第二章 お上りさんと古の図書館

第73話 たどり着いた魔窟

 僕は彼をタバレ大佐の元に『派遣』することにした。


「正直誰を信じて良いかも、いつどこで聞き耳を立てられているかも心配しながら動くのは骨だったからな」


 タバレ大佐は心底うんざりした様な表情でそう言ったあと、顔に笑みを浮かべて続けて口を開く。


「ゴブリンシーカーの能力は先ほど聞かせて貰ったが、これでこの先の職務を安心して行えるようになる」


 ゴチャックはあの後、部屋を出て駐屯所の周りを調べた。

 その結果、怪しい動きをしている旅人を一人見つけ報告をしてきた。


 兵を送って拘束し調べた所、どうやらその旅人はタバレ大佐の動向を探っていた何者かの手の者だと判明した。

 といっても末端で尻尾切りされる程度の者では、その黒幕までは知らされていなかったようで、結局誰が送り込んだのかはわからずじまいだったが。


「それでもやはり私の周りには裏切り者が紛れ込んでいることは確実になったからな」


 派遣したゴブリンシーカーとタバレ大佐たちの意思疎通は、簡単なハンドサインで行うことになった。

 軍隊式のそれを、僕を通じて覚えさせることに成功した時は、僕も驚いたものだ。

 ゴブリンたちは進化することで、その知能も確実に上がっている。


「お客さん。そろそろ出発したいのですが」

「あっ、今行きます」


 王都へ向かうキャラバンの代表者である商人が、馬車から顔を出してこちらを見ている。


「我々の都合で出発を一日遅らせてしまったからな」


 スパイの尋問やゴブリンシーカーの意思疎通訓練などで時間を費やしたため、タバレ大佐たちは僕が乗るはずのキャラバンを一日足止めすることになった。

 もちろんその分の保証は軍が負うことと、何かしら損害が出た場合を考えて各所への書状をタバレ大佐の署名入で商人には渡されていた。

 といっても一日程度の遅れは、長距離を移動する商隊にとっては誤差でしかないだろうけど。

 そういう所もタバレ大佐の人となりを表しているようで、僕は安心して大切な家族の一人を彼の元に送り出すことを決めたのだった。



     ◇     ◇     ◇


「ありがとうございました」

「坊主も気をつけてな」


 王都の門の手前にある馬車駅で僕は馬車を降りた。

 王都に入るには入都審査があるのだが、そのためにはそれなりの時間が掛かる。

 この馬車駅は王都へ入る門の手前に作られていて、そのための順番待ちや審査準備をするために小さな町のようになっていた。


「本当はこの許可証で皆さんと共に入れれば良かったんですけど」

「気にするな。どうせ商隊の場合は荷物検査が最低限でも必須なんだ。貴族様のキャラバンならともかく個人に発行されたその許可証じゃあな」


 馬車駅から王都の門の方へ目を向ける。

 そこには門からズラリと並ぶ人や馬車の列があった。

 列は数本あって、それぞれ王都民や旅人、商人、貴族などに分かれているらしい。


「じゃあ行ってきます」

「また中でな」


 僕は乗せて貰ってきた商隊の長である商人に手を振ると王都の門へ走り出した。

 僕が目指す列は貴族用の列だ。

 といっても貴族の列は流れが速い。

 長さこそ商隊の列に近くあるが、これは彼らが護衛や貴族として必要な物資を何台もの馬車に乗せているせいで、実際の数は多くない。

 僕はその最後尾にたどり着くと、前を走る馬車の速度に追いつくため早歩きで進んだ。


 途中、後ろに来た貴族家の護衛に「列を間違ってるんじゃ無いか坊や」とからかわれたが、僕が国からの書状を見せると「一体おまえさん何をやらかしたんだ?」と心配されたりもした。


「ちょっと地方の都市で武勲を上げたんですよ」

「お前さんみたいな子供が武勲を?」

「ええ、僕はテイマーなので」

「なるほどねぇ」


 こういうときテイマーと言えば話が通じるとネガンさんから教えて貰っていて助かった。

 なぜならテイマーは見かけだけではその実力を判断出来ないからである。

 見かけは弱々しくても、恐ろしく強力な魔物を使役しているテイマーも多く、護衛をしているようなほどの人物であれば『テイマー』という言葉だけで全てを察してくれるというわけだ。

 ただし『ゴブリン』という言葉は隠すようにとも言われたけれど、それは仕方が無いことだ。

 なんせ世間一般的にはゴブリンは子供以下の最弱種族で、そのテイマーだと言ったら馬鹿にされるか疑われるだろう。


「次。なんだ坊主」


 流れるように進む馬車の列が終わり、僕の番になった。

 そしてやはり門番は僕を見ていぶかしげな表情を向けてきた。


「そいつ、地方で武勲を立てて国から呼び出されたテイマーさんらしいぜ。証書を確認してやってくれ」


 親切なことに、後ろの護衛の人が門番に向けてそう言ってくれた。

 顔は強面だったけど優しい人なのは、列に並んでいる間の会話でわかっていたけど、ありがたい。


「なるほど、そういうことか。それじゃあ許可証を見せてくれるかな?」

「はい、これです」


 少しだけ優しくなった声で門番が手を差し出した。

 僕はその手に王都から送られてきた許可証を渡す。


「ふむ、問題ないようだな。通ってよし」

「ありがとうございます」


 僕は門番に頭を下げ、次に後ろを振り返り「おじちゃんもありがとう」ともう一度頭を下げる。


「おいおい、俺はまだおじちゃんって言われるような歳じゃねぇよ」


 苦笑いする彼に「すみませんお兄さん。また会えると良いですね」と返す。

 そして僕はもう一度王都の方へ向き直るとはやる心を抑えきれず門の中へ駆け出したのだった。

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