第82話 貴族院

 翌朝。


 僕はカスミお任せ朝食を食べてから直ぐに宿を出た。

 昨日の晩ご飯と違ってあっさり目の味付けだったが、スープも焼き魚もやはり今まで食べたどの料理よりも美味しかった。


 正直言えばこの食事に慣れてしまうと、エモスに戻ってから禁断症状を起こしそうで少し怖い。


「しかし本当に王都には辺境での話ってちゃんと伝わってないんだな」


 夜中にゴブトのストレス解消の的にされ、半死半生のゴロツキどもから聞きだした話を思い出す。


 子悪党とはいえ裏社会の人間は、一般人に比べれば情報が早いはずなのだが、そんな彼らでもダスカス公国軍の侵攻は眉唾だと思っていた。

 ということは国が意図的に情報統制しているということだろう。


「ティレルの仲間が何かしてるのかな」


 しかし人の口に戸は立てられない。

 あれほど大きな件をいつまでも隠し通せるわけが無い。

 旅人や商人たちによって事実は近いうちに広まるはずだ。


「時間稼ぎ……かな?」


 でも時間稼ぎをする意味がわからない。


 撃退出来たから良かったが、ケルシードの助力が無ければエモス領全域は今頃ダスカス公国軍のものになっていてもおかしくは無かったほどの事件だ。

 それだけじゃ無い。

 今頃は条約を破ったダスカス公国と本格的に戦争状態に入っていて当たり前。

 とてもでは無いが使節団を受け入れるなどといったのんびりした状況では無いはずなのに。


「考えていてもわからないし、とりあえず今日はタバレ大佐に頼まれた件を先に済まそう」


 本来なら昨日のうちに済ませるつもりだったが、王城の正門で長時間待ちぼうけを食らったせいで無理だった用事を済ませるために僕は貴族院へ向かう。


 王城への道よりはわかりやすいが、それでもかなりの距離を歩く必要がある。

 ただ今日は昨日ボッテリィに貴族院までの地図を書いて貰ったおかげで迷うことは無い。


 はずだ。


「あった。あの大通りが貴族院へ繋がってる道だな」


 地図を頼りに王都を進み、貴族院へ続く大通りまでたどり着いた。

 既に大通りはかなりの人出で、馬車も何台も行き来していた。

 そしてその馬車の内、豪華な馬車が数台向かった方向に顔を向ける。


「わかりやすくて助かるなぁ」


 道の先に見える巨大な建造物。

 それが貴族院である。

 五階建てのその建物は一階一階の高さがバラバラで、特に一階部分は周りの建物と比べると二階分の高さはありそうだった。


「面白い造りの建物だな」


 僕は足を速め、どんどん近づいてくる貴族院を見上げながら呟く。


「中を見てみたいけど……」


 貴族院の正面から少し離れた所で足を止めた。

 正面玄関はかなり広く、そこに数台の馬車が停まっているのが見える。


「貴族様の馬車か」


 僕はその風景を横目に貴族院を囲む壁に沿って右へ曲がる。

 今日の目的地は貴族院――ではなく、その横にある図書館だ。


「貴族院の壁に沿って角を曲がった所……っと。あった」


 角を曲がった先にはかなり老朽化が進んでいる古い建物があった。

 ボッテリィから聞いていたとおり、隣の貴族院と比べるとかなりみすぼらしいそれは旧図書館と呼ばれている場所で、王都が造られた当初から存在している一番時代の古い建物なのだそうだ。


 名前からわかるとおり、他にも新しく追うとの中心部に近い場所には別の大きな図書館が造られている。

 新図書館建設の時、この旧図書館は廃館になり、取り壊される予定だったという。

 だが、建国時から残る貴重な建物だという意見と、一部貴族が頑なに取り壊しに反対したこともあって今でも残ることになったらしい。


「さて」


 僕は旧図書館の正面に立つと、古くて重厚な扉を開ける。

 ぎぎぎっと蝶番がきしむ。


「いくら古くてあまり使われてないって言っても油くらい差しておいてよ」


 思った以上に思い扉に毒づきながら、やっと開いた隙間に体を滑り込ませる様に中に入った。


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