第70話 ネガンvsゴブト

 ガンッ!


 飛び上がったゴブトが振り下ろした剣をネガンさんの盾が弾く。

 弾かれた勢いでゴブトはそのまま空中で回転するようにもう一本の剣で斬りかかるが、ネガンさんは弾くと同時に数歩後ろに飛び退いていた。


「はっ!」


 そしてゴブトの剣が空を切った瞬間に前に踏み出しながら、空中で姿勢を変えられないゴブトに向けて下から上へ切り上げる。

 だがゴブトも無理な姿勢ながらそれに反応する。


『ゴッ』


 盾に弾かれた剣の勢いを無理やり回転速度を上げるように回し、切り上がるネガンの剣を上から打ち返した。

 といってもネガンの剣の勢いがそれで完全に削がれたわけでは無い。


 いくらゴブトが強力でも、空中という踏ん張る足場の無い場所ではその威力は十分に発揮できない。

 ゴブトが振り下ろした剣をそのまま持ち上げるようにネガンの刃がゴブトに迫る。


「なっ」

『ゴブブッ』


 見て分かるほどの力がネガンの腕から感じられたと同時、ゴブトは自らの剣を引く。

 ゴブリンの体の柔らかさもあるのだろう。

 そのままネガンの剣の勢いを利用して体を仰け反らすと、横回転から体を縦回転に剣を軸に変えて鋭い蹴りを切り上げて無防備になったネガンの顔に放った。


「なにくそっ」


 一瞬その蹴りに気がつかなければ勝負はそこで付いていただろう。

 しかしネガンはゴブトの力が緩んだことで何かを狙っていると察していた。


 ネガンはゴブトの足の動きを見て回避は無理と判断。

 そしてまだ振り下ろしかけていた足に向けて、自らの体をわざとぶつける動きをしたのだ。


 蹴りやパンチはある程度速度が乗った時に本来の威力を発揮する。

 技の出だしからしばらくは本領を発揮することはない。


「ぐっ」

『ゴガッ』


 ネガンが無理やり拈って突き出した肩が、蹴りを放ちかけたゴブトの膝にぶちあたったのだ。

 そして今度こそ二人はそれぞれ弾かれるようにして地面に転がる。


「ハァッハァッ」

『ゴブッゴブッ』


 ワァッー!


「凄ぇぞ兄ちゃん!」

「そっちのオークも何てぇ俊敏さだ」

「テイムされた魔物って野生より強くなるってほんとうなんだな」


 一瞬の攻防の後、息を詰めてみていた人たちが一斉に歓声を上げた。

 ちなみに彼らにも僕にも一体どんな戦いと駆け引きが繰り広げられたのかは理解できていなかった。


 多分自らに付与魔法を掛けて知覚力を上げれば僕にも分かったのだろうけど、こんな時にそんなものを使うわけにはいかないので、細かい部分は後にタバレ大佐から教えて貰った、


 その後、ネガンさんとゴブトはお互いの木刀が折れるまで戦った。

 それでも今度は格闘で勝負をしようとしたが、さすがにネガンさんが怪我をしてはこの先の任務に支障を来すということでタバレ大佐と兵士たちが全員で地面に押さえつけた。

 一方ゴブトも、よほど楽しかったのか続けたいという『声』が僕に届いたが、さすがに止めることにした。

 これはあくまでも模擬戦であって、戦闘狂同士が動けなくなるまでやり合う場では無いからだ。

 ゴブトの怪我はネガンさんと同じくらいだったが、ゴブトの場合テイマーバッグに戻れば回復は早い。


「それじゃあまた後で迎えを出すから待っていてくれたまえ」

「わかりました。僕は一旦馬車に戻りますね」


 ネガンさんを引きずっていくタバレ大佐とそう言葉を交わした僕は、少し不満そうなゴブトをなだめてからテイマーバッグに戻す。

 すると周りで見ていた観客が一斉に僕の方へ近寄ってくると。


「良いもの見させて貰ったぜ」

「あのオークは坊ちゃんがテイムして育てたのか? 見かけじゃわかんねぇな」

「これ、小遣いだ。なにかうまいもんでも喰いな」

「テイマーってのは初めて見たけんども、そげなちっさな鞄に入っていくっちゃぁ不思議だべなぁ」

「飴ちゃんいる?」


 様々な人たちから誉められたりお小遣いを貰ったりもみくちゃにされながら僕は複雑な気持ちになったのだった。


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