第80話 小悪党の宴
「王都へやってくるお上りさんから物を盗むのは楽でいいな」
「ああ、俺も今日は大儲けさせてもらったぜ」
窓も無い倉庫の一室で、男たちが大きなテーブルを囲んで酒を酌み交わしていた。
彼らはこの王都で徒党を組み、王都へやってくる無防備な観光客などから金品を盗んで日々を自堕落に暮らしていた。
人口が多い王都には、彼らを始めとして大小様々な悪党や小悪党が跋扈している。
もちろんこんな場所で小銭を数えている彼らは小悪党だ。
それも下の下と言って良いだろう。
時には彼らより大きな組織の使いっ走りを喜んで受けたり、ただの小間使いのような仕事も少なくない。
その代わりにその組織から彼らの小賢しい小さな犯罪は見逃して貰っている。
「それにしても今日は王都の外からの人がいつもより多かった気がするが、何かあったのか?」
小柄な男が、盗んできた品物を机の上で確認しながら言う。
この集団の中で、彼は唯一鑑定系のスキル持ちなので、盗んできた者の価値を調べる役目を担っていた。
といっても彼の鑑定スキルは大まかに贋作かそうでないか、価値があるのか無いのかが感覚でわかる程度のもの。
なのできちんとした鑑定は盗んだ品物を持ち込む裏社会とつながりのある買い取り商で行って貰うことになる。
だが、そういった所にあまり下手なものを大量に持ち込むと、不興を買ってしまうため、彼のようなレベルであっても鑑定スキル持ちは重宝されていた。
しかしもし彼の力がもう少しはっきりとものを鑑定出来たのであったら、今頃こんな小悪党の仲間になどなっては居なかったろう。
「それにしてもハンズ。お前面倒なものをギッて来やがったなぁ」
一枚の札のようなの板を振りながら、脇に置いてある少しだけ立派なソファーにふんぞり返った男が面倒くさそうに言う。
ハンズと呼ばれたのは、鑑定士の体面に座って酒を飲んでいる男だ。
「まさか金にそんなものが挟まってるなんてわかるわけねぇだろ」
「しかしだ、こんなものを持ってる様な奴に普通近づかんぞ」
「それを持ってたのは、どうみてもタダのお上りさんのガキだったんだ。まさか王城の通行証なんてもってるようなタマには見えなかったんだよ」
ハンズは昼間、キョロキョロと物珍しそうに周りを見回しながら、慣れない人混みをフラフラと歩いていた獲物を見つけた。
今日は特にそういったカモが沢山町に溢れており、ハンズもその獲物に出会うまでにかなりの稼ぎを上げていた。
そして今日はもう十分稼いだと、アジトに帰る途中に偶然そのガキを見つけてしまい手を出したと言うわけだった。
「しかし通行証。しかも王城のだとすると、そのガキはどこかの大商人か貴族の子供かもしれないぞ」
「そういやここんところ身なりの良いお上りさんが多いのは王城で何かあるからって噂だったな」
「ああ。その招待客の一人だとすると、早い目にこいつは手放した方がいいかもしれん」
「でもよ、あのガキはどう見ても貴族の子供とかいいとこのボンボンにも見えなかったぜ。服装もボロい旅装だったしよ」
ハンズは昼間の得物の姿を思い出しながらそう答える。
彼とてわざわざ危険を冒して、権力を持っていそうな相手を襲おうなどとは思わない。
「じゃあ武勲を上げた冒険者か?」
「言ったろ。どう見ても弱っちぃガキだったって」
ハンズはからになった酒瓶からしたたり落ちる雫を舐めて「けっ、もう無くなっちまった」と机の上に叩き付けるように置いた。
「まぁ、とにかくこんなものはさっさと処分するに限る。明日マーケットで売るからな」
「いっそ捨てちまったほうが良かったか?」
「いや、これはそれなりに金になるからな。買い取って何に使うのか知らねぇが捨てるにはもったいない」
ソファーの男は体を起すと通行証を持ったまま立ち上がる。
そして近くの箱から酒瓶を何本か取り出すと、それを持ってテーブルに着いた。
「とにかく今日は大量だったんだ。全員でぱーっと酒でも飲んで祝おうや」
男のその言葉に、彼の仲間たちも一斉に歓喜の声を上げ、離れた場所で作業をしていた男たちもテーブルに駆け寄ってくる。
大きめのテーブルにズラリと並んだ十一人の男たちは、それぞれ自らのコップに無造作に酒を注ぎ込み飲み始めた。
「しっかし王城で一体何があるんすかね」
「さぁな。上の奴らに聞けばわかるんだろうけど、やぶ蛇になっちまいそうでな」
「下手に関わって、ヤバイことやらされちゃあたまんないからな」
そうだなと何人かの男たちが頷く中、一人おずおずと口を開いた男がいた。
「でもよ、俺少し聞いちゃったんだよな」
「何をだよ」
「いやね。どうやら近いうちに隣の国から使節団が来るとかなんとか」
「隣って何処だよ」
「たしかダスカスの奴らだったかな。俺も又聞きだからはっきりとはわからんけど」
ダスカス公国。
そういえば町の噂で最近話題になっていたことがあると皆思った。
協定を破り、ダスカス軍がこの国に侵攻してきたとかいう与太話だ。
「でもよ、あの噂が本当だったら王都の連中がこんなにのんびりしてるわけが無いよな」
「そりゃそうだ。本当にダスカス公国が侵略してきたんだったら大規模に王国軍が動くはず」
「俺の知る限りだと、第13連隊が王都を出たって話だが」
「あの貴族のボンボン用に作られた張りぼて部隊だけか。それを見て誰かが噂をでっち上げたって所じゃねーか」
「ちげぇねぇ」
十人の男たちが大きな声で笑い出す。
酒がかなり回ってきたのだろうか。
だが、その中でたった一人だけ何も言わずにテーブルの上の食べ物だけをつまんでいた男がいた。
この部屋の中に居る男たちの中では一番小柄で、まるで子供が紛れ込んだかのようなその男は、他の男たちの笑いが収まった所でおもむろに口を開いた。
「楽しそうな所悪いんだけど、ダスカス公国軍がこの王国に攻めてきたって話は本当だよ」
十人の男たちは聞き慣れないその少し幼い声に、一斉に視線を向ける。
「なんだと?」
通行証をいじっていた男がいぶかしげにそう尋ねると、注目を集めた男は――エイルは、目深に被っていたフードを払って笑顔でこう告げた。
「だって、僕がそのダスカス公国軍と戦った当事者の一人だもの」
=====あとがき=====
2020年最後の更新です。
そして明日からカクヨムコンテストラスト一ヶ月が始まります。
カクコンは一次は読者選考となり、期間中に得た★の数で突破出来るかどうかが決まります。
ですので是非★で応援していただけますと幸いです。
ゆっくり進んできた二部ですが、そろそろ物語が動き始めます。
新キャラ、二部ヒロインも登場いたしますのでご期待ください
それでは来年もよろしくお願いいたします。
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