第64話 ゴブリンテイマー、幸せな夢を見る

「いててっ」

「男の子でしょ。我慢しなさい」

「男の子って……僕はもう立派な冒険者ですよ」


 領都のギルドに併設された医務室で、僕はルーリさんから治療を受けていた。

 魔力は自然に回復しても、体の傷はそうはいかない。


 あの時は気がつかなかったけど、僕の体は何カ所も骨が折れていてかなり重症だったらしい。

 興奮と緊張でそれに気がついてなかった僕は、しばらくして現れたアガストさんたちの援軍の姿を見た途端に意識を失ったようで。


「まったくあの時は肝を冷やしたぞ」

「エイルがワイバーンに襲われてるってルーリの奴の取り乱し様ったらなかったな」

「もうっ。あの時は皆も同じように慌ててたじゃ無いですか」


 地面に倒れる僕を覗き込むケルシードの姿は、たしかに理由を知らない人からすれば今にも喰われてしまいそうな所に見えただろう。

 せめて僕が意識を失っていなければ、その誤解も無かったかも知れない。

 けれど、僕が襲われていると思った援軍の皆はそう思わず、ケルシードに戦いを挑もうとしたらしい。


「あの時、ワイバーンが俺たちに向かってきてたら今頃はここは死体と負傷者の山だったかもしれねぇな」


 そう。

 ケルシードはアガストさんたちの姿を見て、直ぐにその場を飛び去っていったのだという。

 多分今頃は例の泉で、僕と同じように傷を治しているに違いない。


「それで、ダスカス公国軍は……戦争どうなりましたか?」

「そうだ、それをお前に伝えるために俺たちは来たんだった」


 アガストさんたちは、あれから意識を失った僕をルーリさんたち医療班に任せると、そのまま進軍したらしい。

 援軍の数は千名ほどで、この地に残っていた領軍と冒険者たちを全てかき集めたと言っていた。


「中継所からも全員呼び戻してな。そのせいで遅れちまった。すまねぇ」

「しかたないですよ。それよりも――」

「ああ、ダスカスのやつらだがな」


 彼らがエヴィアスにたどり着いた時、ダスカス公国軍は既に軍隊として機能していなかった。

 人数的にはアガストたちに比べて遙かに多い彼らだったが、どうやら指揮をする者たちが全て倒れてしまい、どうすれば良いのかといった状態だったとか。


「正直あれだけの数の捕虜を養う力はここにはねぇからよ。しかたなく交渉材料になりそうな奴らだけ捕まえて、あとは帰しちまった」

「いいんですか?」

「良いも何も、あれだけの数をここにいる人数で管理なんて出来るわけがねぇだろ。それに元々あいつらが攻め込んできたのは王国上層部がこの地をないがしろにして兵も予算もけずりやがったせいなんだからな。文句はいわせねぇよ」


 アガストはそう言って、自信満々な笑顔を見せる。

 その後ろではマスターやターゼンさんも同じように笑っていて。


「私たちは今でこそ冒険者を引退しているけど、色々な所に色々な伝手があるからね」

「ああ。国の上の方がぐだぐだ言ってきても大丈夫だ。それにな」


 今回の事件の裏には、王国上層部に紛れ込んだ勢力によるタスカ領の戦力をそぐ動きがあった。

 その勢力をこれからあぶり出し、一掃しなければならない。


「今頃王都も大混乱だろうさ。なんたってずっと友好国だと思っていた国からの侵略だけじゃなく、自分たちの中にそれを助けた裏切り者がいるってわかっちまったんだからな」

「アナザーギルドの件もあるし、これからまだまだ荒れるだろうな」


 アナザーギルドと王国の中にいる獅子身中の虫。

 たしかにその対処を間違えば王国は大変なことになるだろう。


 だけど僕はもっと別のことを考えていた。


「それであいつは、ティレルは見つかりましたか?」

「いや、ダスカスの奴らから話を聞いたが、それらしき人間は誰も見てないって言ってるんだよ」

「そうですか」


 ティレルの力からすればそれは当然のことだろう。

 結局僕はあいつを捕まえることも倒すことも出来なかった。

 ティレルの目的がこの地の領主一族への復讐だとすれば、それは既に成されている。

 だけど、彼を手助けしたという『あの人』とやらの目的ははっきりしていない。


 ティレルの口ぶりからすると、その人物にとって今回の件は主目的では無い様に思う。

 だとすると、今回と同じようなことがまたどこかで起こる可能性が高い。

 いや、もう既に何かしら始まっているに違いない。


「あの時に逃がすべきじゃなかった」


 僕は小さくそう呟くと、ぎゅっと拳を握る。

 まだ繋がったばかりの骨が痛む。


「エイル君。貴方はよくやったわよ」


 そんな僕の手を、ルーリさんの温かく柔ら射手が優しく包み込んだ。


「後のことはここにいるベテラン冒険者さんたちに任せて、今は休みなさい」

「おう、任せろ」

「お前の今の仕事はその体を休めることだぞ」

「ティレルの奴は俺たちがとっ捕まえてやる」


 僕はそんな彼らの顔を見渡すと


「はい。お願いします」


 そう答えて目を閉じる。


 包み込まれた手から、ルーリさんの体温が伝わってきて。

 やがて僕はゆっくりと優しい眠りに落ちていく。


 夢か現か。

 気がつけば僕の廻りには沢山のゴブリンたちの姿と、暖かな日差しに包まれた草原が広がっていて。


 僕はなぜだかそこがテイマーバッグの中の、ゴブリンたちの世界だと理解した。

 いや、夢なのだから実際はどうなのかはわからない。


 だけど、そこでは沢山のゴブリンたちが楽しそうに暮らしているようで。

 小さな子ゴブリンから老人のようなヨボヨボなゴブリン。

 そして、僕が一番信頼を置いている彼――ゴブトがこちらに向かって歩いてくるのが見える。


『主、こんな所にやってくるとは』

「ここはテイマーバッグの中の世界なの?」

『ああ。そうだ……と思いますが……』

「思う?」

『私たちにもよくわからないのですぞ』


 ゴブトが初めて僕と契約したとき、その頃はテイマーバッグの中に入ると意識をほぼ失っていたらしい。

 それがゴブリンたちが増えるにつれ、その中の『世界』が徐々に広がって行ったのだという。


「不思議なこともあるもんだ」

『だからここがあのバッグの中なのか、あのバッグが繋げた別の世界なのかわからないのですぞ』


 元々は小さな広場と一軒の家しか無く、周囲は闇に包まれた中にぽつんとあっただけのその世界は、今では境界が見えないほど広がって。

 僕が見渡す限り、自然豊かな土地にしか見えない。

 それどころか畑すら作られているようで、農作業にいそしんでいるゴブリンの姿も見える。

 あのバッグの中にこんな世界があるのだとしたら、とんでもない発見だろう。


『ところで主はどうやってここに? まさか自らバッグの中に入ったのではないでしょうな?』

「さぁね。ただ僕は眠っただけのはずだよ」

『ふむ。つまり今の主は夢を見ているのと同じというわけですか』

「だから多分、目が覚めたら元の世界に戻ると思う」


 希望的観測だけど、僕にはそう確信めいたものがあった。

 これは夢で、夢が覚めたらこの夢で見たこともほとんど忘れてしまうのだろうと。


「ねぇゴブト」

『なんですかな主』

「君は僕と出会って……僕にテイムされて迷惑だったかな?」


 もしかすると僕と出会わなければ、ゴブトはあの森で普通のゴブリンとして普通に暮らしていたかもしれない。

 ゴブリンとして子供を作り、森の中でひっそりと暮らす。

 そんな生活から引っ張り出したのは僕だ。


『迷惑などと、一度も思ったことは無いですぞ』

「そうなの?」

『むしろ私も、ここにいる皆も全員主には感謝しておりますぞ』


 そう答えるゴブトの瞳には嘘を言っているような色はみじんも見えない。

 僕にはルーリさんのように真実を見極めるスキルは無いけれど、それでもゴブトが嘘を言っていないことはわかった。


「そっか……それなら良かった」

『主?』

「ん?」

『自分たちはまだまだ強くなります。そして、今度こそ主を守り切ると誓いましょう』

「それは頼もしいね」

『此度はケルシード殿の助力を仰ぐことになりましたがな』


 ゴブトは少しだけ悔しそうにそう呟く。

 最後、僕を守り切れずにケルシードのおかげで救われたことは、彼にとっては悔しかったのだろう。

 だから最後にあれだけ傷ついた体でフライングセンチピードにとどめを刺しに行ったわけだ。

 それも結局倒しきれずケルシードがトドメを刺すことになったわけで。


『私はまだまだ強くならねばなりません。どんな敵からも主を守れるように……この私の手で守れるように』

「信じてるよ」


 僕はゴブトの肩に手を置いてそう告げる。

 彼は今よりもっと強くなる。

 もっともっと。

 五日はドラゴンすら倒せるほどの戦士になるだろう。


「ふわぁぁ。なんだか眠くなってきちゃった」


 夢の中で眠くなるとはおかしなことだなと僕は思いつつもその場に座り込み、そのまま横になる。

 テイマーバッグの中の世界だというのに、見上げる空はどこまでも高く青く澄んでいて。


「ここは良い所だなぁ」


 僕はその睡魔に勝てず、目を閉じる。

 目覚めればこの世界での記憶もあやふやになり、何れは消えてしまうだろう。

 だけどいつか。

 いつか本当にこの世界へ来ることが出来たなら。


『おやすみなさいませ主。良い夢を』


 きっとそれはとても幸せなことに違いない……。







~ゴブリンテイマー 第一幕 完~



   ★★★★★ あとがき ★★★★★


 これにてゴブリンテイマー第一幕は完結となります。


 よろしければ「★」の評価を入れていただけますと嬉しいです。

 レビュー本文は書かずとも★だけで構いません。

 ★1でも★3でも、作者のモチベーションアップに繋がります。


 さて、このゴブリンテイマー。

 第2回ドラゴンノベルス新世代ファンタジー小説コンテストに応募するために書き始めた作品でしたが、自著の書籍化作業に集中するために一時中断。

 その後にドラノベの中間に残ったという発表がありました。


 そこからほぼ毎日更新を続け、皆様の応援を力に計算通り月末にこの区切りまで書ききることが出来ました。

 ★やブックマーク、❤などで応援していただいた皆様。

 ありがとうございました。


 さて第二幕ですが、まだ簡易的なプロットしか出来ておりません。

 ですので、また一月か二月置いた後に再開となると思います。


 簡易プロットの内容をちょい出しすると、王都編となります。

 真ヒロインが登場する……かな?


 それまではゴブリンテイマーと同時に書き溜めていた新作を更新していきますので、よろしくお願いいたします。


『魔王のアイランド ~わざと追放されて島送りになった僕は【クラフトスキル】で楽しく生きようと思います~』 https://kakuyomu.jp/works/1177354054922766682

 

 ゴブテよりほのぼのとした開拓話になる予定です。

 是非こちらもブクマ・応援・★をいただけますと励みになります。


 あと既に書籍版が発売されているBKブックス『エルフの山田さん(自称)』アルファポリス第12回ファンタジー小説大賞優秀賞受賞作『水しか出ない神具【コップ】 1,2巻』の方もよろしくお願いいたします。


 長尾 隆生

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