第93話 ゴブリンテイマー、授かる

「昨日はありがとう。ごめんね」


 翌日、床で眠っていたせいで体の節々が痛いまま。

 僕はシャリスに無理やり起されて宿の外に出た。


「ふぁぁって、何?」

「何じゃ無いわよ。ああつもう。顔くらい洗わせてから連れてくるんだったわ」


 何やらご立腹のようだが、まだ頭がぼーっとした僕には何故だかわからない。

 寝ぼけ眼でシャリスを見ていると、怒りの表情が段々と呆れへと変わっていく。


「はぁ……貴方がシャキッとするのを待っている暇は無さそうね」


 周囲を見回したシャリスは、いつの間に着替えたのか昨日僕と出会った時の服装に戻っていた。

 シャリスそのスカートのポケットから何かを取り出すと、それを握った手を僕の胸にドンッと叩き付けた。


「げふっ」

「何よ。それくらいで痛がってちゃ冒険者失格よ」

「いや、いきなりだったから」


 痛みのせいで少し頭がはっきりしてきた僕は、涙目で殴りつけてきたシャリスの手を包み込むように握る。


「ちょっと。人の手を許可無く握らないでって言わなかった?」


 そんな記憶は無いが、シャリスはそう言うとさっさと手を引っ込めて僕を睨み付けてくる。

 だけど、彼女の手が消えた後の僕の手の中に、何かが残っている感触があった。


「それ、お礼だから。これで貸し借りは無しだからね!」


 僕はゆっくりと手のひらを広げる。

 そこにはシャリスが持っていた王家の紋章をかたどったペンダントによく似たペンダントが残っていた。


「これを僕に?」

「そうよ。私が持っているのは王家のペンダントとそれしか無いから我慢してよね!」


 だって荷物は追いかけられてる間に失くしてしまったから仕方ないでしょ。


 そう小さな声でそっぽを向くシャリスに、僕はそのペンダントを首に掛けながら「ありがとうございます。大切にします」と答えた。


「喜んでくれたのならそれでいいわ」

「別に嬉しいわけではないんだけどさ」

「何よ!」


 小さな呟きが聞こえていたようだ。


 僕は慌てて「いいえっ、凄く嬉しいです。わーい、お姫様からのプレゼントだー」と棒読み気味ではしゃいでみせる。


 さすがにわざとらしかったのか憮然とした表情のままのシェリスだったが「まあいいわ」と言うと宿から大通りの方向へ歩き出す。


「何処にいくんですか?」

「決まってるじゃ無い。帰るのよ」

「帰るって、そんな急に」


 足を止め、顔だけ振り返ったシャリスは「みんなに迷惑を掛けるのは一日だけって決めてたの。だから今から帰って皆に謝って」と口にして。


『それで私の最後の自由な時間は終わり』


 大通りの方に顔を戻しながら口にした呟くような言葉には寂しさがにじんでいて。

 僕は思わず彼女を引き留めるために手を伸ばそうとして――


「ありがとう。たった一日だけど楽しかったわ。さようなら」


 毅然とした姫様らしい張った声でそう告げられ、僕は伸ばしかけた手を引き戻す。

 そしてもう後ろを振り返ることは無いであろう彼女に――お姫様に向けて頭を下げると


「僕も楽しかったです。さようなら」


 と地面を見ながらそう言って――顔を上げた時、既に彼女の姿は大通りに消えていた。


『ゴチャック』

『ゴブ!』

『お姫様が無事にお城に戻るまで着いていってくれ。何かあったら連絡してくれたらすぐに駆けつけるから』

『ゴブゴブ』


 僕はそれだけ頼むと首からぶら下がったペンダントを見て、それを服の中に仕舞った。


「結局シャリスがどうして城から逃げ出したのか聞き損ねちゃったな」


 多分聞いたとしても教えてくれた可能性はかなり低かったろう。

 教えても問題ないことなら、とっくに一緒に逃げていた僕にくらいは教えてくれていたはずだ。


 いや、それはうぬぼれってものか。


 助けたと言っても僕は見ず知らずの一庶民に過ぎない。

 そんな庶民に自らの身分まで明かしただけでも十分すぎると言えよう。


 きっと国の政治とか色々なことが関係している話だろうし、そんなことを一庶民に聞かせられるわけも無い。


「お姫様と一緒に飲んで騒いで一夜を過ごした。それだけでも夢のようじゃ無いか」


 そうなのだ。


 誰も知らないような田舎から着の身着のままで出て来た僕が、本物のお姫様の姿を見るだけじゃなく一緒に話して過ごした。

 そんなことルーリさんに言っても信じてもらえないだろう。


「そういえば昨日は思った以上に時間使いすぎて、ルーリさんに頼まれた依頼もまだ出来てないや」


 予定では昨日のうちにタバレ大佐の依頼を終えた後にルーリさんの依頼をと思っていたのに」


「図書館で時間取られて、お姫様に捕まって……はぁ。その前は荷物を盗まれるし、王都に来てから予定通りに進んだためしがないよ」


 僕はそうぼやきながらラスミ亭の扉を開ける。

 中から朝食の良い匂いと、すでに食べ始めている宿泊客の声が流れてきて。


 ぐーっ。


 お腹の音に急かされるように中へ入っていくのだった。

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