第69話 模擬戦開始!
「おいおい坊主、一体なにがはじまるんだ?」
中継所には様々な旅人や商人がやってくる。
今僕に話しかけている男もそのうちの一人で、王都で仕入れた商品を地方へ売りに行く途中だという。
「騎士様とゴブリンの一騎打ち……というか力試しみたいなものですよ」
「ゴブリン? あれがゴブリンだってのかい。俺の知っているゴブリンとは大きさも姿も全然違うじゃねぇか」
「進化したゴブリンですからね」
「はっ、ゴブリンが進化するわけねぇだろうが」
世間一般ではゴブリンは進化しないと思われている。
実際僕がゴブトたちの実力を見せるまで、ルーリさんだけでなく経験豊かなギルマスさえそう信じていたほどだ。
だから一介の商人であるこの男が知らないのも仕方が無い。
「オークの変異種か何かに違いねぇ」
「かもしれませんね」
いちいち説明するのも面倒なので僕はそう返事を返す。
中継所には中継所を守る為に駐留する兵士たちの詰め所があって、僕も少し前まではその中でタバレ大佐とネガンさんの二人と話をしていた。
彼らは貴族ではあるが、元々跡継ぎ争いから離れた身な上に貴族という立場を振りかざすのが嫌いな好人物だった。
僕の話を何処まで王都で聞いて知っていたのかはわからないが、普通の人なら荒唐無稽であろうゴブリンが一国の軍を撤退させたという話を真剣に聞いてくれた。
最初こそ腹の探り合いで、僕もなるべく自分の力を隠す様に話をしていたのだけど、彼らの紳士的な態度につい余計なことを口走ってしまった。
いや、原因は実は僕よりもゴブトにあるのだけど。
「しかしあんな立派な騎士様が、こんな所でオークと模擬戦闘とか。おかしなことをするもんだ」
「ですよね」
僕が呼び出したゴブトは、何故か呼び出した時すでにゴブリンオーガの姿だったのだ。
しかももっとよくわからないことに、ゴブトは愛用の双剣を抜き放った状態で現れたのである。
もちろんタバレ大佐の護衛としてそこにいたネガンさんは、一瞬にして腰に挿した剣を引き抜くとゴブトに斬りかかった。
結果、狭い部屋の中でネガンさんとゴブトは、僕とタバレ大佐が慌てて制止するまで数合打ち合いを繰り広げることになった。
後でゴブトに問いただした所によれば、彼はどうやら紹介されるということで色々準備をして待っていたそうだ。
確かに詰め所に行く時に、場合によってはゴブトたちを紹介するとはテイマーバッグの中のゴブトには伝えておいたが、まさか彼がそこまでするとは想定外。
それもこれも魔石を食べてゴブリンオーガに進化したからだろうか。
明らかに通常の魔物ではあり得ない思考をゴブトはする様になっている。
「さて、ゴブトくん。君の力を改めて測らせてもらうよ」
『ゴブッ』
ネガンさんは部屋の中で使ったものとは違い、木剣と小ぶりの盾を構えながら相対するゴブトにそう告げる。
一方のゴブトも、いつもの双剣から木剣二本に持ち替えて返事を返す。
どうやらこの二人はあの一瞬で何か通じ合うものがあったらしく、是非お互いの剣の腕を試したいと言い出したのだ。
タバレ大佐が頭を押さえながら「またネガンの悪い癖が……しかも相手はゴブリンだぞ」と呟いていた所を見ると、どうやらタバレさんは僕がそれまで感じていた印象と違い、かなり戦闘狂なのかもしれない。
結局僕はゴブトからもお願いされ、更に諦めた様な顔のタバレ大佐からも頼まれ、渋々ながら模擬戦を許可するしかなくなったのだった。
「本当はあまりゴブトを見せたくは無かったんだけどなぁ。しかもゴブリンオーガモードは」
冒険者はみだりに自らの力を人に見せつけてはいけない。
それは時と場合によっては弱点になるからだ。
そう教育してくれたのはルーリさんだったか、ギルマスだったか。
秘めた力はここぞという時に武器になるということも。
僕がティレルの策略を潰すことが出来たのも、奴が僕とゴブリンたちというイレギュラーな力を知らなかったからだ。
相手に自分の力を知られないということは、それだけで力になることをその時に僕は実感した。
「なのにどうしてこうなっちゃったんだろう。話が弾み過ぎちゃったせいかなぁ」
僕はため息をつきながら、ゴブトたちを挟んだ対面側に座るタバレ大佐に目を向ける。
相変わらず無理矢理威厳を出すために付けたで有ろう付け髭がズレている。
そんな一見間抜けそうに見える彼に油断してしまったのかも知れない。
「あの人、滅茶苦茶聞き上手だったな。ルーリさんもそうだったけどあの人はそれ以上だった」
とにかく人の心の緊張を無くさせるのが得意な人であった。
自らはあまり口を開かないが、話の途中に的確なタイミングで相づちを打ち、話の転換場所を瞬時に見抜いて話を誘導された。
そして気がつけばかなり警戒していた僕が全てを話してしまいそうになるほどに自然に流され。
ゴブトがある意味粗相をしてしまったという負い目が有ったとは言え、ゴブトが早く模擬戦をしたいと言い出さなければ危なかった。
「では行くぞ!」
『ゴブッ!』
そんな後悔をしている僕の心を余所に、ネガンさんとゴブトの楽しそうなかけ声が広場に響いたのだった。
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