ、僕にも感謝しろよな!」

「ああ、ニックスもありがとう。さすがルーリさんの弟分。ただのシスコンじゃなかったんだな」

「シスコンじゃねーし!! ったく、素直に感謝だけしろよな」


 そう言って少し赤い顔でそっぽを向くニックス。

 そして、飲み終えた流動食の入れ物を床に置いた僕は、次に自分の話を二人に伝えることにした。


「それじゃあ次は僕の番だね」


 そうして僕は真剣な表情に戻った二人に向けて語り出した。


 僕がタスカ領で経験した事件の話と、ティレル=タスカーエンについてを。

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