第72話 エイルの頼みごと

 馬車の前で僕は、見送りの二人に別れを告げる。

 片方は笑顔のタバレ大佐、もう一人はもちろんネガンさん。

 ただしネガンさんの方は松葉杖をついて、顔も腫れた状態だったが。


「エイル、気をつけてな」

「はい。お二人もタスカ領のこと、よろしくお願いしますね」

「ああ、任せておけ」


 タバレ大佐から、この駐屯所には実は回復ポーションがあることを後で聞いた僕は「なぜ使わないんですか?」と尋ねた。

 本来なら回復ポーションを使えばある程度回復するはずなのに、ネガンさんはそれを断ったのだそうだ。


 曰く「訓練で負った傷は、自らの治癒力で回復することでさらに強くなれる」だそうで。

 といっても、これから彼は上司を護衛しながら王国軍第13連帯に戻るという任務がある。

 なので、出発前にはポーションで無理矢理にでも回復させる必要がある。


 それでもネガンさんはギリギリまで自力で回復出来る所まですると言い張っているらしい。

 正直呆れた理由だけど、実際彼はあの状態のゴブトと互角に渡り合ったほどの強さだ。

 ネガンさんの強さが、その自然治癒に任すという方針のおかげだけとも限らないが、一笑に伏すわけにもいかない。


「ゴブト、また殺りあおう。今度は真剣でだ」

『ゴブ』(次は確実に仕留める)


 そんなネガンさんの頼みで呼び出されたゴブトの方は、テイマーバッグの治癒力でかなり回復している。

 テイマーのスキルをもたないネガンさんとゴブトは言葉は通じていないはずだが、何故か二人はわかり合っている様子。

 会話の内容は恐ろしいが、お互い笑顔な所を見ると敵視というより良いライバルを見つけたといった感じだろうか。

 しかし戦闘狂同士、とんでもない二人を引き合わせてしまった気がする。

 最初に会った時は真面目で優しい騎士様だと思っていたのにな。


「殺し合ってどうする。協力し合え、協力」


 ネガンさんの物騒な言葉に、タバレ大佐が呆れた声を出す。


「ゴブトも興奮して殺気を振りまかないでよ。馬が怯えちゃうだろ」


 ネガンさんとゴブトの間から漏れ出た狂気に、馬車を曳く馬たちがあからさまにそわそわし出していた。

 このままだと僕らを置いて走り出しかねない。


「ゴブト、戻って」

『ゴブ!』


 慌ててゴブトをテイマーバッグに戻した僕は、改めて二人に向き直る。


「それでは王都へ行って参ります」

「なんだかドタバタしてしまったな」


 タバレ大佐と二人で握手を交わす。


「すまないなエイル殿。少し冷静さを欠いてしまった。まだまだ修行が足りないな私は」

「お前は子供の頃から変わらんからこの先もかわるとは思えんがな」

「その度に止めて頂いて感謝してますよ」

「俺はお前のお守り役じゃないんだがな。いや、むしろ俺が本来ならお守りされる方だ」


 そう言って笑い合う二人の、気の置けない会話に僕も笑ってしまった。

 僕にもこんな仲の良い幼馴染みがいた。

 だけど今はもう彼らの様に一緒に居ることは無い。

 あいつは元気にしているだろうか。


「それじゃあ大佐。お願いした件、頼みます」

「君の故郷の村と、その住民たちの安否確認だったな」


 僕は生まれ育ったあの村のことをタバレ大佐に調査してもらえるよう頼んだのだった。


「はい。ダスカス公国軍の進軍ルートからは外れた山奥ですが、それでも心配なので」

「だが、君はその村から捨てられたのじゃなかったのかい?」

「それは……僕は家を継ぐために必要な長男でもありませんでしたし、あの頃は僕のこのスキルも役立たずだと僕自身も思っていたので」


 辺境の更に奥。

 生きるだけでも大変な寒村では、役に立たない者を生かせていけるだけの余裕は無い。

 物心が付く前からそんな村の現状を僕も見て育ってきた。

 だから、僕は村の人たちを責める気持ちはあまりない。


 もちろん全くない訳では無いけれど、そのおかげでゴブトたちと出会うことが出来たのだから万事塞翁が馬だ。


「……わかった。これ以上は言わない。だが、調査をするといってもすぐには無理だ」

「他の任務が落ち着いたらでかまいません」


 今タバレ大佐たちがやらなければならない任務と比べれば、僕の生まれ故郷の調査など一番後回しにすべき案件だ。

 それに僕はあの村が無事かどうかを知ったところで何をするとも考えていない。

 ただふとタバレ大佐とタスカ領の状況について話していて、あの村の記憶が頭に浮かんできただけのことだ。


「ああ、なるべく早く調べるつもりだ。君への連絡はギルド経由じゃ無くレリック商会を通すのだったな」

「はい。お話しした通りギルドにはスパイが紛れ込んでいる可能性が高いので」


 ギルドにはギルド同士連絡を頻繁に取り合う為の連絡網が存在する。

 本来ならそれを使うのが一番早い連絡方法なのだが、僕にはそれを使いたくない理由がある。

 それは――


「アナザーギルドか……ぞっとしない話だな」

「詳しい話は領都でアガストさんから聞いてください。アナザーギルドの関係者の洗い出しと調査を更に進めておくと別れ際に言ってました」

「ふむ。ではこちらから例の件を報告する時に、アナザーギルドの調査状況も付け加えておこうか?」

「良いのですか? 色々軍の機密とか」

「気にするな。お前には知る権利が有る。それにこいつを貸してくれたお礼……と言うのも失礼な言い方かもしれんが、素直に受け取ってくれ」


 タバレ大佐はそう言いながら、自らの背後を指さす。

 そこにいたのは一匹のゴブリン。


『ゴブ』


 ゴチャックの下で働いていた、有能なゴブリンシーカーの一人だった。


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