第94話 ゴブリンテイマー、聖女候補に会う

「あなたは随分とルーリに気に入られているようですね」


 大聖堂の応接室で、僕はルーリさんに頼まれた手紙をファレアという老シスターに手渡した。

 彼女はルーリさんが王都にいた頃にお世話になった恩人で、僕が王都に向かうと聞いて手紙を届けてほしいと頼まれたのだ。


「そうなんですか?」

「ええ。この手紙の中にあなたのことが色々書かれていて、最後にあなたを頼むと」


 一体手紙にはどんなことを書かれていたのか。

 気にはなるが、他人向けの手紙を覗き見る訳にもいかない。


「それでは手紙は確かにお届けしましたので、僕はこれで」

「急ぎの用事でもあるのかしら?」

「ええ、まぁ。ちょっと色々予定がずれまして。これから冒険者ギルドへ行こうと思ってるんです」


 僕がそう口にした時、一瞬だけシスターファレアの顔が曇った様に見えた。

 彼女と冒険者ギルドの間に何かあるのだろうかと思ったが、一瞬のことなので見間違い鴨知れない。


「そうですか。冒険者ギルドへ」

「はい。一応冒険者ですし、王都に来たからには顔くらい出せとギルマス……ルーリさんの上司のアガストさんに言われてまして」

「アガストさんというと確か【餓狼】のリーダーをしていらした……」


 前にアガストさんは昔は有名な冒険者だったと聞いていた。

 どうやらそれは嘘では無かったようで、シスターファレアはその名を知っているようだった。


「あんな立派な方がルーリを守ってくれているのなら安心だわ」

「アガストさんはそんなに有名だったんですか? いまいちピンとこなくて」

「それはもちろん。王都を襲った魔竜を撃退できたのは【餓狼】の力が大きかったのですよ」

「魔竜?」

「あら? ご存じありませんか?」

「ええ。僕は生まれてからずっと辺境のさらに奥地で暮らしてましたので。それでその魔竜というのは――」


 バタバタバタ。

 バタム。


「ルーリ姉さんが来てるって本当かっ!!」


 荒い足音が聞こえたかと思うと、突然応接室の扉が開け放たれ、一人の神官服を着た若者が部屋に飛び込んできた。

 歳は僕とあまりかわらなさそうな若者は、部屋の中を見渡して何かを探しているようだった。


「ニックス! 落ち着きなさい!」

「で、でもルーリ姉さんが」

「ルーリは来てませんよ。ルーリの使いとしてこのエイルさんがルーリの手紙を届けに来てくれたのです」


 シスターファレアは強い口調で叱るように若者――ニックスにそう告げると、彼の側に近寄る。

 そして僕が手渡した封書の中に入っていたのだろう手紙を狩れに差し出した。


「私宛以外にあなたにも手紙が入っていましたよ。これを読みなさい。そして――」


 シスターファレアは僕の方を手で指し示し「彼を冒険者ギルドへ案内して差し上げなさい」とニックスに告げたのであった。



◇★◇★◇★◇★◇★◇★◇★◇★◇★◇★◇★◇★◇★◇★



「それでルーリ姉さんは俺のことを弟以上にだな」

「はぁ」

「お前なんてほんの少しの間しか姉さんと一緒に過ごしてないんだろ? 俺なんてな――」

「それは良かった」

「おいお前。聞いてるのか!?」

「はいはい、聞いてるよ」


 大聖堂を出て冒険者ギルドへ向かう道すがら。

 ニックスは何故か僕に対してライバル心むき出しで、いかに自分がルーリと親しい人物かを熱く語り続けていた。

 最初こそ普通に受け答えしていた僕も、さすがに途中からは話を聞き流して生返事を返すだけになってしまった。


「いいか? 俺は聖神教会の次期聖女候補筆頭なんだぞ?」

「それ、大聖堂でも聞いたけどさ。男でも【聖女】になれるのか?」


 ニックスは僕と同い年の十五歳。

 王都の教会に両親に連れられてやって来た時はまだ十歳の子供だったという。

 しかし彼はシスターファレアが言うにはかなりの聖なる素質をもっていて、頭角をどんどん現していったらしい。


「もちろん。【聖女】と言われて胃はいるけど、聖神教会の最高位である【聖女】は今までだって男性が着いた例はあるんだ」

「聖女なのに」

「大事なのはどれだけ聖なる力を持っているか。正しい行いを選別する心を持っているかなんだ」

「君にそんなものがあるとは思えないけどな」

「あるさ。なんたって僕はルーリ姉さんが『きっと聖女になれる』と太鼓判をおしてくれたほどの力の持ち主だからね!」


 一年ほどルーリさんが大聖堂のシスターファレアの元に世話になっていたのは、彼がまだやっと聖魔法の初歩を学んだ頃だった。

 そしてニックスはルーリさんのことをルーリ姉さんと呼ぶ様になったという。


 面倒見の良いルーリさんのことだ。

 きっとニックスにも優しく、色々と面倒を見てあげたのだろう。


 そんな彼女をニックスは好きになってしまったのは仕方が無いと僕は思う。

 僕だってあんな短い間でも彼女に少なからず心が惹かれてしまっているのだし。

 多分かれはそんな僕の心を敏感に察して、ライバルだとでも思ったに違いない。 

 しかし、だとしても長々とニックスのルーリさんへの思い出話を聞かされるのはさすがに拷問すぎる。


「はぁ……これがシスコンってやつなのかな」


 僕は結局冒険者ギルドにたどり着くまでその後は一言も相づちすら打たず歩みを進めたのだった。


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