第63話 【侵略者の結末と暗躍する者と】
「おい、ティレル!! これは一体どういうことだ!!」
エヴィアスに一時退却したダスカス公国軍。
その総大将であるデルガス将軍が、元エヴィアスギルドのギルドマスター室の机を拳でたたき割る勢いで殴りつけながら叫ぶ。
「これでは話が違うでは無いか!」
応接セットのソファーに座った少年――ティレルは、そんなデルガスの怒りに満ちた表情に目もくれず、テーブルの上の紅茶を口に含む。
そして、その眉を少し寄せると。
「不味いなこの紅茶」
そう言いながらテーブルにティーカップを戻した。
「おい! 聞いているのかっ!」
「もちろん。そんなに大きな声を出さなくても十分聞こえてますってば」
「だったら答えろ!」
「何をです?」
ティレルはそこでやっとデルガスの方を向くと、そう質問を口にした。
その口調は、全くデルガスの質問に心当たりが無いかの様な言い方で。
「何をだと! 全てだ!」
「全てといわれてもねぇ。それじゃあ答えようが無いじゃ無いですか」
さすがにデルガスも、目の前の少年が自分を馬鹿にしていると気がついたのか、ギルマスの椅子から立ち上がりティレルの元まで大きな足を都を建てながら近寄ると、その襟首を掴み上げた。
筋骨隆々なデルガスとティレルでは、完全に大人と子供。
そのままデルガスが少しでも力を込めれば、ティレルの首は一瞬で折れてしまうだろう。
だが、当のティレルは相変わらずの薄笑いを浮かべたままで。
「僕はやれることは全部やってあげましたよね?」
「なんだと! ではあのゴブリンどもとワイバーンは何なのだ!」
「あれは僕の契約外だから文句を言われる筋合いは無いでしょ?」
現にティレルがあの人の代役としてダスカス公国に出向いたときに交わした契約。
その全ては完了していた。
「ダスカス公国軍が空から侵入するために、約束通りワイバーンテイマーを殺したし」
ティレルはデルガスにぶら下げられながら、彼の顔の前に手を広げると、一つ一つ指を折りながら話を続ける。
「国境警備が甘くなる様に予算と兵士も手を回して、できる限り最低限まで減らしたよね」
そして、前領主が集めた有力な冒険者たちを、アナザーギルドを利用してこの地から遠ざけることにも成功した。
「そこまでが僕たちとダスカス公国との契約だったはずでしょ。まぁ、現領主の首については僕個人からのサービスだけどね」
「貴様ぁ」
デルガスは、そんな馬鹿にした様に嗤うティレルの態度に、その両手の力を強めていく。
しかしティレルの顔からその笑いは消えることも無く。
「それにゴブリンテイマーのことはきちんと伝えてあげたじゃ無い。なのに殺し損ねたのはデルガス将軍、貴方のミスでしょ?」
「ミスだと?」
「だって、フライングセンチピードを送ったあの時。一緒に本体も前進して一気に攻めていれば、あのゴブリンたちなんて簡単に蹴散らせたはずだよね」
なのにデルガスは、ゴブリンテイマーのゴブリンたちに本隊近くまで攻め込まれ、全てをフライングセンチピード部隊に任せて自らは下がってしまった。
結果、あと一歩という所で例のワイバーンの介入を許してしまったのである。
「平和が続きすぎて戦争慣れしてないのは仕方が無いけど、それにしてもあれは無様な姿だったよ」
ティレルはそう行って、今度は誰にもわかる大きな声で嘲笑した。
それはギルドの外まで伝わる様な笑い声。
「き、貴様ぁ」
「あのワイバーンのことは僕もよく知らないけどさ。多分だけどゴブリンテイマーを倒せていたなら、あそこまで執拗にフライングセンチピード部隊を襲うことも無かったんじゃ無いかな?」
「……」
「だから、結局は僕の問題じゃ無くてデルガス将軍。あんたが臆病で間抜けだったから負けたんでしょ?」
人はここまで人を馬鹿にした様な表情が出来るのか。
そう思えるほどの顔で、ティレルはそう言い放った。
「この道化師風情がぁぁ!!!」
ティレルのその言葉に、遂にデルガスの怒りが頂点に達し雄叫びを上げる。
そして、ティレルの襟首を掴んでいた手が、その細い首に掛けられ――
「死ねぇぇ!!」
ゴキッ。
ギルマス室に何かが折れた音が響く。
それと同時に、デルガスの手にぶら下げられていたティレルの体から力が抜けて。
その首が、人の可動範囲を超えて垂れ下がった。
「ヒヒヒッイッ。貴様が悪いのだ。貴様がぁぁぁ」
デルガスはそう叫ぶと、力を失ったティレルの体を床に叩きつける様にうち捨てた。
その衝撃で、ティレルの四肢もおかしな方向へ曲がってしまうが、既に事切れているのか彼の体はその痛みにうめき声を上げることも無い。
「こいつは戦闘の最中に敵の手によって死んだ。そうだ、こいつを殺したのは俺では無いっ」
デルガスは外に聞こえないほどの声でそう呟く。
その目は既に常軌を逸して、正気のものとは思えない様相を呈している。
「自らのミスを認めずに俺に逆らったお前がわるいんだ」
そう吐き捨てる様に、床に転がるティレルだったものに向けて吐き捨てたデルガス。
だが、そんな彼の耳にあり得ない声が届いた。
「その言葉はそっくり貴方に返してあげますよ」
その声が耳に入ったと同時、デルガスが睨み付けていたティレルの死体だったものが一瞬で姿を変え。
「なんだ……これは」
床に転がっていたのは、折り曲げられた煌びやかに飾り付けられた、見かけだけは立派な剣だった。
「なんだって。貴方が自分でへし折った自分の剣じゃないですか」
「そ、そんな……」
「たしか将軍の証として授かったもの……だったっけ? まぁ、もうそんなになっちゃったら使いようが無いだろうけどね」
デルガスがゆっくりとその声に振り返ると、先ほどまでデルガス自身が座っていたギルマスの椅子に座り、机の上に足を置いた姿のティレルが、心底人を馬鹿にした様な笑顔を浮かべていた。
「そんな馬鹿な……。俺は確かにお前の首を」
「僕の首はちゃんとここにあるよ? 貴方がへし折ったのはその剣の柄でしょ」
そう答えたティレルは「よいしょっと」と軽いかけ声と共に椅子から飛び降りると、右手の平をデルガスに向ける。
「それじゃあ僕はもう行くね。バイバイ」
その言葉と共にティレルの手のひらから何かがデルガスに向けて流れ込んでいくと。
バタッ。
床で無残な姿をさらしている彼の愛剣の横に並ぶ様に、その巨体が倒れ伏した。
「結局最後まであのゴブリンテイマーに邪魔されちゃったな」
ティレルは、もうデルガスに興味を失ったのか一瞥さえせずにギルドマスター室のノブに手を掛け部屋を出る。
部屋の外には何人ものダスカス公国軍兵士がいたが、ティレルのことを気にするそぶりを見せた者は一人もいない。
「まぁ、あの人の目的と僕の復讐は大体叶ったからいいけどね」
軽い足取りで階段を下りながらティレルはこれからのことに思いをはせる。
そして、沢山の兵の間をすり抜けてギルドの外に足を踏み出すと、領都の方を向いて。
「また会おうねゴブリンテイマーくん」
そう聞こえるはずも無い言葉を残すと、彼の姿は一瞬で誰の目にも映らなくなったのだった。
残されたのは既に戦う力のほとんどを失ったダスカス公国軍と、記憶を消され、廃人と化したデルガス将軍だけであった。
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