第100話 ゴブリンテイマー、望まぬ再会をする

 ドガッ。


「うっ」


 バギッ。


「ぐほっ」


 王城の地下に僕の苦悶に満ちた声が響く。

 最初こそ大きな声を上げていたが、もうそんな体力も気力も根こそぎ奪われ、うめき声に近い声しか出せなくなっていた。


「はぁ、はぁっ」

「俺たちの恨みはこんなもんじゃねぇぞ」

「お前のせいでっ」


 牢屋……というより拷問室に近い部屋の中央。

 そこに天井から下がった鎖に繋がれた僕の周りを、数人の男たちが取り囲んでいた。


 彼らがこの部屋に現れた時、僕は驚きと疑問で言葉が出なかった。

 なぜなら彼らは、新人だったエイルを襲い逆に倒され、Sランクパーティ【荒鷲の翼】によって王都に護送された【炎雷団】のメンバーだったのである。

 今頃王都軍の牢の中に居るはずの彼らが、どうして地下牢に収監されたエイルの拷問役を任されたのかはわからない。


 だが、彼らはエイルのせいで自分たちが捕まったことを逆恨みしているのは間違いなく。

 口々に恨み言を口にしながら、手にした鞭や棒、時には拳で僕の体を殴りつけてきた。


「お前、王都に呼ばれて英雄みたいに扱われると思って来ただろ?」

「それがこんなことになるなんて哀れすぎだな」


 ギルマスたちの話を先に聞いていたので、そこまで期待していなかった。

 だけど、もう少しは誉めてもらえるのでは無いかと思っていたのも事実で。


「……くっ」


 僕はまだ開くことが出来ていた目を閉じて浴びせかけられる罵詈雑言と、体中に走る痛みを堪えるしか無く。


「おいお前たち、それくらいにしておきな」


 僕の耳に女の声が聞こえた。

 声のした方をゆっくり片方だけ開く目を向けて確認する。


 拷問部屋の入り口の扉から入ってきたのは一人の女性だった。


 年齢は二十代そこそこだろうか。

 長い銀髪をなびかせ、少しきつめの目をしている。

 そんな彼女は、きっちりとした制服姿で目の前の半死半生状態の僕と目を合わす。


「……誰だ……それにその制服……」


 僕は、その制服をどこかで見たような気がしてそう問いかけたが、当然答えは返ってこない。

 代わりに彼女は【炎雷団】のメンバーに声を掛けた。


「意識はあるようだね。お前たちは少し席を外してくれない?」

「もう終わりでですかい?」

「まだまだ痛めつけ――……」

「命令が聞こえなかったの?」


 女の言葉に反論しかけた【炎雷団】のメンバーだったが、ひと睨みされただけで途端にその口を閉じてしまう。


「へい……すみませんでした。おいお前たち、行くぞ」

「ちっ……」

「わーったよ」


 口々に文句を言いながら、女以外の全員が牢の外へ出て行き姿を消す。

 女はそれを見送ってから、俺の方に向き直ると、その口元を引き裂くように気持ち悪い笑みを浮かべた。


「お前は……一体……」


 ゆっくりと近づいてきた女は、僕の顎を掴んで顔を上げさせると、心底愉快そうな声を上げた。


「やぁ。久しぶりだね、ゴブリンテイマー。元気そうで何よりだよ」


 その声は、先ほどまでの甲高い女の声では無かった。

 だが、僕にはその声に聞き覚えがあった。


「お前……まさか……」

「気がついたかい?」

「ティレル……ティレル=タスカーエンッ!?」


 僕は、今出せる最大の声を絞り出し叫ぶ。


 たしかにこの声は、あの日領主の館で聞いたあの男の――ティレル=タスカーエンの声だ。

 やっぱり王城へ入り込んでいたのか。


 自分の迂闊さに歯がみをしながら、僕は目の前の女の顔をしたティレルを睨み付ける。

 だがティレルの方も、僕のその言葉を受け手不快そうに顔を歪めていた。


「タスカーエンという名は捨てた。二度とその名前で呼ぶんじゃ無い!」


 ドガッ。


「げふっ」


 ティレルの絶叫にも近い声と同時に、僕の鳩尾に拳が突き刺さった。

 僕は息も出来ず、鎖に揺られ――


「あーっはっはっは!! 無様だ。無様すぎる!!」


 二発。

 三発。


 大きな笑い声を上げながらティレルは僕の体を殴りつける。

 その度に大きく揺れる僕にはどうすることも出来ないまま。


「お前の処刑はクーデーターでこの王国をダスカス公国が支配したあと、王族どもと共に盛大にやってやるからな」


 クーデター。

 一体こいつは何を企んでいるんだ。


 ドガッ。


 そして四発目が僕の顔にめり込んだ。


「それまでは死なせないから安心して苦しんでくれ……僕の大事なゴブリンテイマーくん」


 そのティレルの言葉を最後に、僕の意識は闇の中に吸い込まれるように消えていったのだった。




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